バックナンバー 2008年 3月

さあ、最終日は平和の大切さを再確認する研修でした。摩文仁の丘では、静岡の塔で、戦争の犠牲になった多くの方々への慰霊を行ないました。私自身の伯父(父の兄)もルソン島で戦死しています。尊い犠牲のもとに現在の日本の繁栄があることを忘れてはなりません。ひめゆりの塔などを見学して、帰途につきました。

8時30分、ホテルロビー集合、出発。遠山参議院議員のご紹介を受けた、障害者就労サポートセンター「ミラソル会」を訪問しました。一杉理事長じきじきに事業説明をいただきました。障害のある若者を厳しくしつけ、就業まで結びつけるという大変な仕事を6人のスタッフで、生きがいを持って、頑張っておられることを教えていただきました。本当に頭が下がる思いがしました。自立することの難しさという点では、障害のある方も健常者も変わらないと思いました。最後に理事長が沼津出身であることをお聞きし、驚きました。写真はあいさつ訓練の様子です。

午後は、沖縄県立南部医療センター・こども医療センターを訪問しました。平成18年度開設ということですが、非常に空間を大切にした、明るい施設であると感じました。こどもは未来の宝です。静岡県立こども病院も大切にしなければならないと痛切に感じた次第です。

公明党県議団6名全員で沖縄を訪問しました。朝8時45分、静岡駅発のこだまに乗車、品川駅経由で羽田空港着。11時45分発のJAL917便に搭乗しました。那覇空港までは2時間35分、一日がかりの移動です。来年春からは静岡空港から直接那覇に飛べます。

ゆいレールで牧志駅へ。徒歩でホテルへ向かいチェックインし、すぐに沖縄県庁に向かいました。

障害保健福祉課長の宮城課長以下から沖縄の「福祉のまちづくり」政策について説明を受けました。理想と現実の合間でご苦労されているということで、いずこも同じの感を得ました。

一年間の疲れを癒すために、家族で伊豆を訪れました。戸田峠では富士山をくっきり望むことができました。鹿児島では「富士山は山梨県」との声に驚かされましたが、全国のみなさん、静岡県から見た富士山が日本一であることはまちがいありません。くれぐれも誤解のないようにお願いします。

2年間、日本語を学んで、たくさんの若者が国際ことば学院を巣立っていきました。一番多かったのは、インドネシア、ベトナム、ミャンマー、バングラディッシュなど東南アジアの青年たちでした。文化のまったく違う日本で、働きながら必死で日本語を学んだ彼らは、いまや日本には少なくなってしまった「苦学生」にほかなりません。大学進学、専門学校進学など進路はさまざまですが、ここ静岡で学んだ思い出を大切に、ご活躍ください。ボンボワヤージュ!

特別支援学校の名称変更に関する条例案が上程されており、その中で特に、聴覚障害をもった方々が、ろう学校の名前をなくさないでほしいと反対を表明され、署名運動を展開されました。委員会初日の今日も、聴覚障害者協会の方々が傍聴に訪れておりました。教育委員会からは縷々説明がありました。すでに昨年、学校教育法が改正され、盲・ろう学校、養護学校の名称は法的にはなくなったこと、特別支援教育がすでに進められていることなど。しかし、一番の問題点は、関係者と教育委員会との話し合いが十分に行なわれたかという点にあります。無理矢理に押し切ったような形での採決にはしたくないということから、委員会でさまざまな観点から、教育委員会を質しました。結果として、聴覚障害者への教育を後退させることは決してないこと、ろう学校の名称を愛称として使用することはかまわないことなど、条件を確認した上で、条例案を是認一致で可決しました。

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