バックナンバー 2011年 10月

早川・盛月両女史とともに福岡市を訪問しました。23日は静岡市民総合体育大会開会式に参加、10時から朝鮮初中級学校を訪問。富士山静岡空港発13時55分のFDA福岡便に乗って、16時過ぎには中州にある宿舎、ホテルエクセル東急にチェックインしました。翌日は早起きして、郊外にある福岡県教育センターを訪問。本年度から開設された福岡教師塾について説明を受けました。団塊の世代の大量退職に伴い、管理職候補を育成するために開設された教師塾はミドルリーダーを対象として、年間10回の研修を実施する予定だということですが、特徴としては、「教育」に特定された内容ではないということです。幅広く資質の向上を目指すという目標がうかがえました。静岡県でも必要な観点だと思います。丁重なおもてなし、ありがとうございました。博多駅に戻ってチャンポンメンを食べた後、博多青松高校を訪れました。生徒数2600人を超える単位制定時制高校(通信制も含む)です。開校時には本県の静岡中央高校を何回も訪問、参考にしていただいたということです。中央高校の充実のために数々の提言をしてきた私としては誇りに思いました。すごいのは、400を超える講座を設けているということ。そのために外部から100人以上の講師を招いているそうです。生徒の幅広いニーズに十分応えているということですね。校長先生以下、本当にお世話になりました。

10月21日、妻に誘われて(催促されて)、生まれて初めて上高地を訪れました。バスツアーへの参加でした。朝6時20分、静岡駅南口出発。3回の休憩を経て、12時に上高地に到着しました。この日は一日雨という予報でしたが、日ごろの行いの良いせいで、快晴。4時間の滞在時間のうち、3時間ウォーキングを楽しみました。自然の美しさの中で、リフレッシュすることができて良かったと感じます。ただ、翌日ならびに翌々日の筋肉痛は避けることができませんでした。また訪問したいと思います。中国人客が多く見かけられました。

10月23日(日)、駿河区中島の朝鮮初中級学校の公開授業が行われ、久しぶりに同校を訪問しました。以前に比べて、児童生徒数が格段に減少したことにまず驚きました。そして、初級1年生のクラスで徹底した朝鮮語の教育が行われているのを目の当たりにして、ショックを感じました。授業は朝鮮語と日本語のチャンポンでした。エヌとエムの区別ができない児童に何回も担任が唇を合わせることを注意していました。こうして民族教育の一歩が始まるわけです。2年生、3年生と進むにつれて国語とともに民族の歴史とか習慣(風習といっていました)という授業が加わっていきます。もちろん、日本のことも授業に取り入れていました。同じ在日と言っても、韓国人と朝鮮人は教育の在り方が全然違うことを目の当たりにしました。ただ、児童生徒が減っていることからわかるように、朝鮮学校に進ませる保護者ばかりではありません。児童生徒数の確保が学校の課題です。ともあれ、日本人としての民族教育はどうなっているのかと考えさせられた1日でした。

最終日は淡路島に移動しました。明石大橋からの眺め(車窓)は最高でした。訪問したエネルギーパーク洲本では循環型社会を目指す取り組みとしての菜の花プロジェクトの説明を受けました。菜の花を栽培して収穫した菜種から油を取るシステムはもとより、各町内会単位で使用済油を回収してBDFを生産、公用車の燃料として利用するという取り組みが全国に広まれば素晴らしいと思いました。時間に余裕があったので野原断層を見学し、14時45分の新幹線で静岡に向かいました。洲本市議会の先田正一副議長(公明党)、本当にお世話になりました。

8時45分、ホテル出発。三田(さんだ)市の神戸三田国際都市カルチャータウンを視察しました。神戸三田国際都市は計画人口14万人のビッグプロジェクト。アメリカ・ワシントン州の協力でできたワシントン村(写真)や兵庫村に加えて、現在定期借地権を利用した学園8丁目を分譲中。土地の購入費用がかからず、費用負担が少ないことがメリット。ちなみに地代は土地価格の1.65%とのことでした。丹波篠山の老舗、三友楼で昼食を取った後、兵庫県森林動物研究センターを訪問、クマ、シカ、イノシシなどの保護管理に関し、勉強させていただきました。

10月18日から20日まで、くらし環境委員会で兵庫県を訪問しました。天候に恵まれ、勉強を深めるとともに、リフレッシュすることができました。今回は富士山静岡空港を使用することなく、新幹線での視察日程でした(兵庫県ですから当然ですが)。神戸市郊外での昼食の後、バスで三木市にある兵庫耐震工学研究センターに向かいました。以前、総務委員会で訪問したことがあり、2回目でしたが、本年、東日本大震災が起こったあとでもあり、知識を深めることができました。写真はEディフェンス(実大三次元振動破壊実験施設)。使用料は一日につき、600万円だそうです。静岡県の建設会社が建てた住宅が横に待機していました。1時間かけて加西市に移動。加西グリーンエナジーパークを訪問しました。ここは旧三洋電機(現在はパナソニックグループ)の施設で、太陽光システムや、リチウムバッテリーシステムなど、最先端のシステムが展示されていました。そのためか、写真撮影は禁止、携帯電話まで取り上げられました。電動アシスト自転車に初めて乗りました。

10月12日、治山砂防議員連盟の視察で天竜地域を訪れました。災害復旧の現場や砂防事業の進捗状況など、まさに「現場」を目の当たりにしました。なかなか訪問する機会の少ない天竜地域なので、大変参考になりました。最初に訪れた龍山第一小学校(急傾斜地事業)の校庭の片隅に、コンクリート製の二宮金次郎像が残されていました。裏を見ると、昭和11年、地元出身の兵隊さんが寄贈したということが書かれていました。もはや珍しくなった金次郎像ですが、この小学校では児童たちにどのように伝えているのか、関心を持ちました。

10月9日、八王子の創価大学を訪問しました。三女も4年生で、最後の創大祭です。イチャリバチョーデイズのメンバーとしての出演も最後となりました。タゴール広場でのステージ、とても良かったと思いました。もちろん親ばかの感想です。今回はメイ・トゥ・ルイン(ミャンマー出身、現在ホテル業務に関わる専門学校に通学。私が「日本のおとうさん」)も同行しました。昼食に食べたカツカレー(¥400)は正直言って胃にもたれました。さすがは学生食堂。

22日、帝国ホテルで行われた、内外情勢調査会主催の講演会に参加しました。程大使はいつもながらの流暢な日本語で、「中国の発展と中日関係」と題して約1時間、講演をされました。特に日本との間で、歴史と安全保障に関する考え方のズレがあることを指摘しましたが、いずれにしても「対話」を大切にする以外ないと結ばれました。

最終日。ジャンボタクシーで、うるま市にある沖縄県立中部病院に向かいました。研修医制度について病院長からお話をお聞きしました。焦土と化した沖縄の医療は医者もいない、病院もない状態からスタートしたということです。それだけに医師を育てることに関しては、真剣そのもの。また充実しているからこそ人も集まると聞いて、なるほどと納得しました。14:45、那覇空港テイクオフ。静岡徳洲会病院長の相澤氏(高校の同窓生)とまた同じ便でした。

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