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党代表プロフィール

党代表

山口 那津男
(やまぐち なつお/57歳)

略歴

1952年、茨城県生まれ。
東京大学法学部卒。弁護士。
90年に衆院初当選(当選2回)し、2001年から参院議員(現2期)。防衛政務次官、党政務調査会長など歴任。

妻と1女2男の5人家族。
東京都在住。

「悔しさをバネに頑張れ!」「不死鳥のように蘇れ!」――小選挙区ですべての議席を失うという衆院選結果を受け、党本部には連日、多くの支持者から励ましのメールや手紙が続々と届く。
文面ににじむ“党再建”への熱い期待。「この思いに命懸けで応える。誠実に応える。それ以外にない」と、山口さんは決意を新たにする。

さわやかで明快な語り口は、テレビ討論でもおなじみ。国会論戦での緻密な論理と独自の調査を基にした鋭い追及は“政界きっての論客”と定評がある。新代表に推挙された理由に「党再建を担う清新なイメージの持ち主」「政策に通じ発信力があり、論戦に強い」とある通りだ。

愛称は、なっちゃん。「人の痛みを分かち合うところから、すべてが始まる」と、人の話にじっくり耳を傾け、親身に相談に乗る。誰にでも分け隔てのない振る舞いは、弁護士時代から一貫して変わらない。まさに、座右の銘である「至誠一貫」(国民に対して誠実を貫き通す)のままだ。

紛争後も住民の命や手足を奪う「地雷」の除去支援や、子爆弾を散布し無差別に人を殺傷する「クラスター弾」の全廃、離島支援や学校耐震化、東京大気汚染訴訟の全面解決など、実績の多くは“誠実な対話と行動”から生まれた。

「平和や国際貢献を叫ぶ政治家は大勢いますが、『現地の人々を幸せにする』との強い覚悟で一緒に汗を流してくれたのは山口さんだけ」(海外で地雷除去活動を展開する雨宮清・山梨日立建機㈱代表取締役)など、信頼が大きく広がる。

党代表を務めた神崎武法常任顧問は、「バランス感覚があり、頭も柔軟。2度の落選で、悔しさのなか捲土重来で頑張ってきた人だ。党再建へ指揮を執るのにふさわしい」と期待する。

党再建へ――。「率先して『現場を歩く代表』『対話に動く党首』になる」と山口さん。公明党らしい“大誠実の政治”が今、動きだす。

幹事長

井上 義久
(いのうえ よしひさ/62歳)

略歴

1947年、富山県生まれ。
東北大学工学部卒。
90年に衆院初当選、96年から比例区東北ブロック選出。当選6回。党政務調査会長、税制調査会長、副代表など歴任。

妻と1男1女。
仙台市宮城野区在住。

山口新代表から、党運営の舵取り役の幹事長に指名された。これまで政務調査会長や税制調査会長など党要職を歴任した豊富な経験と、確かな力に白羽の矢が立てられた。「党務全般に通じ、政策にも明るい。まさに適任」とは周囲の一致した評だ。

公明党が総力を挙げて取り組む党再建。井上さんは「新代表を全身全霊で支えていく。来年夏の参院選に向けた体制づくりが最大の課題だ。まず衆院選の総括、自公連立10年の総括をしっかりやりたい」と語る。

衆院選で公明党は残念ながら、有権者の期待に応えられなかった。党の「力不足」をどう克服して再建への道を開くか。

「比例区で『公明党』と書いてくださった方々が全国に805万人もいる。公明党には、3000人の議員が緊密に連携するネットワークがある。その財産を生かして、国民、支持者とのヒザ詰めの対話を重ねる現場から、『新しい党』『勝ち抜ける党』をつくりたい」と力を込める。

比例東北ブロック選出。時間の許す限り、東北各地の農家や過疎集落を回り人々の声に耳を傾けてきた。

「人には、誰しも自分らしく生きる権利がある。それをしっかり支えるのが政治本来の役割」が持論。井上さんが学生時代のボランティア活動や、公明新聞記者時代の取材を通じて得た結論だ。初当選から20年近くを経た今でも、その信念は微動だにしない。

悩み苦しむ人の願いを真正面から受け止める。政調会長として「がん対策基本法」の制定や、内部障害を示す「ハート・プラスマーク」の普及のほか、高次脳機能障害や不妊治療への支援に取り組んだ。どれも、政治の手が届きにくかったものばかりだ。

誰に対しても分け隔てなく誠実に接する態度。その人柄に引かれ、井上さんの周りには人の輪ができる。だが、ひとたび政策実現に挑むと、抜群の判断力と交渉力を発揮する。党再建へ、「党一丸となって動き語っていきたい」と決意も固い。