の誕生。担当大臣が現地入りして言った言葉に耳を疑った。
「命令口調」「暴言」「恫喝」およそ政治家とは思えない発言の数々。
次の日になっての謝罪の言葉が信じられない。「自分は九州の
人間なので・・・・。」「自分はB型なので・・・・・。」全くの”自己中”。九州の人やB型の人へ
の侮辱だ。復興相を2度ことわってなったそうだが、国民のましてや被災者の目から見た
ら最低の人間だ。こんな人物しか出せない与党は終わりだ。「政治家は国民の下僕だ」
国民に使えるのが政治家であって、この一連の発言には、政治家との認識が全くない。
あまりにも被災者の方々に申し訳ない。国民として恥ずかしい。情けない・・・・。
・市の行政と市民の間には、まだまだ隔たりがある。議会も同じ。
会社員の頃、トヨタ系の会社にいた関係上、トヨタの経営システ
ム。いわゆる「カンバン方式」「ムリ・ムダ・ムラをなくす」等々、
学んだものだ。その中の1つに「見える化」も含まれる。
トヨタは基本的には「現場第一主義」である。だれが、どの職場に、いつ来ても
その職場が、どのような目的を持ち、どの仕事を、いつまでに、どれだけやる
のかが、すぐわかる状態にしておくこと。簡単に言えば、それが「見える化」で
ある。これを行政に持ち出すと、「いかがなものか」という輩が現れる。
しかし、現在の国政を見ても全く先が見えない。ここはひとつ、「トヨタ経営方
式」を国会で取り上げ、トヨタの経営陣を閣僚に入れ抜本改革をするのもいい
かもしれない。国の経営も企業並みに節制をしなくては進まなない・・・・。
本来、”事業仕分け”がそれではないか!口先だけの与党にはついていけない。
もっと国民に見える政治をお願いしたい。
一時は、東北の復興に向け、また「ねじれ国会」の
打開のために”大連立構想”もあるやに思われた。
しかし、今回の新体制は「総裁延命人事」と言っても
過言ではない。それも総裁のみならず、与党延命と言える。新設の担当
大臣に自民党から入閣したと言っても”一人” これでは 民主・自民・公
明3党による政策調整もなんだったのか?民主党の財政政策の看板で
ある「行政刷新委員会」も枝野官房長官の兼任では、行政の大胆な見
直しによる財源の捻出は望めない。聞こえてくるのは、「大増税の合唱」
だ。信念のない総理・信念のない与党、震災を理由に自分たちの保身
では、被災者に寄り添う政治など到底できない。
活動が始まった。6月の初めての本会議での「一般質問」地に足が
つかず、原稿棒読みの質問だった。今月の6月で5回の「一般質問」を
おえられた。全本会議で質問をしたことになる。新人議員では自分ひとり
であった。回を重ねるごとに議場の雰囲気にもなれ、制限時間の一時間をフルに使っての質問が
多かった。先輩議員からの励ましとして「現場を見ずして質問なし」のことばを肝に銘じ、現場に赴き
調査をし、資料・データを整えての質問に徹した。もう一つ、できる限り市民の皆さんからの要望・意見
からテーマを決め、市民の声を反映するものとした。しかし、決められた時間内で当局から納得のいく
答えを導き出すのは”至難の業”である。まだまだ慣れたとは言えないし、慣れてしまうことは、逆に
怖い事でいつまでも緊張感を持つづけていきたい。
ましてや、東日本大震災の被災者の方たちとは心も通わない。
まずは、政権与党が団結をしてこの国難を乗り越えなくてはいけない。
それなのに一昨日未明まで与党内で不信任案可決、党内分裂・新党結成
への道筋をつけ、まさに決行せんとした与党代表代行がいる。
しかし、いざ当日の本会議前の「代議士会」で流れが変わるや否や、本会議を欠席。その取り巻きも
そうだ。与党で賛成したのは2人(正式には1人)。私は、この2人を讃えたい。
政治家として自身の信念を貫いたと言える。与党からは除名されるだろうが、正義の勲章だ。
野党にも東電と癒着している輩がいる。国民の生命の安心・安全に邁進できないような政治家は
与野党関係なく辞職すべきだ。








