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自転車を活かす道

古倉宗治氏インタビュー 「国は体系的な自転車計画の策定を」

Profile:三井住友トラスト基礎研究所 研究理事 古倉宗治(こくら・むねはる)氏
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米国の自転車施策推進の背景に“双子の赤字”

 
自転車の研究を始めたきっかけをお聞かせください。
古倉氏
私は今から15年以上前にアメリカの自転車専任担当審議官という方に会い、アメリカの自転車政策について聞きました。局長クラスの責任者を連邦交通省に置いて自転車政策を強力に進めている理由は、アメリカには“双子の赤字”があるためです。それは貿易赤字と財政赤字であり、この二つを解消するために、自転車政策を進めているのでした。貿易赤字については、輸入で一番大きいのは石油であり、自動車が消費する大量の石油を削減することと、財政赤字については、その大きな割合を占めている生活習慣病の医療費予算を減らすことです。この2つに同時に大きな効果があるため、自転車に力を入れているわけです。クルマに頼った生活が、石油戦略上も危険であるし、健康戦略上も危険であるという2つの観点から自転車政策の推進が現実に必要であるためです。これに感動して以来、20年近く自転車の研究を進めてきました。
 
わが国では自転車は子どもから大人までにわたって、活用されてきた移動手段である半面、交通政策としては放置されてきたというイメージがあります。
古倉氏
自転車は健康面、経済面、環境面、災害面など多くの場面において、最もすぐれた乗り物です。その意味で、総合的な自転車政策の展開の必要性が増大している一方で、自転車政策に対する基本的な誤解が、その行く手を阻んでいます。とりわけ地方都市に多い誤解ですが、「クルマなしでは生活できない。自転車では必要な移動ができない」というものがあります。

地方で使われるクルマの移動距離の約6割が5km以内

 
確かに「地方は公共交通が少ないのでクルマが必要」という話はよく聞きます。

自転車がはやく行ける距離

古倉氏
自転車に乗る乗らないにかかわらず、「あなたは自転車でどれくらいの距離なら移動できますか」という調査を大都市圏でしました。 これに対して、84.3%の人が5km以上と答えました。 また地方都市でも調査をしましたが、半数以上の人が5km以上と答えています。また、自転車がクルマや公共交通よりも早く行ける距離はどれくらいかについては、5kmまでという国交省のグラフがあります。同じようなグラフは、EUやオーストラリアなどでも使われており、世界的に共通のものです(*自転車の速度について)。さらに、5km以内の自家用車の移動距離は、大都市より地方都市の方が多くなり6割近くとなっています。このようにみると、地方では自家用車を使う移動のうち、半分以上が5km以内で、かつ、多く人が自転車で行くことができる距離であり、かつ、自転車の方が早く着くことができますから、自家用車の移動の相当数が、自転車での代替えが十分可能なのではないかと考えられます。

自家用車の車体は人の体重の11.8倍

 
自動車とクルマの環境負荷の差はどのくらいあるのでしょうか。
古倉氏
たとえば街を走る自家用車は平均1.3人しか乗っていません。車体が1トン近くあるので、人の体重を65キログラムとすると、11.8倍の重さの車体を動かさなければならない。電車も定員乗者数でも人の体重の3.7倍の車体ですし、バスも同様に1.8倍です。自転車は普通のママチャリの重さ(18キログラム)でも0.28倍です。自転車以外の交通手段の多くが化石燃料を

人を運ぶ交通手段と車体重量

使うので、CO2を排出するということになります。自転車は多くの方の体内に眠っているメタボ燃料を使いますから、非常に効率がいいのです。我が国のCO2の排出は合計で約11億トンありますが、そのうち産業部門がトップで、2番目は運輸部門です。その運輸部門の約半分は自家用乗用車(社用乗用車を含む)が出しています。バスは1.8%、タクシーは1.7%程度なので、いかに自家用乗用車の排出量が多いかということがわかります。

一日10分間クルマを控えればCO2排出量の1/3削減が可能

古倉氏
これを一般家庭から排出されるCO2でみると、1年間で平均で約5トンの排出で、その内訳が2008年までは電化製品がトップでした。2009年になると節電志向の影響もあって、家電製品の割合が減り、自動車がトップになり、32.6%、約1.5トンのCO2を自動車が出しているのです。京都大の藤井先生の調査によると、1世帯が1年間で削減できるCO2の排出量を比較した場合、たとえば、冷暖房を1度C調節すると32キログラム、テレビを60分減らすと13キログラムにすぎませんが、クルマを1日10分控えると588キログラムを削減できるという試算があります。10分のクルマの使用(平均的な速度での移動距離ですと、約3㎞で、自転車で十分行けるとされる距離です)を控えるだけで、1.5トンの3分の1強が削減できます。

自転車の継続利用は生活習慣病抑制につながる

 
自転車がブームになっている理由の一つに健康にもいいという声があります。
古倉氏
日本の医療費は約32.1兆円(2004年)、そのうち生活習慣病といわれるものは10.4兆円、死亡原因の3分の2です。つまり生活習慣を改善すれば病気の多くの防止の可能ありとなるものであり、防止してこれを削減することは今や国民や企業の責務です。医療費の個人負担は健康保険料の28%に加え、窓口で14%を負担しています。生活習慣を改善すれば相当程度、個人負担の医療費を抑制できるわけです。自転車を使えばどのような効果があるかについて医学論文ではっきり立証されているものを見ると、通勤での自転車の継続利用者は、そうでない人と比べて死亡率が約4割も低くなる、また、心筋梗塞の発生が男性で4分の1、女性で6分の1削減できるというデータもあります。さらに、2004年の論文には大腸がんについて発症の40~50%の削減効果、さらに乳がんにも34%の削減効果があるというものが出ています。つまり、日常からよく自転車に乗っている人はがんの発症が抑制される可能性があるということがわかってきました。がんは脂肪を栄養素として増殖するので、脂肪が適切に消化されれば、がんの増殖を防ぐことができると考えられるわけです。

移動そのものが運動となり、高齢者にも利用可能

古倉氏
自転車の運動そのものの特徴は三つあります。第一に、通勤や通学、買い物中にできるので、運動のために朝早く起きる必要がない。第二に息切れするようなストイックな運動ではなく、長続きがする。第三にひざにかかる体重が少ない。ウォーキングでも、着地時にひざにかかる負荷は体重の2~3倍に、ジョギングでは4~6倍かかりますが、自転車の場合はひざにかかる体重はわずか3割しかかかりません。ひざの悪い方や高齢者にも利用は可能です。
※自転車の速度について
前提として自転車の移動速度は時速15kmの場合で、歩道をもっぱら通行すると道路交通法で徐行することが義務付けられ、徐行は警察庁の資料によると最大でも時速7.5㎞で、車道走行により初めて達成できる。
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