山の日
あきひろ日記
2014(平成26)年に制定され2016(平成28)年に施行された国民の祝日の一つ。祝日法(昭和23年7月20日法律第178号)第2条では、「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」ことを趣旨としているそうです。
高槻市では、ポンポン山が有名ですね。一説には地下に空洞があって足踏みすると“ポンポン”鳴るからとか。
10年以上前でしょうか、息子が高校生の頃(?)、一緒にポンポン山に登ろうと計画をしました。その前日、些細(?)なことから、すごい親子ゲンカをしてしまって、お互い気まずい雰囲気。とりあえず落ち着き、明日どうするのかなと悩んでいましたが、結局、二人でポンポン山へ、7km、3・5時間のコースです。
当日、早起きして、二人無言でおにぎりをつくって、リックサックに詰め込んで…早朝の市バスで、まずは神峯山寺へ。二人無言の登山。私は早くも息切れして休憩。そんな時、息子は無言で介抱してくてれました。
679mの頂上へ到着。絶景を堪能しながら朝握ったおにぎりをほうばって。二人とも笑顔で(本当においしかった)…仲直りできました。実は、ケンカの後すでに、一緒に行くと決めた時点から仲直りしてたような、お互い“ごめんなさい”が言い出せなくて。ふりかえればステキな思い出。
今日は「山の日」、あの頃を思い出して、もう一度、一緒にポンポン山に登ってみたいです。
ごきんじょニュース№44
台風5号
西日本は明日注意かも 「あきひろ日記」
今日は、高槻まつり2日目。残念ながら行けませんでしたが、最後まで無事故・大成功をお祈りしています。
今日もお昼過ぎでしたか、雷と雨が…
ところで、台風のニュースですが、台風5号は明日の朝にかけて四国へ近づくとか。上陸も。土砂災害や浸水、河川の増水や氾濫、暴風、高波に厳重な警戒が必要と伝えていました。
今日の午後3時頃には宮崎県の海上を、1時間におよそ10キロの速さで東北東へ進んでいるらしいですね。明日の朝には四国へ上陸するおそれもあるようです。その後、勢力を弱めながら西日本を通過、明後日には北陸に達する見込みとのことでした。
明日は、西日本を中心に大雨のおそれも。皆さん、ご注意を。
毎朝セミの大合唱
あきひろ日記 7月もあと一日、いよいよ夏本番ですね!!
梅雨が明けてからは、毎朝、セミの大合唱ですね。昨日は蝶蝶、今日は蝉のお話し。少しお付き合いを…
昨日、あることで、“中国の故事”「恵蛄春秋を知らず(けいこしゅんじゅうをしらず)」。という言葉に出会いました。恵蛄は「セミ」のことで、セミは春秋を知らないとの意味。春や秋を知らないセミが、今が夏だということを知りようがない。今が夏だとわかるのは、他の季節を知って、はじめてわかることと。
セミは長く地中にいて、この季節、地上に現れるとわずか1~2週間ほどでその命を終えると言われています。
辞書には、セミは夏のごく短い日数しか生きられないから春や秋の季節を知らない。世間知らず。人の命のごく短いことのたとえとされていす。
“世間しらず”、自分の知識は学習や経験した分だけ。社会には色々な知識の分野や考え方がありますね。また、自分より長く人生を経験している方などは、その年数分のご経験が。例えば親の忠告。さらに、物事は自分中心に考えがち。(昨日のあきひログでは、“キレイなアゲハ蝶”の話で、自分らしくと書きましたが、自分勝手とは違いますよ)
思えば、私も若い頃には親に反発したことも(?)…昔、父親に「親の意見とひや酒はあとからきくものだ」と言われたことがありましたが、私も親になって気づくことが多々ありますね。そして、いつしか、息子たちに小言を言って、反発されてたり(?)。自分勝手な考えも(?)…
自分の知識や経験だけでは限りがあると感じます。
改めて、社会の中で、いい仕事をしようと考えると、他人の意見を聞くことが大切。組織などでは意見交換しながら協調することで、いい方向性を見つけ出し、成功の鍵を握ることも。
そして、市政発展のためには、“現場の声を聴く力”。市民相談など、私たちの原点です。
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中国の故事は、「恵蛄春秋を知らず(けいこしゅんじゅうをしらず)、あに伊虫、朱陽の節を知ら んや(あにいちゅう、しゅようのせつをしらんや」と続くようです(伊虫は、この虫。朱陽の節とは夏のことらしいです)
考えさせられる中国の故事でした。
キレイなアゲハ蝶
あきひろ日記
“今日はいい天気 <あきひログ”でご紹介した、アゲハ蝶の幼虫が、昨日、キレイな蝶々に成長して帰ってきました(?)
思わず、「お帰り~」と…
お昼までは、“今日もいい天気”でしたが、夕方から雲行きが…
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先日、厚生労働省が2016年の日本人の平均寿命を発表しましたが、男性80・98歳、女性87・14歳。過去最高で、世界で2位だとか。
ちなみにマゲハ蝶は、生まれてから約40日、成虫になってからは2週間ほどの寿命なんですって。
人生80、90年ですか。100歳以上も。
“桜梅桃李”ということばがありますが、自分らしく充実した人生を。それぞれが独自のキレイな花を咲かせたいですね。
充実した日々を…
夕立の来て蚊柱を崩しけり
正岡子規 明治二十一年作とか 「あきひろ日記」
今日も暑い一日でした。ふっと、なぜ、夏は暑いのか、雲はなぜできるのか、雨はどうしてできるのかと考えていると、一度、調べてみようと思い立ち、そんな時、正岡子規の俳句に出会いました。
「夕立の来て蚊柱を崩しけり」夕立が来て蚊柱を崩してしまったという句の意味らしいです。夏の夕方によく見かける光景とかで、「蚊柱を崩しけり」に夕立の雨の激しさが読みとれるとか。
今日は夕立はありませんでしたが、この季節、心配ですよね。でも、蚊柱って、蚊が柱のように多く集まっている様子ですよね、最近、目にしないように思いますが。昔と今とでは環境も随分変わったんですかね。
夕立を降らせる“入道雲” 太陽の光とともに夜があけ、午前中地表の空気が暖められ、上昇気流が生じます。上空では水蒸気の凝結によって入道雲(積乱雲のことらしいですね)を形成して夕方頃に降雨をもたらします。
上昇気流、上空と地表付近の大きな気温差、高温多湿の空気の3つの条件が揃うと、大気が不安定になり夕立の雲、入道雲が発生するとか。この雲の中は、上昇する空気と、雨つぶや氷のつぶのまじった下降する空気とが激しい勢いで入り乱れているそうです。
時には雨も大切ですが、問題は環境変化によって降雨する“ゲリラ豪雨”と“一次・二次災害”。短時間に多量の雨が降った時とそのあとですね。本市でも過去に1時間に100ミリを超えた時がありました。
今と昔では、随分、環境が変わりました。
地球温暖化やヒートアイランド現象など。人の健康に関わる熱中症や、生活に関わる集中豪雨(ゲリラ豪雨)等の問題も。
防災・減災対策が重要です。公助も重要な取り組みですが、共助も重要。もう一度、みんなで環境のことを考えないといけないですね。
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日本には四季がありますが、夏が暑いのは、地球が太陽の周りを一年かけて回る公転と、約23・5度の軸で一日かけて自転するときの日照角度の関係でした。この時期の太陽の光は真上から降り注ぎ、日照時間の関係もあって、夏が一番暑いんですね(だから夏なんです)、最近では、前述した環境変化の影響も…
気象記録として、明治26年では、当時としては珍しく暑さが厳しかったと。岐阜市で7月の月平均最高気温が35.3℃だったとか。しかし近年、平成25年には四万十市で41℃の国内最高気温を更新。この時、日本海側では経験したことのないような豪雨に見舞われたと記録されていました。(高槻市では平成24年に時間降雨量110ミリの集中豪雨が)
聖徳太子という呼び方
あきひろ日記 「潮」7月号を読んで
潮7号に「聖徳太子という呼び方」と題して、山本博文氏(東京大学史料編纂所教授・歴史学者)の記事が掲載されていました。
今年2月、文部科学省は、次期学習指導要領の改定案を発表、“聖徳太子”を“厩戸皇子(うまやどのおうじ)”とし、“鎖国”を“幕府の海外政策”に改めるなどとした。これには、賛否両論あったことは、私の記憶にもうっすらと残っています。
聖徳太子の事蹟は、死後60年ほどの681年に天武天皇が命じて編纂(へんさん)。日本最古の歴史書“日本書紀”に書かれており、そこでは厩戸皇子と呼ばれ、聖徳太子はのちに理想化して付けられた呼び名だといいます。文科省がより史料に沿った呼び方にしたいというのは理解できるところだとか。
聖徳太子と呼ばないと、事蹟がおとしめられ十七条の憲法にある「和を以て(もっ)貴(とうと)しとなす」という日本の伝統的な道徳意識が揺らぐと考える人もいるのは驚きだったと感想を表されていました。
歴史教科書は、すべて真実がわかって書かれているわけではなく、謎があるとわかっていても、日本書紀などの正史に書かれていれば、そのまま史実として書かざるをえないもので、何十年も前に教えられたことを真実と思って、単なる呼び名に過ぎない聖徳太子か厩戸皇子かを争うのは滑稽であるとも。
私も呼び名にはこだわりませんが、いつも中身が大切であると感じていますが…
歴史内容にもふれられていましたので、文脈をたどってみました。
- 厩戸皇子の子、山背大兄皇子(やましろのおおえのおうじ)は蘇我入鹿(そがのいるか)によって殺害
- その後も皇位継承をめぐって皇位継承候補者の暗殺がたびたび起こる
- 壬申の乱(じんしんのらん)、内乱が起こる
- 厩戸皇子は蘇我馬子と共同して政治を行う
- 十七条の憲法や冠位十二階(厩戸皇子だけの功績ではない=日本史学会の常識)
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- 隋書(中国の歴史書)に、当時の朝廷が送った「日出づる処(ところ)の天子、書を日没する処の天子に致す。恙(つつが)無きや」という国書が収録
- 聖徳太子の対等外交として名高い国書
- 日本が中国から自立を意図したもの
- 隋の皇帝・煬帝(ようだい)は、この国書を無礼だと激怒
- 高句麗遠征を控えていることがあり、返礼の使者を送る
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- 隋書には、この国書を送ったのが阿毎多利思比孤(あめたりしひこ)という男性の倭(わ)王と書かれている
- 一方、日本書紀では天皇は推古(すいこ)で女性天皇、厩戸皇子は摂政とされている
- 一般には、隋の使者は接見した厩戸皇を倭王とみなし報告
- あるいは女性天皇でることを隠したなどと理解されている
- しかし、齟齬(そご)を重視して推古も厩戸もいなかったとする説も…
- 日本書紀の記述、十七条の憲法が当時のものであることを疑う説も…
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- 筆者は、聖徳太子が実際に皇位についていたが、天武天皇の父である舒明(じょめい)天皇の皇位継承の正当性を示すために、摂政にとどまったのではないかと疑っていると…
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あるテレビドラマで、“歴史は勝者によって塗り変えられるもの”との台詞が印象的でした。また、見る人や見る角度によっても事実は異なるのかも。例えば都合のいいように。約1300年前の事実、史料が重視されることが自然だと感じます。
でも、馴染みは「聖徳太子」ですかね…ひとり言です。
自転車点検OK
高槻市 水害マップ充実
あきひろ日記 よみうり新聞・朝刊 25面(地域・北摂)に高槻市が紹介されていました
日々の天気が気になる季節ですね。すでに広報誌“たかつきDAYS”等で紹介・案内されている“高槻市 水害・土砂災害ハザードマップ”が、今日のよみうり新聞・朝刊で「高槻市 水害マップ充実」と評価記事が掲載されていました。
記事では、ハザードマップは11年ぶりに改訂され、5年前の局地豪雨で市街地でも多くの浸水被害が出たことを踏まえたもので、“内水氾濫”の被害区域も新たに明示とその特徴も紹介。
5年前…
2012年8月の早朝、1時間当たり110ミリに達する記録的な集中豪雨。淀川と名神高速道路の間の市街地で広範囲にわたって浸水被害。淀川の氾濫はなかったが、地域の下水管や用水路などから水があふれ、床上浸水247棟、床下浸水597棟、JR高槻駅前でも冠水と記事。
この教訓を踏まえ、学識者や市内の自主防災組織の方々等の組織で検討を重ね改訂マップができたこと。
また、最も深刻な被害を引き起こす淀川について、流域で2日間の総雨量が500ミリに達し、氾濫した場合の浸水想定を掲載。淀川と阪急京都線の間の広範囲で浸水深が5メートル以上になることも紹介されています。
さらに、住民が自宅の浸水想定の深さを認識したり、緊急避難場所や避難所の位置もシールを貼って書き込みができるように工夫されていることや、多くの市民の皆さんに、危機意識を高めてもらうことへの、高槻市の取り組み姿勢も紹介されたいました。
防災・減災 <あきひログ(参考)





