津波の被害が予想され、かつ避難するべき高台がない沿岸部にある、民間の建物6棟から、市との協議の上で津波避難ビルの指定を頂いているが、先日、上屋敷にあるNTTのビルで上屋敷、片町、本町の町内会の代表、鍵を預かる役の方、市の防災担当が集まり、実践として門扉を開けたうえ、室内階段を登ってその屋上まで上る機会があった。

NTTには精密機器や守るべき情報が多く、普段は出入りができないのだが、特に、鍵を預かる事となった方達の、自身が門扉を開けるのが遅れる事で、助からない方が出るかもしれないという不安は大きく、特別に今回の実践となった。しかし、とはいえ、地域の誰かがこの役を担わなければならない。

海抜18Mの屋上で、市街地沿岸部をぐるり、360度見回すと、なるほど、ある程度の高さのある建物が良く分かった。アルティエホテル、紀南文化、新しい紀陽銀行、第一小等々・・。しかし、東北で見てきた光景と重ね合わせると、この地域も最悪の場合は、こころもとないとふと思ってしまったが、いやいや、どうあれ、ベストをつくすべきだ。一人でも多くの方に「逃げる」事を啓発し、「逃げない人」を無くさなければならない。

屋上では防災担当課長を囲んで質問会となり、多くの疑問が投げかけられたが、課長はその多くについて毅然と答えていた。昨年の3.11、9月の台風12号を乗り越え、担当は本当にたくましくなったと思った。

まだまだ、地域で取り組むべき事がたくさんある。自分も頑張らねばと思う。

先日、静岡県、浜松市に地震、津波防災について視察研修にいってきました。報告いたします。

静岡県庁

静岡県当局危機管理部より、その取組内容について、予め問い合わせていた、市町村との連携対策、学校防災教育、災害時要援護者対策、地域訓練の実情、災害情報の発信、集団移転の考え方等々について研修を受ける。東海地震、津波に備えての取り組みをはじめてから長く、防災先進県と言われるだけあり、その意識の高さには感心する所が多かったが、やはり、県内各地域の特徴にあわせた具体論には入りにくそうで、地震津波災害に対する防災、減災の主体者は末端自治体にあるとあらためて感じる。

静岡県地震防災センター

平常時には災害に対する啓発、県、市町村職員の研修施設、災害時には災害対策本部の後方支援基地となる防災センターを視察。

津波の脅威を実感できる大きなスクリーンの映像設備や阪神淡路大震災クラスの揺れを体験できる設備、耐震補強の具体的な技術について理解を深められる展示等々、相当な規模の建物だった。この日はちょうど、義務づけられている新人県職員の防災研修を行っていたが、皆、真剣そのものだった。

同行説明をするガイド役の職員さんの情熱も相当なもので、ここにも長年の危機感や、この施設に対する自負を感じた。

浜松市役所

危機管理課より、予め問い合わせていた、避難所、経路、避難ビル等について、避難所の備蓄について、災害時要援護者対策、学校防災教育、県との連携等について研修を受ける。

地震発生からすぐに津波が来るとの想定のもと、長く防災対策を行ってきた事もあり、その施策、メニューの多さ、又、それぞれ一つ一つについてもその規模が大きく驚いた。沿岸部で休校となった学校敷地に、大きな「マウンド」と呼ばれる盛り土による丘を作る計画など、耳にした事の無かった先進地事例などもあった。田辺市での対策施策として参考になる事もあり、今後、いろいろ調べてみようと思う。

2日間の視察研修は有意義なものだったが、先進地がどのように取り組んでいるか最も知りたいと思っていた災害時要援護者対策については、田辺市の状況とさほど変わらないと感じた。

災害時、自身では避難する事が困難な高齢者、障害者の方達をいざという時に地域がその避難を助けるという事を目的とし、その方達の名簿等情報を町内会などに配付、各地域で避難支援を考えておくという事が各自治体でおこなわれている。

個人情報をどこまで守るかなど、相反する議論がありながらも、昨年の東北大震災以降、この対策が定着してきている。

行政側の仕事とすれば一旦、ここまで達成したという事になるのだろうが、しかし、ここにきて、これが地域、町内会などの大きな悩みになっている印象をもっている。

大地震が発生し、津波が来るという時に、自分の命をまもる事を優先するのか、人を助けに行く時間があるのかなどについて、町内会という地域組織が答えを出す事はできないだろう。

本当に難しい問題だが、もっと行政と各地域との考え方に対する議論や意志の共有が必要ではないかと思う。

静岡県でも浜松市でもこの事を掘り下げて伺ったが、担当のかたも大変大きな悩みであるとの事だった。

昨年の台風12号大水害によって被災した地域の現在の状況を理解しておくために、本宮町奥番地区、請川地区大塔川、熊野本宮館、熊野川町日足地区、新宮市相筋地区、那智勝浦町井関地区、市野々地区、田辺市大塔村熊野地区等を訪問した。

集落そのものを閉じざるをえなくなった本宮奥番地区、那智勝浦町の那智川沿い井関地区、市野々地区、大塔熊野地区等々、復旧復興がそれなりに進んでいる所もあるものの、まだまだその災害の大きさを物語る爪痕が多く残っていた。

災害直後にこれらの地を訪れた時は、東北で見た津波被害現場と変わらない家屋の倒壊の様子や、至るところにある土石流に崩された山や護岸など、本当に言葉も無かった。

多くの住居家屋の改修等については相当進んできた印象だったが、しかし一方、土石流跡や破損した護岸など、手つかずの所も多くあった。知り合いの方も何件か訪ね、当時の苦労や今も不便に感じている事、又、地元小学校の再開にむけての話など貴重なお話も聞けた。

熊野地区では、災害直後はバンガローを越えた所の高台から見るしかなかった土石流跡の河川に降り、百間登山口のあったあたりまで歩いた。

大雨が降り始めた事もあり、土砂ダムの水を抜く為に作られた水路に相当な水量が激しく流れ、それを見るだけでも災害時の住民の方達の恐怖というのは大変なものだったのだろうと感じた。

当時、勝浦の方から、「下の川はあふれてくる、上の山は崩れるかもしれない、こうなると逃げるところがない」というお話を聞いたことがある。

今回も現場を見てあらためて思ったが、普通ではない雨の量だと思った時点、安全に行動の出来る時点で早く避難する、この事の意識が本当に大事だ。早く、すぐに行動をするというのは津波防災に対しての意識も含め、安全確保の基本だと痛感する。

3月議会の一般質問が終わり、産業建設委員会のH24年度の予算審議が15、16日と二日間行われた。

予め準備をしていた、上富田町からの受水費用についてや、古尾の浸水対策、中心市街地活性化施策、中山間地域の集落支援の事などについて質問をしたが、二日目の委員会、熊野本宮館の災害復旧改修について質疑が集中した。

熊野古道観光のシンボルとも言えるこの建物のある地域が、昨年の台風12号により浸水。気密性を重視した木造の建物であったため、浮力が生じ、基礎から浮き上がり傾いてしまったこの本宮館を復旧改修するという予算について、元々、設計に問題はなかったか、浸水被害の想定は甘くなかったか、この改修よりも先に本宮地域においてはする事があるのではないか、又、今回の工事内容、予算規模の是非等々、多くの意見が出た。

自身も当局と質疑のやり取りをしながら悩んだ所もあったが、最終、観光復興を一日も早くという思いからこの予算に賛成した。

予算、決算の審議は毎回、大きなエネルギーがいるものだが、この産業建設の委員会に所属して4回目の定例会を迎え、この分野の内容が概ね理解出来てきたと感じている。

田辺市のH24年度予算を含む議案があげられ、3月議会が開会した。

今年になってからも、防災関連の取り組みと、例年以上に多いと感じる生活相談への対応もあり、あっという間に2月の下旬となった印象だが、年明けに決意した、自身の議会だよりを作成し、地域や知り合いのお宅を訪ねると言う事に、特にこの2週間ほどは追われ、議会準備をする間もなく開会日がきてしまった。

今日は、和歌山国体にむけた三四六の総合運動公園の整備の経過報告を聞く委員会があり、その形が大分見えてきたが、グランドの芝について、天然か、人工かで意見が分かれ議論となった。どちらにも長所短所があるのだが、多くの意見は維持管理、手間をかけての天然がいいとは思いながらも、使い勝手の良さ、将来の市民スポーツの場としては人工がベターだと言う事となり、又、自分もそう納得している。そして、その議論の中で、上富田に来たなでしこジャパンの話が何度となく出た。多くの方にとってその印象は大きかったようだ。

明日からは街頭演説も再開するつもりだ。しゃべる内容を整理し、気合いをいれ頑張ろうと思う。

新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞ、よろしくお願いいたします。

昨年は、東日本大震災と当地方を襲った台風12号災害により、防災、災害対応に明け暮れた一年だったと言っても過言ではありませんでした。3月以降は、当地方においての地震津波対策を考える機会が多かったのですが、不意をつくように9月、紀伊半島山間部で考えられない規模の水害、土砂災害がおこりました。特に、熊野川流域や那智勝浦町の被害は、東北で見た津波被害の現場と全く変わりのない状況で、その光景はいまだに忘れる事ができません。

国全体で災害対策、防災というものについての意識が大きく変わる年となりましたが、今年も自身は一つ一つの施策作りに取り組もうと思います。

1月4日には商工会議所の年賀会があり、昨日5日には消防出初め式がありました。毎年、この二つの行事から新年が動き始めるといった所ですが、出初め式後、年末年始に伺っていた何件かの相談の対応で、厚生係、農林土木、台風災害の義援金の担当等々やりとりをし、2件の現場を見に行き、本格活動となりました。

今年も頑張ってまいります。

台風12号災害の復旧、復興のための補正予算議案などが提案され、12月議会が開会している。昨日は、今回質問を通告した議員の中で、最後に一般質問を行った。

今回は、

・台風12号災害により自宅に住めなくなった方達への住宅政策

・防災無線が聞き取りにくい地域のために、市がフリーダイヤルの番号を設定し、かければ直近に流れた防災無線の内容の録音を確認できるというサービスの提案

・市の防災担当の所管を、人数を増やすなどして厚みをもたせる事の要望

・一人ぐらしの高齢者のための市営住宅施策について 

などについて質問し、市当局からは概ね、前向きな答えをもらった。

今日は、産業建設委員会での議案審議があったが、龍神村の開発公社への貸付予算の中味について、なかなか納得ができず、長い時間議論する事となった。結局は、その中身をさらに詰め、せっかくの支出が意味のあるものとなるよう、しっかりと論議してほしい旨を伝え審議を終えた。が、んー、何か釈然としないものが残っている・・

12月になり、この慌ただしい時期、例年の事だが、市民の皆さんからの相談が多くなってきた。いつも感じている事だが、深刻な問題ほど、もう一つ早いタイミングで相談してもらえればよかったのにと思うケースが多い。法やルールにの境目によって、ギリギリうまくいく人、ギリギリうまくいかない人がでてくるのはしかたないのかも知れないが、事態が深刻でないうちにこそ、はやく手を打つ事は本当に大事だと、特に年末、感じる。

台風12号に災害により、当市の観光産業が大きく低迷している事を受け、11月に当局がその緊急性から専決により二千万円規模の予算を投入して、広く関西圏からの観光客を呼び込むためのキャンペーンを行う事となった。11月30日に大阪のホテルで、市長、ツーリズムビューロー、各観光協会による、プレスや旅行業関係者を集めた「こんなにあったか田辺キャンペーン」という、もう田辺は大丈夫ですとの記者会見、観光アピール、田辺特産物の試食会、12月1日、2日は新大阪駅の構内でキャンペーンのPRチラシを配布するイベントを実施すると聞き、その状況や皆さんの反応を見ておきたくて参加した。

11月30日については主催者側の大きな決意がうかがえる本当に良いイベントだったと感じた。この種のものはどうしても、行政主導の形式的なものが多いと感じているが、熱のこもった意欲のある内容だった。しらすやヒロメ、梅酒や南蛮焼などの地元産品も概ね好評だったようだ。

新大阪駅構内でのPRには、結局、はっぴを着てグッズ配付に参加。受け取ってもらえない方が多いのかと思っていたが、「和歌山田辺市、世界遺産の熊野古道、観光キャンペーンです」と声をあげると、多くの方が自ら「下さい」と声を掛けてきた。「熊野古道」にはこちらが思う以上に皆さんの興味があるのだと再認識した。

2日間の参加は本当に意義があったが、熱のこもった良いイベントだったというのは、観光業の落ち込みがいかにひどいもので、関係者の何とかしなければとの強い思いが現れているという事だ。インフラ整備などがなかなか追いつかず、まだまだ、台風被害が残るのだと改めて感じる。

市議会の産業建設委員会で、台風12号によって被害を受けた田辺市内の現場視察をまる2日間かけて行った。初日は旧大塔村の深谷、熊野(いや)、愛賀合の土石流現場、中辺路の鍛冶屋川口の土石流現場、福定の道路陥没、本宮の熊野本宮館、曲川地区では野猿での物資の運搬状況、十津川の二津野ダム等々を廻り、二日目は龍神の三ツ又の崩落、丹生の川の河川護岸の崩落、台風6号での被害から通行止めになっている虎ヶ峰道路の崩落、旧田辺市内では上三栖、上芳養での大規模パイロット農地の崩落、下三栖の落橋現場などを見て廻った。

9月にこの大災害が起こってからひと月半ほどは各地を走り回り、ほとんどの現場の状況を知っているつもりだったが、はじめての場所、はじめて被害状況をきかされて驚く現場もいくつかあった。あらためてその被害の大きさ、又、まだまだ現場では苦労をされている住民の方がおられ、市職員をはじめ、多くの方々が復旧復興に大変な尽力をされている事を再認識した。

車中、土石流により家屋を失い、別の場所で自宅を再建される方より相談が入った。生活再建支援資金という国と県の補助金について、国の制度は被災した以外のまちでの再建も認められるのに、県の制度は同じ自治体内でないと認められないかもしれないとの事。急遽できた制度ながら、被災者の実情にあわせて融通のきくものになっていないと思い、その場で市当局や県当局とやり取りをするということがあった。

まだまだ現場ではいろいろな問題がたくさん発生している。それぞれの方の心を察し、丁寧に対応したいと思う。

田辺市のH22年度決算を審議する為の産業建設委員会が11、12日、2日間にわたって開かれた。

6月に所属の委員会が変わり、この委員会での決算審議は初めてとなったが、予め自分の意見をまとめていた、市有林の今後、備長炭やヒロメについて、中心市街地の人口増施策、都市計画税の徴収とその区域、駅前放置自転車問題や水道料金体系等々について質問をし、自身の意見を述べた。

前所属の教育、福祉部門の委員会と違い、この委員会では、道路、建物、公園、又、魚、梅、材木と言った、目に見える建造物や産品の具体的な議論が多く、それぞれの政策もその効果の良し悪しがわかりやすいものだなーと感じながら議論をしていた。

田辺市中心市街地活性化計画が国に認定され何年かが経ったが、その事によってスタートした多くの施策については、特に、その効果、現状について詳しく聞いた。

東北で大地震が発生して以降、沿岸部、津波防災の議論一色の感があったが、中活を含めての沿岸部街づくりをイメージせねばと、今委員会で再認識した。