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第79回都市問題会議初日 山本先生基調講演

未分類 / 2017年11月10日

基調講演 多様性のある江戸時代の都市
山本博文東京大学史料編纂所教授 https://g.co/kgs/ZgLHTL
江戸は徳川家の城下町、中央政府である幕府の所在地、参勤交代で武家人口が飛躍的に増加し、需要に応じるために、職人や商人も集まってきた。
京都、朝廷の所在地、伝統的な職人集まる町ー西郷隆盛、篤姫の婚礼道具を用意するのに奔走
大阪ー天下の台所、全国の米が集まる、先物取引なども行われた。
城下町
江戸時代、260の藩とそれぞれの城下町。2万石以上でないと城は持てない。陣屋。
城を武士の町が取り囲むのが全国共通。鹿児島、城下と郷士に分かれて、武士の中でも差別。西郷たちは下級武士だけど、城下に住み、上級とも同じという感覚があった。
毛利家の城下町は萩。島津家の城下町が鹿児島。
門前町
伊勢参り、憧れ、クジなどで選ばれ、御師に連れられて豪遊。
江戸では大山詣、江の島を回る。富士講、信濃の善光寺、四国の金毘羅、出雲大社。
港町
物流の大動脈日本海航路、北前船、大阪と蝦夷地を結ぶ。
庄内藩 鶴岡藩、酒田、本間家ー商人により藩を回す。幕末には武器の買い付けも。
幕府軍、庄内藩落とせず、西郷たちは庄内藩優遇ー庄内藩の西郷隆盛への尊敬の念ー西南戦争でも加担。
高田屋嘉兵ーロシアに捕まるも、ロシアで尊敬を集める。
富山の薬ー琉球との交流による。置き薬。日本人が約束守るのは大したもの。
都市の交流テーマなので参勤交代について
諸大名の服属儀礼。三代将軍家家光の時に完成し、武家諸法度で法制化。
石高に応じた人数、加賀藩4,000人。藩の格を示す、できるだけ格を上げたいので人を増やす。
超高速、1日30〜50キロ近いぐらい。いわきり藩5日で、でも1日45キロぐらいできないことでもない。
ケンぺル「江戸参府旅行記」ー参勤交代、なんで、こんなに町があり、宿場があるのか。参勤交代、日本人の旅行好き、絶えず、人が動く、街道にいつも人、賑わい。
道は、道こう奉行管轄の国道だが、領地を持つ大名は道や橋を清掃。大名の参勤交代の時期ずれていき、それによりすれ違う事もあり、儀礼も発達。
徳島藩、大阪に船で乗りつける、華やかで儀礼にもなった。
参勤交代の費用あまり大きくないが、松江藩年間3200両から4400両で藩財政の3%ほど。その後の江戸住まいが相当な負担、国元で使うよりもかかる。
宿場、税金免除だが宿と人足、馬の用意義務。宿場、名主、問屋場、本陣、脇本陣、/家臣は旅籠。旅籠の料金160〜200文(4-5000円)馬は500文。
関札ー誰々様御一行、名残。大名の方が作ってわたす。
献上ー節約で本陣に泊まるお金のないときは、献上無用。
大名の行列ー宿場では行列を整える。
琉球使節も薩摩藩に連れられて来られた。江戸で琉球大ブーム起きている。
幕末、参勤交代制の大幅に緩和。江戸では楽しい生活だったのに国に帰る姫など実は嘆いていた。島崎藤村の夜明け前にも女中が国もとに帰る描写が。
江戸は火が消えたように寂しくなる。
結論として、
平和の実現と参勤交代での交流が日本を元気に。各地が豊かに。ー交通手段の発達により、それが今は途中がはぶかれてしまっている。江戸時代の遺産荷は、多くの可能性。その町の特色を生かしていかねばならない。自分の街を知ることが大切。
以上で基調講演終了。