Archive for 2007年 7月

今回の地震で、排気用煙突が折れてしまったクリーンセンター(ごみ焼却施設)の被害状況を調査した。

16日の地震以降、生ごみや可燃ごみは近隣市町村、県外の自治体や3事業所の協力により平常の回収を行っておるが、資源ごみ・ペットボトルやトレイなどのプラスッチック類は回収できない状況にある。

クリーン推進課は、「災害ごみの回収が最優先で資源ごみの回収体制が取れない。 8月の末には何とか体制を整えたい」との事であった。

中越地震の際には、柏崎市も他市の可燃ごみを受け入れた経緯があるが今回の全国的な支援体制には担当者も本当にありがたいと感謝をしていた。

クリーンセンターの煙突の修理は解体に1月、仮設の煙突を設置して新たな煙突を設置するのに2月、工事に入ってから3月は要するとの説明であった。
クリーンセンター内部の焼却炉などの施設については、余震もあり危険なので調査はまだできないとの説明。
業者から安全を確認してもらいながら調査を早急に行いたいが、少し時間がかかるが、煙突の修理期間中に点検し被害があれば修理をする予定という。


川口中央ロータリークラブの渡辺大東さんら代表3名。 大和リース株式会社新潟営業所の皆さんから、水やブルーシートなどの救援物資をトラックなどに満載して激励に来ていただいた。
対策本部に連絡を取り、海浜公園の支援物資搬入所に搬入する。 

全国の皆さんから物資の支援のお話をいただいているが、大変心苦しいが対応できずお断りをしている。(注 災害対策本部では個人からの物資支援は遠慮をしている)
また海浜公園の夕日のドームには自衛隊の炊き出し用の食材や物資も続々と搬入されていた。

支援物資搬入所では、多くの物資が搬入されており、川口中央ロータリークラブの渡辺さんら、そして大和リースの皆さん、そして全国皆さんの真心に感謝します。

17日、昨日より現地入りをしている漆原衆議院議員らと共に被災社宅や避難所を訪問。被害の大きい地域の被害状況の調査や激励を行う。

避難所では自衛隊の炊き出しや水など物資の配給が行われていた。
避難所で被災者~話しを伺ったが、まだ地震の恐怖が覚めやらない表情で余震の心配や住宅の心配をしていた。
被害に会いながらも自宅で生活をしている方たちは、水の配給を一番望んでおられた。

午後、東京電力柏崎刈羽原発を視察。

原発建屋の中には、入れなかったがマイクロバスで構内の被害の状況などの説明受ける。

原発構内も液状化などで道路の陥没や建屋の周りが大きく陥没している状況は想像を超えるものがあった。
「安全基準の2.5倍ほどの地震であったが原子炉などの中心部分は、自動停止をし冷却をし、放射能漏れを起こさず本来のシステムが作動した。」との説明を受ける。 
3号機の変圧器火災現場(写真)も視察、「変圧器の火災は原発建屋には影響が無い」との説明であった。

地域住民の安全安心のためにも、今回の地震のメカニズムの検証と耐震安全確保が大きく問われる。

7月16日午前10時13分、新潟県上中越沖を震源とする地震があり、新潟県柏崎、長岡両市と刈羽村、長野県飯綱町で震度6強、新潟県上越、小千谷両市などで震度6弱の揺れを観測した。気象庁は「新潟県中越沖地震」と命名した。「新潟県中越沖地震」の震源の深さは約17キロ、地震の規模(マグニチュード=M)は6.8と推定される。

柏崎市を中心に被害が出ており、新潟県内では家屋など323棟が全壊し、7人が死亡、730人を超える負傷者が出ている。
東電の原発は、定期検査を除く運転中の3基と起動中の1基が、緊急自動停止をした。
3号機の建屋外の変圧器の火災は、住民に大きな衝撃を与えた。東電は周辺への放射能漏れは無いと発表。

私が地震の遭遇したのは、柏崎市荒浜を車で移動中の出来事でした。突き上げるような大きな揺れを感じ、辺りを見渡すと屋根から瓦が落下、家屋が倒壊、道路が波を打つ光景が。これまで43年前の新潟地震、3年前の中越地震を体験しましたが、今回は一瞬で“これは過去2回の比ではない”と直感しました。

 志田県代表に地震発生の第一報、同僚の若井議員の安否確認を行う。 自宅の妻からは「家の土蔵が倒壊し、義弟が下敷きに」との電話。寸断された道路を迂回して急行し、近隣の方々と通りかかった鯨波駐在さんと地域の消防団の約20人に手伝っていただき、何とか弟を救出し、病院へ搬送。重傷と判断された弟はドクターヘリで長岡市内の長岡赤十字病院に搬送され、一命を取り留めることができました。

 夕方、柏崎市入りした太田昭宏代表、表漆原良夫国会対策委員長、加藤修一参院議員、志田県代表等とともに柏崎市災害対策本部へ。
市役所ロビーで、大田代表は安倍晋三首相と会い、被災地の復旧支援などに万全の態勢で取り組むことを確認。太田代表は「高速道路で来たが、かなり波打っているところがあった」と報告し、早期復旧を要請した。
災害対策本部で会田市長からj被害状況等を聞き、「これだけの大きな被害なので、大変、時間もかかるし、お金も必要になる。国からも絶大なご支援を賜りたい」と要望をうける。太田代表は「激甚災害の指定を早く決めて対応したい」と応じた。

大田代表らとともに倒壊した家屋などを調査した後、避難所や大きな被害を受けた中心街を視察。
太田代表は被災者一人一人に「大丈夫ですか」「困ったことがあれば何でも言ってください」と声を掛けて巡回。一番大変な所へ真っ先に駆け付け、庶民の中に飛び込む公明党の真の姿を見た。

避難所では、住民らから「余震が怖い」「おにぎりが欲しい」などといった声が寄せられ、太田代表らは「頑張ってください」「しっかり対策を取ります」などと激励した。

一連の調査後、太田代表は「困っている人に一刻も早く救援の手を差し伸べることが大事だ。(避難所の様子を見て)いろんなことで態勢を取らなければならない。すぐ(市の)対策本部と連携を取って対応したい」と述べ、今後の支援を約束していただいた。

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柏崎市 真貝維義
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