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   蓮華の王子

 一面に広がる 蓮の花 ここは天国か それとも地獄か・・・・
 いやまて 地獄のはずはなかろう この高貴な花は 天上国にしか 咲かぬ

 蓮華の園に舞い降りた 一人の王子 そして 姫たち
 一瞬にして その場を かぐわしき香りと 華やかな 舞の舞台と化す

 けなげな姫たちは 可憐な蓮のごとく あたりを取り巻く
 その中央には 凛とした 蓮華の王子

 汚泥のように 汚れた世界の中で 常に 清らかな花を咲かせる 「如蓮華在水」
 誕生した その時より すでに 花と実をもつ不思議 「因果具時」

 彼の舞に 人々は 酔いしれる
 姫たちの舞に 花々も 咲き誇る

 この日の 蓮見の宴は 神々しく 光を放ち 見る人すべてを 天上国へと誘う

    ※ 7月10日 生まれの「うつけ隊」 織田信長に贈る

 ・現総理は、国際舞台で「再生可能な自然エネルギー」を

20年代早期に20%にすると大転換を公約した。  

 そもそも日本にとって”原子力の脅威”は、なみなみならぬ

ものがあったはずだ。広島・長崎の人たちにとって原子力の

脅威は忘れがたい。でも、政府は原発を推進した。

 第二次世界大戦に敗戦し、沖縄をはじめとして多くの住民が犠牲者となった。

それでも政府は、未だに沖縄の基地問題で決めかねている。

 どれだけアメリカに借りがあるのか?いつ日本は独立国家になれるのか?

不安は募るばかりであり、被害を被るのは国民ばかりである。

 1980年代から始まった「ゆとり教育」への転換から2008年に

”学習指導要領”が改訂された「脱ゆとり教育」までの変遷で、

教育現場で起きた”校内暴力・いじめ・登校拒否・おちこぼれ”

等の学校教育の諸問題、また、「ゆとり教育」の弊害といわれた

学力の低下も原因は子供たちにあるのではなく、また、その多くは

本来、手本ととなるべき大人たち、政治家・警察官・医師・教師の

相次ぐ不祥事、教師の資質の低下、また、それに輪をかけるような

家庭環境・社会状況・情報社会の悪化に伴い、子供たちを取り巻く

環境にあるのです。

 ・東日本大震災は、未だに多くの行方不明者を見捨てた

 ままである。一時帰宅をされた方たちの多くは花束を持っ

 ていた。未だその姿を見ることなく心が定まらない・・・。

  この大震災で失った多くの人々の命を無駄にしては

 ならない。被災地以外の私たちは、そこから得る多くの教訓を活かさなくては

 いけない。多くの場合、犠牲になるのは弱者である。災害時、まず我が地域の

 弱者の方々をどう救助していくのか?それを考えるのが「地域ケア」である。

  原発の危険区域については、その道のりがあまりにも遠い・・・・。

 ・日本と言う国の「行方」が問われている。戦後60年が過ぎ、

 悪夢の広島・長崎への「原子爆弾投下」も未だその影響は消

 えていない。いな、被爆2世・3世のことを考えれば、終わりは

 こないかもしれない。

 そこへ今回の東日本大震災。自然災害は免れなくても人災と言うべき”福島原発事故”

 は禍根を残す。戦後、原子爆弾の被爆の影響が未だ消えぬことを想うと東日本を覆う

 放射線は決して微量では済まされない。東電の社員で必 死の思いで終息に向け自身

 の被爆も顧みず作業をされている社員とその家族の皆さん。ふたたび日本を襲う放射

 能の影を高みの見物そうろうの政治家たち。今こそ、日本と言う国が変わときである。

 国民は、もはや馬鹿ではない!

 ・東北地方をおそった大震災は、改めて日本という国の在り方を問い直している。

 それに気付いている有識者はどれほどだろうか?

 政治家で気づいているのは果たしていかほどか?

 戦後60年、日本は敗戦の焼け野原から復興を遂げた。

 しかし、それは日本の本当の力だったのだろうか?

 第二次世界大戦、広島・長崎への原爆投下、日米安全保障条約と世界における

 日本の果たす役割はなんだったのか?

 今、国難とも言うべき大震災を前にして”新たな国家”としての「日本」が問われる。

 

 ・「ビンラディン容疑者殺害」。ニュースが伝えられたのは、1日の深夜。

 10年前の米中枢同時テロで標的となった首都ワシントンとニューヨークでは、

 歓喜の渦が広がったと言う。

  本当によかったのだろうか?過去の教訓は活かされているのか?アメリカ

 は、民主主義の国ではなかったのか?

 これでまた、憎しみの連鎖がつながった。国際社会の不安はぬぐい去れない。次なるテロの報復は

 どこになるのか?人々は怯えながら生きなくてはならない。憎しみや悲しみは連鎖する。

  人の命の重みは、みな平等である。テロ撲滅に”テロ”では答えが出ない。

 大震災が 教えてくれたもの

 人は 一人では生きられないということ

 支え合い 助け合って 生きていくこと

 大震災が教えてくれたもの

 「想定外」という言葉は 使えないこと

 言葉の重みは 人命にも勝るということ

 大震災が教えてくれたもの

 政治主導は 偽りのものだということ

 官僚の方が 仕事はできること

 大震災が教えてくれたこと

 原発は 安全ではないこと

 科学は 人の心まで 解明できないこと

 大震災が教えてくれたこと

 一番 強いのは 庶民の心であること

 生きていくために 必要な場所は ふるさとであること・・・

 

 ・未曽有の「東日本大震災」の影響。福島原発事故に至っては”レベル7”チェルノブイリと並ぶ最悪の事態となった。

 震災による死者数もさることながら、未だ行方不明者の方が多い。11歳の少女が、行方不明の「母」を呼ぶ声が耳朶から離れない。

 人は一人では生きられない。迷い・悩み・悲しみの極限からは、容易に戻れるものではない。しかし、人には相手に寄り添い励ますことができる。唯一、「希望」というものをもてるのは人間だけではないか。

 ひとり勇気をふり起こし、立ち上がる人がいれば、その行動に共鳴し”勇気の連鎖”が起こる。私はそれを信じたい!

 ・夕暮れの桜並木の道を歩いた。桜は日本を代表する花である。

 日本人は、ともすると桜の花に儚い人の命をなぞらえた。特に戦時中は、「ぱっと咲いて ぱっと散る」という潔い人生とごまかした。

 しかし、桜の木の”一生”を考える時、何十年という歳月を寒く厳しい冬を乗り越え、春になると満開の時を迎える。まるでそれが当たり前のように・・・。

 偉大な桜の木の生き方を想うと、並木道を歩く自分の足取りも自然に力強くなった。

    「桜道 人の人生 重ね道」 (仁志)

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愛西市 竹村仁司
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