バックナンバー 2012年 2月

2月29日 議会防災マニュアルを作成

本日の臨時議員総会で「議会防災マニュアル」が議員皆さんより、ご助言をいただきながら「原案」が出来上がりました。

これは2月9日から10日まで「全国コンパクトタウン議会サミット岐南」の分科会で東北大震災で甚大な被害を受けられながらもサミットに参加していただいた、宮城県七ヶ浜町議会よりご指摘いただいた災害等「非常事態」での「議員及び議会の対処・対応」の行動マニュアル、「議会防災マニュアルづくり」を提言されたことを受けて取り組んできました。

2月11日以降検討と協議を進めてきた結果、本日原案が出来あがり3月議会に議員発議で「議会基本条例」に追加する方針です。

(これは災害等の非常時に議会や議員の役割と活動を明確にすることで、宇多津町の災害対策本部の支援活動に全面協力するものです)

2月13日  公明党宇多津支部女性委員の活動。

谷川町長に面会を予約し10時より防災会議に女性の感性と声を提言。

遠藤智子さん、畑知子さん、酒井歌子さん、青木恵子さんの4名の女性党員代表が谷川町長に「提言書」を渡しました。

30分位の懇談のなかで谷川町長は女性の視点からの提言に「貴重なご意見に感謝します」と、理解と協力を示して頂きました。

また、被災者支援システムの導入や高所避難建造物の指定、高台避難の遊歩道整備、自主防災組織に資機材の充実なども申し入れをしました。

 文科省の補助を受けて始まって以来今年で第5回。

13時からシェルエメールで第五回平成相聞歌の表彰式がおこなわれた。来賓代表で挨拶。最優秀賞は徳島県板野町の婦人が選ばれた。

3129首の内、50首を選考しその中から21首を選ばれ6首が石碑に刻まれ末永く遺される

2月10日

岐南サミット2日目、  岐阜城(稲葉山城)より

現地研修

海抜329メートルの金華山、山頂の岐阜城より眼下を望む、斎藤道三の夢のあと、織田信長との戦など、遠く想いは戦国時代へ。

四方八方が一目瞭然、まさに日本国の真ん中か、ここで周りを見渡すと日本国を統制していると感じるのは私だけではないと思う。

素晴らしい眺めである。

下山後、長良川を利用して栄えた岐阜の町並みを地元町歩きボランティア「信長殿」の案内で

見学、木材が豊富な地域として栄えた「格子」を使った「景観重要建造物」の指定を受けた町家など。美しい町並み保存に感銘した。

2月9日  岐南町コンパクトタウン議会サミット

9時出発13時前岐阜県岐南町に到着。笠松町駅にマイクロバスが迎えに来ていた。

13時より開会、11の町、68人の議員が参加した。

開会宣言の後、発起人の議会として趣旨説明の挨拶を行い、元多治見市長で現在、山梨学院大教授の西寺雅也先生の「ちいさいことで、広がる自治の姿」と題して基調講演。

その後、3つの分科会「子育て支援と高齢者対策」「議会改革への取り組み」「防災対策と広域連携」に分かれワークショップを行い、最後に各座長より「まとめ」の発表で会を閉じました。

夜の意見交換会で次回開催地(第4回は徳島県北島町)(第5回神奈川県寒川町)を満場の拍手を持って賛同を得ることが出来ました。

(北島町はH25年4月開催予定を中野議長から発表があった)

岐南町、木下議長の活躍で大成功の「岐南サミット」になりました。

1月17日    陸前高田市ボランティア

陸前高田市ボランティアの写真展をユープラザで開催しました。

11月26日  ボランティア

5時20分ら起床 6時過ぎに朝食を済ませる。今日は7時30分に陸前高田市に向けて出発する。

いつもより30分遅いのは週末で多くのボランティアが予想されるため受付を少し遅らせるようだ。

途中トイレ休憩の場所で「トラック市」が行われていて始めて被災された地元(気仙沼)の方々と言葉を交わすことが出来、前向きな心に触れたのは大変うれしかった。おいしい柿もたくさん頂いた。

ボランティアセンターでは多勢の人達で混雑していた。近くの「川の駅  よこ た」で、しばらく待機することになった、そこには地元の保育園児たちの手形で作られた「全国の皆さんありがとう」と感謝の気持ちを伝える横断幕が貼られていた。

 センターでは、いつも百本以上あるはずのスコップが数本しか残っていなかった。今日は大勢のボランティアが応援に来ていると思うとホットな気持ちになった。

現場には11時ごろ着き全員与えられた作業を時間いっぱいやりきった。

この三日間21名のメンバーは与えられた作業を誠実にとやりとげ、それぞれの思いの中には、充実感と達成感で満たされているのではないだろうか。それぞれにとって貴重な体験となったのではないだろうか。

報道等で伝えられる「想定外」と現地に入り、澄み切った青空と見事に色づいた東北の山々の美しさのなかで瓦礫の山しか残されていない光景、人声が聞こえず、ただ瓦礫処理をする「カチャカチャ」という機械音、時折唸りをあげ砂塵となって強く吹き抜ける海からの季節風の叫ぶ声が、一瞬にして飲み込んだ「想定外」の大津波の恐怖と残酷さを五体に感じさせた。

12時に全ての作業を終えボランティアセンターに到着、機材を洗い、返納して3日間お世話になったセンターの人達に見送られ現地を後にした。

車中で昼食を取り、13時40分中尊寺に向け出発、時間調整のため15時15分まで金色堂見学、「一関カンポ」に向けて出発。

17時10分まで地元の「かんぽ」で風呂に入り垢と疲れを取り、一路宇多津町に向けて帰路についた。

18時40国見サービスエリア着 夕食休憩後、19時30分出発。

21時30分阿賀野川着 休憩。10分後消灯となる。

0時黒部の入善町で休憩。

2時35分賤ヶ岳サービスエリア休憩。

5時前、権現湖サービスエリアで休憩。

6時30分、無事美しい町、温かい人たちの待つ宇多津町に帰ってきた。

11月27日早朝にもかかわらず、職員や家族など多くの人が迎えてくれた。21名の皆さん「お疲れでした」。

11月25日  岩手県陸前高田市

朝6時起床、6時30分朝食、7時に陸前高田市に向けて出発、約1時間で陸前高田市のボランティアセンターに到着、手続きと道具を借りた後、現場にむかい30分くらいで到着。

今日は、元、田畑であった場所が津波で瓦礫と土砂に覆われており、畑が出来ない状態であるため、スコップで30~50センチ掘り込み小石やプラ・板切れを取り除く作業を行った。なかには重機でなければ取り出せない大きな岩もあり、重労働であったが全員怪我人や気分の悪い者も出すことなく16時前作業を終えた。

正直、大変疲れたが、三野くん兄弟や女性陣が大変活躍してくれた。

ホテルに帰る途中、陸前高田市の中心街の被災現場に立ち寄り状況をつぶさに視察できた。陸前高田市の庁舎には慰霊の線香が供えられており、ボランティアの人達が次々と慰霊に訪れお香の絶えることがなかった。

一瞬にして24,000人の街が津波に呑まれ破壊され見るも無残な姿に変貌したのである。ご冥福を祈るとともに、東北頑張れ!!負けるな陸前高田!!と心で叫んだ。被災された方々に心からお見舞いを申し上げます。

11月24日6時  岩手県一関市インターを出るとすぐホテル・ルートインに到着した。

荷物をフロントに預け午前7時に陸前高田市に向けて地元の平泉観光のバスで出発。

約1時間ほどでボランティアセンターに到着。途中津波で被災した現場があちこちに確認される。

三階まで津波の被害を受けて四階がかろうじてまぬがれたビルが当時の怖さを物語っている。

建物の基礎は確認できるが、あたり一帯は何も無く荒廃した大地が広がり大津波の脅威に驚くばかりだ。

現場は、センターから30分ほど車を走らせたところで地元の人たちの生活道に積み上げられた瓦礫の撤去を行なった。21名が力を合わせ道路の確保をし、初日の作業は無事終わった。大変な重労働であったが帰りはボランティアセンターに報告後、陸前高田市の仮説庁舎に立ち寄り、戸羽市長と久保田副市長に面会し婦人会と子どもたちから預かった激励の寄せ書きを手渡した。市長も奥さんを亡くされたそうだ。

帰り際バス内で待つメンバーに市長からお礼の挨拶があり「10年後20年後に必ず来て下さい。皆さんの激励に応えて、見事に復興した姿をお見せします」と力強い決意を述べていただきました。一関のホテルに向けた車中では前日のバスの疲れもあって、居眠りをしているメンバーがほとんどでありました。

夜はホテルのレストランで15名ほどが今日の反省をしながら一緒に食事をしました。途中19時30分ごろ北海道で震度5弱の地震があったようで次女から心配の電話があったが一関市では揺れは感じなかった。

今21時すぎ、間もなく寝む。

岐南町の高木議長よりコンパクトタウンサミットの日程が決まったとの報告があり、来年2月9日~10日で行なうとの連絡をいただいた。

11月23日宇多津町の東北震災支援  ボランティア隊出発。

15時30分 21名全員揃って役場前を出発、約30~40人の関係者の見送りを受ける。

瀬戸大橋を渡り山陽道を走る、西宮で食事休憩19時に出発。北陸道を進む。20時45分長浜と敦賀の間で休憩、順調に目的地に向かっている。メンバーも全員元気だ。(21時38分)

22時30分金沢市を通過。

23時25分 有磯海サービスエリアで休憩。

11月24日 午前2時 新潟県阿賀野川サービスエリアに到着。これから日本海側から福島県郡山市へ向かい、そこから北に進む。真上にオリオン座が輝いている、星がきれいだ。

11月24日午前4時50分  長者原サービスエリアに着く。時間調整のため、5時25分まで休憩午前6時一関に着く。

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