1952年、茨城県生まれ。60歳。東京大学法学部卒。弁護士。参院議員2期。衆院当選2回。党代表・同東京都本部顧問。元防衛政務次官。元参院行政監視委員長。党参院国会対策委員長、同政務調査会長など歴任。座右の銘は「至誠一貫」。
新たな連立時代を切り開き、「日本再建」をリードする山口なつお。「大衆とともに」との立党精神を胸に、与党党首として、今日もフル回転で現場を駆ける。
「政権を担い、日本を再建する」。昨年12月16日の衆院選結果を受け、公明党代表の山口なつおは決意を固めた。同月25日、自民党の安倍晋三総裁と連立政権合意書に署名した。山口らは、「景気・経済」「震災復興」はもとより、「福祉」「教育」「中小企業」など、公明ならではの視点も文書に盛り込ませた。
連立合意により、新たな自公連立時代の幕が上がった。山口は与党党首として、日本再建の舵取りを担うこととなった。
2009年9月の代表就任いらい、山口は全国各地を訪れ、現場で捉えた声を国政に反映してきた。11年3月11日、未曽有の東日本大震災・原発事故が発生。山口は、野党の立場にありながら、与野党の合意形成に汗をかき、復興に関わる法律、制度を次々と実現。山口らの奮闘により成立した議員立法は、11年の1年間で31本に上る。仮設住宅の追いだき機能付き風呂など、被災者の要望にもきめ細かく対応した。12年の社会保障と税の一体改革では、筋を通し、〝将来の安心〞に先鞭を付けた。
政権復帰後、山口は公明党が提唱してきた「防災・減災」を軸とする緊急経済対策の実現にまい進。2月の参院本会議では「政治の安定を取り戻し、確実に施策を進める」と表明。「日本再建」のトップランナーの闘いは始まった。
当選間もない1991年、湾岸戦争が勃発。日本の国際貢献が問われる中、山口は自費でクウェート入りし、戦禍生々しい現場を調査。帰国するや、国会で自ら撮影した写真パネルを掲げ、質問に立った。「百の議論より一つの行動が価値を
生む」。20年以上たった今も現場主義の政治姿勢はブレない。カンボジアなどの地雷除去支援にも長年取り組む。
政権復帰後、早速着手したのが冷え切った中国との関係修復の問題だ。1月、党第6次訪中団を率い中国を訪れ、習近平共産党総書記らと会談。両国の政治対話の扉を開いた。その行動は「議員外交の意義を再認識させた」(朝日新聞)と評価された。グローバルな視点で行動する政治リーダーに期待が高まる。
「日本再建」を担う自公連立の要。現場主義に徹し、国民のための政治を推進。政界屈指の論客。
〝地元の代表〟として都心の渋滞や大気汚染解消、離島振興に尽力。首都直下地震に備え防災・減災対策を推進。東京五輪招致にも全力。
庶民の気持ちの分かる〝代表〟として「身を切る」改革をリード。「クリーンな政治」へ政治家の監督責任強化策を歴代首相に直談判。