地元地区の壮年のお兄さんの山崎長栄市議会議員です。
震災後度々公明新聞に掲載されていて、地区の壮年、山崎さんからも話を聞いていたので、来ることを連絡いただいて、今日お会いできてとても嬉しいです。
山崎市議は震災で自宅を流され、親戚も22人亡くされ自身が被災されました。
震災後市議会の改選があり、本来なら定年する予定でしたが、このときだからと押され出馬され見事当選されました。
しかし、厳しい闘いだったと当時のことを話してくれました。
震災前、釜石市の人口は約9万人、それが震災後は4万人以下に。
以前は公明議員は2人、震災後の改選でも2人でたそうです。
そして2人共当選!
それはなぜできたか。 それは、山崎市議のように被災者であっても、仮設を丁寧に廻りみなさんの声を聞き、それを国へ繋いでいった。
これができたのは公明党だけです。
その証に、弔慰金の支給対象は親子だけだったものを、相談を受けた声のなかに、兄弟で暮らし生計を支えていたのは弟さん、しかし津波で亡くなられ、弔慰金を申請したところ、支給対象ではないと。
それはおかしいと、国会議員に制度改正を強く迫り、再三の訴えに、支給対象が兄弟までに拡大できたというものです。
(書籍「人間の復興」へ、P205掲載)
また、当時消防団副団長を務める山崎市議。
今思うと、一瞬一瞬の判断が今こうして生かされていると思う、と。
これは使命があるからだと言っていました。
今は数年先のことがどうだとは考えられなくなった、今懸命に生きようと思うとも。
山崎市議から発せられる言葉には重く、決意と使命が感じられました。
今日初めてお会いしたのに、そんな気は全くせず、本当に嬉しかったです。
今度はこちらから釜石に行きます!と約束しました。
この後と明日、また埼玉の友人に会うそうです。
東北は燃えているよ!「矢倉かつお」は東北が絶対勝たせる!と断言していました。
本当に、本当に、感謝です。
くれぐれも無事故で、と祈念致します。
追伸、写真で私の顔が赤いのは、酔っている訳ではありません、御輿と地区廻りですでに日焼けしているのです。ちなみに…。
昨日地区廻りの時、すずめの子が道端で弱っているのを見つけました。
周りを見渡すとどうやら巣から落ちたようです。
うむ…どうしたものか…。
近くに猫もいて、そのままにしておけないし…
持ち帰っても生き延びる可能性もわからないし
それに自然界に人間が手を出すのも…
なるべくストレスをなくしてあげて、そっとしておいたら、元気になりました。
水を与えたら、口を開けて飲むではありませんか!
今朝みたら「チュンチュン」鳴いて、親でも呼んでいるのかな?
これは大丈夫かなと思い、昨日の場所へ連れて行ったら、すぐに親鳥(たぶんですけど)が降りてきて、子どもになにか与えているではありませんか。
「感動!」です。
しばらく見ていました
羽もバタバタやっていたし大丈夫かなと思い、ニコニコ顔で地区廻りにいきました。
なんでしょうね…
なんか言い表せない気持ちになって、長々と書いてしまいました。
…ちゃんと、巣立ちしたかな…。



