バックナンバー 2012年 1月
1月9日(成人の日)、市内クーポール会館で大韓民国民団の新年会が行われ、例年通りお招きをいただき、出席させていただきました。先日は朝鮮総連商工会の新春の集いがホテルサンルート清水で行われ、参加させていただいたところです。総連の新年の集いは、キムジョンイル総書記が年末に亡くなったこともあり、中止するのかと思いましたが、成人のお祝い並びに日本人の来賓を招いての祝宴は例年通りでした。李委員長のスピーチに一言も総書記追悼の言葉がなかったことにかえって違和感を覚えました。なんと主賓は私。来賓を代表して祝辞を述べさせていただきました。さて、民団の新年会は、カラフルなチマチョゴリも多くみられ華やかでした。婦人部の皆さんも元気で、祝宴を盛り上げてくれました。
24日は9時、ホテル発。一路、唐津に向かいました。佐賀県立名護屋城博物館視察。秀吉の朝鮮出兵の拠点が博物館として整備されていました。展示物の中で感心したのは、日本と韓国双方の教科書が展示されていたことです。韓国からの観光客も多いということで、第三者的な表現だったと思います。写真は「安宅船」。朝鮮側の「亀甲船」(大砲を装備)にしてやられた日本側の輸送船です。本当はもっとゆっくり見学していたかったのですが、時間の都合で唐津市に向かいました。昼食は「そば」。歳を取ると昼食は軽いほうが身体が楽です。写真は唐津城址にある曳山展示場内。唐津くんちのシンボルでもある「鯛」は弘化元年(1845)の作品。11月3、4日の唐津くんち、是非来てみたいものです。

新年の忙しさの中で、報告が滞ってしまいました。12月22日から24日まで、県議会文化芸術振興議員連盟の視察に参加しました。目的は日韓文化交流に関する調査、具体的には朝鮮通信使の軌跡を巡る史跡調査です。22日は富士山静岡空港8時15分発の福岡便。満席でした。到着後、中州でイカ刺定食を食べ、博多港から高速船で壱岐に向かいました。高速船というだけあって、すごいスピードでした。流木やクジラなどと衝突することもあるということで、船内ではシートベルト着用が義務付けられていました。この日は移動だけで、郷ノ浦港のすぐ近くのホテルに泊まりました(夕食は食べきれないほどの海の幸でした)。翌日の午前中は壱岐島内の視察です。ジョンボタクシーでまず、原の辻(はるのつじ)遺跡の近くに建てられた壱岐市立一支(いき)国博物館を訪問しました。魏志倭人伝に記録された一支国の中心地です。かつて日本史の授業で教えていた場所にいると思うと、感激でした。写真は博物館から眺めた遺跡(復元家屋)です。11時40分、芦辺港より対馬の厳原港に向かって出港しました。平成24年秋に、原の辻、吉野ヶ里、登呂の三遺跡をテーマに企画展が行われるということです。また来たいですね。12時45分、到着。昼食は質素に「うどん」。対馬歴史民俗資料館視察。万松院など朝鮮通信使に関わる場所を訪問しました。写真は秀吉が朝鮮出兵の時に築いた城跡から見た厳原港です。19時05分対馬空港発の飛行機で博多に戻りました。


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