Archive for 2007年 8月 6日

震災復興モデルを目指して

7月16日午前10時13分、柏崎市荒浜を車で移動中の出来事でした。突き上げるような大きな揺れを感じ、辺りを見渡すと屋根から瓦が落下、家屋が倒壊、道路が波を打つ光景が。これまで43年前の新潟地震、3年前の中越地震を体験しましたが、今回は一瞬で“これは過去2回の比ではない”と直感しました。

 自宅の妻からは「家の土蔵が倒壊し、義弟が下敷きに」との電話。寸断された道路を迂回して急行し、近隣の方々と消防団の約20人に手伝っていただき、何とか弟を救出し、病院へ搬送。重傷と判断された弟はドクターヘリで長岡市内の長岡赤十字病院に搬送され、一命を取り留めることができました。

 初動で動けなかった忸怩たる思いを拭い去り、当日夕方には柏崎市入りした太田昭宏代表とともに、避難所や大きな被害を受けた中心街へ。太田代表は被災者一人一人に「大丈夫ですか」「困ったことがあれば何でも言ってください」と声を掛けて巡回。一番大変な所へ真っ先に駆け付け、庶民の中に飛び込む公明党の真の姿を見ました。

 翌日からは避難所や被災者宅、被害を受けた中小零細企業や農業関係者、商工会議所などを徹底的に訪問し、被害状況を把握。21日には、要介護者の支援など、市民から寄せられた要望を市災害対策本部に申し入れました。24日には志田邦男県代表(県議)らとともに泉田裕彦知事に対し、柏崎刈羽原子力発電所の危機管理体制の抜本的見直しや安全性の確保・検証の要請なども含め、緊急要望を行いました。

 現在は、電気や水道の復旧など日常生活の一端を取り戻しつつありますが、倒壊した家を建て直す費用の問題など、本当に大変なのはこれからです。

 国や県の支援や法・制度の整備も含め、今こそネットワーク政党・公明党が力を発揮する時です。

 市民が一日も早く日常生活を取り戻し、“柏崎は地震から再生・復興した地方都市のモデルだ”といわれる日まで、全力で頑張ります。

公明党災害対策本部の木庭健太郎本部長(参院議員)はじめ、新潟県上中越沖地震災害対策本部の魚住裕一郎、山本香苗両副本部長、加藤修一事務局長(以上、参院議員)は、新潟県中越沖地震の被災地で甚大な被害に遭った柏崎市で改めて現地を調査し要望を受けるとともに、長期化する避難所生活を強いられる被災者を全力で激励した。
私、真貝維義と若井恵子市議が現地案内を行った。
初めに、柏崎農業協同組合を訪問し、農業被害の状況について説明を受けた。今井長司・経営管理委員会会長は、農道や水路、パイプラインの被害が思った以上で、地震被害により農業をやめる農家が「かなり出てきている」と指摘した上で「国の施策で被害に遭った農家の負担を少しでも軽減してほしい」と要望した。
続いて柏崎商工会議所(松村保雄会頭)を訪問。市内の建設業や製造業、商業、サービス業などの被害状況などについて話を聞いた。特に同会議所の調査で、各業界から今後の経営面での課題として、ライフラインの復旧をはじめ、来店客数の動向、復旧費用や運転資金、設備資金の調達などの回答が多いことが伝えられた。
また、避難所となっている市立柏崎小学校を訪れ、被災者に「暑くないですか」「お体は大丈夫ですか」「夜は眠れますか」などと声を掛け激励。地震発生以来、避難所で生活する西港町に住む桑山静子さん(93)は「ガスが復旧すれば家に帰れます。一日も早く帰りたい」と語っていた。

市災害対策本部を訪れ、若山正樹副本部長(副市長)に会い、ライフライン被害や避難所設置状況などの状況を聞いた。その上で若山副市長から、今後の本格的復興をめざす上で、生活再建支援や災害復旧・復興支援、原子力発電所の安全確保などの要望を受けた。 

現地の被災状況を見ていただくため、倒壊した家屋や商店街など市内の被災状況や復興に向けた解体作業を視察していただいた。
 視察後、木庭本部長は「被災者の住宅問題など緊急的な課題と、産業や観光の復興など中長期的な課題を分けて、どのような対策が国としてできるのかを精査し、政府に対し党としてしっかり要望していきたい」と述べた。

新潟県中越沖地震 再建へ歩む<1>
http://www.komei.or.jp/news/2007/0809/9415.html

新潟県中越沖地震 再建へ歩む<2>
http://www.komei.or.jp/news/2007/0810/9427.html

新潟県中越沖地震 再建へ歩む<4>
http://www.komei.or.jp/news/2007/0814/9445.html

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