ましてや、東日本大震災の被災者の方たちとは心も通わない。
まずは、政権与党が団結をしてこの国難を乗り越えなくてはいけない。
それなのに一昨日未明まで与党内で不信任案可決、党内分裂・新党結成
への道筋をつけ、まさに決行せんとした与党代表代行がいる。
しかし、いざ当日の本会議前の「代議士会」で流れが変わるや否や、本会議を欠席。その取り巻きも
そうだ。与党で賛成したのは2人(正式には1人)。私は、この2人を讃えたい。
政治家として自身の信念を貫いたと言える。与党からは除名されるだろうが、正義の勲章だ。
野党にも東電と癒着している輩がいる。国民の生命の安心・安全に邁進できないような政治家は
与野党関係なく辞職すべきだ。
悪夢の広島・長崎への「原子爆弾投下」も未だその影響は消
えていない。いな、被爆2世・3世のことを考えれば、終わりは
こないかもしれない。
そこへ今回の東日本大震災。自然災害は免れなくても人災と言うべき”福島原発事故”
は禍根を残す。戦後、原子爆弾の被爆の影響が未だ消えぬことを想うと東日本を覆う
放射線は決して微量では済まされない。東電の社員で必 死の思いで終息に向け自身
の被爆も顧みず作業をされている社員とその家族の皆さん。ふたたび日本を襲う放射
能の影を高みの見物そうろうの政治家たち。今こそ、日本と言う国が変わときである。
国民は、もはや馬鹿ではない!
・信長の「非情な一面」として”宗教弾圧”が上げられる。比叡山での
所業などはよく引き合いに出される。
しかし、信長自身は仏教自体を嫌っていたわけではない。当時の僧
というのは、ある面「武装集団」とかしていた。組織的にも巨大化し
教理をかざして信長の政策に異論を唱えた。腰に刀を携帯し、暴動の先陣を切る姿は、およそ聖職者と呼べる者ではなかっ
た。いわばこの時代にはじめて”政教分離”ということをおこなった初めての武将である。信長の信仰心というのは強いものが
あったと推測できる。そして、キリスト教の布教を認めたり、世界観と寛容の精神を持ち合わせていた。
信長を理解する1つのエピソードとして、彼は「地球は丸い」ということをいち早く理解できたという。








