まず被災地に足を運び、現場の声を形にする

「命を守る政治」を掲げる公明党。震災などの災害にいち早く駆けつける救援活動や、そこから教訓を得た災害対策など、常に現場第一主義で取り組んできた。  一例を挙げる。1960年代の東京都には、震災対策は皆無に等しかった。そこで、都議会公明党の議員たちは、震災対策強化を都に迫り続けた。その結果、71年に都の震災対策の基本方針を示した震災予防条例が、翌72年には地域防災計画の震災編が、それぞれ制定されたのだ。  また、1995年の阪神・淡路大震災では、いち早く被災地に足を運んだ公明議員が、調査・復興支援活動を踏まえ、「もっと早く救助の手を差し伸べることができたら……」と痛感し、特別救助隊の強化を提唱した。その訴えが実り、翌96年に東京消防庁で創設されたのが「ハイパーレスキュー隊」(消防救助機動部隊)だ。  まず被災地に足を運び、議員自ら救援活動に取り組み、現場の声を災害対策に生かす。そうした公明党の姿勢は、どの災害現場でも一貫している。

【写真】阪神・淡路大震災で倒壊したビルや全・半壊した木造家屋の被害状況を調べる公明・藤井富雄代表ら (神戸市中央区 1995年2月8日)