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いよいよ、県会の選挙戦も今日一日となりました。

明日は投開票日です。

人には大きく分けて3つの価値観があると言われています。

一つ目として、好き嫌いで判断する。好きなものは価値があり、嫌いなものは価値がないとする考えです。

二つ目として、自分にとって損か得かで判断する。自分にとって得するものは価値があり、損をするものは価値がないとする考えです。

そして、最後の三つ目として、社会的に善であるのかどうかで判断する。

という3つの価値観が存在すると言われています。

これを順番に見ていくと一つ目より二つ目、二つ目より三つ目の価値観がより、優れた価値観であり、より深い価値観であるのがわかります。

例えば、子どものころ勉強は好き嫌いで選んでいるところが多く、長じてからはなぜ、もっと勉強しておかなかったのかと悔やむ場合があると思います。

すなわち、人生には、たとえ嫌いであっても、あの時、勉強しておけばよかった、あるいは、自分にとって得になっていたのになぜ好き嫌いで判断してしまい、そうしなかったのかと思えることがあると思います。

つまりは、好き嫌いだけで判断すると、後々、大いに損をするという事もあるという事です。

では、個人的な損得だけですべてを判断してよいかというと、そうでもありません。

自分にとって得だとしても他人に迷惑をかけたり、あるいは法律に抵触したり、という場合もあるでしょうし、自分さえよければという考え方にもなっていきます。

ゆえに、個人的な損得だけで物事を判断すると、結局は後々、大きな損になる事もあります。

最終的に、そのこと自体が社会貢献となり、社会のためになり、人々のためになるかどうかという基準で判断すれば、それは一番、優れた価値基準ではないかと思われます。

例えば、明石にも多くのボランティアの皆様がおられます。

そのボランティアの皆様は、その活動を単に好き嫌いだけでしておられるわけではないと思いますし、まして、自分の損得でしておられるわけでもないと思います。

結局は、社会のための貢献であり、そこに暮らす様々な人たちに寄り添い、その人たちの助けとなって貢献をしておられるわけです。

そのような価値観を持った方たちこそ、最高の価値観を持った方たちと言えるのではないでしょうか。

もちろん、ボランティアの皆様だけでなく、私欲を捨てて社会貢献をされ、世のため人のために尽くしておられる方はたくさんおられます。

実は、選挙で候補者を選ぶというのも、この価値観に基づくべきではないかと思っています。

まず、単に好き嫌いだけで、判断するのではなく、また、個人的な損得だけで判断するのでもなく、新人は別ですが、少なくとも議員経験者であれば、今までに何をしてきたのか。

市会議員であれば、明石市にとって、また、明石市民に対してどのような貢献をしてきたのか、県会議員ならば、どのように兵庫県や兵庫県民に対して貢献してきたのか、それこそが問われるべきかと考えます。

そういう観点から客観的に候補者を見ていかないと、単に行事でよく見かけるとか、話をしたことがある等の基準ではなく、実際にどのような仕事をしてきたのか、また、それは市民、県民に対してどれだけの貢献をしてきたのか、そのような価値基準で候補者を選んでいかないと、いつまでたっても市も県も何も変わらないと思います。

いとう勝正県会候補こそ、兵庫のために、そして兵庫県民のために2期8年、全力で貢献してきた候補者であり、様々な実績を作り上げてきた候補者です。

最高の価値基準で選んでいただくなら「いとう勝正」です。

あと一歩、もう一押しの、皆様の力強いご支持、ご支援を「いとう勝正」によろしくお願いいたします。

 

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