430日、辻武寿氏がご逝去された。94年間の崇高な人生であられた。 

 

大田区立南蒲小学校、同糀谷小学校、同矢口小学校で教員をされ、1956(昭和31)年に参議院全国区で当選。以来212年にわたり国政で活躍された。 

 

参議院懲罰委員会委員長や同災害対策特別委員長など重責を担われ、公明党委員長を1964(昭和39)年から1967(昭和42)年2月まで務められた。 

 

私は、学生当時から辻武寿先生を慕い、事あるごとにご指導頂いていたこともあり、25年前、多忙の中、無理矢理お仲人をお引き受け戴いた。 

 

私が、8年前(2004年)座間市議会に立候補する際には、議員の厳しさを陰で支えておられた奥様が強く反対されるのをよそに、柔和な笑顔の中にも眼光鋭く「雪山に近づく鳥は金色に輝く」「しっかり頑張りなさい」とご教示下さったことは生涯の指針となっている。 

 

ここにあらためて辻武寿先生の崇高なるご生涯に対して心から敬意を表すとともに数々賜ったご指導に感謝申し上げます。さらに、この悲しみを超えて辻武寿先生のご指導通り、大衆のため、庶民の味方に徹した議員として懸命に働いてまいりますことをお誓いいたします。 

 
 

 

 

 

 

 

 

 

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