西村しんじってどんな人 

 

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貧しい家庭の4人兄弟の三男として生まれた西村は、何よりも人の痛みがわかる苦労の人。小学校時代から新聞配達で家計を助け、高校を卒業。さらに夜間大学生として昼は現場監督として働き、夜は疲れた体で学び抜き、大学を卒業。目標であった「一級建築士」の資格も取得した。

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 多くの人に支えられて夢を実現した西村は、「この恩を返したい」と、人を育てる教育の道への転職を決意。栃木県小山市にある関東職業能力開発大学校の教員として赴任。そこで”教育者として、もっと自分を成長させたい”と、耐久性を専門とする「博士(工学)」への挑戦を決意。不可能とも思える挑戦だったが、志望する宇都宮大学に直談判。平日は教壇に立ち、土日は研究に打ち込む多忙な生活を頑張りぬき、平成21年3月、47才にして晴れて「博士(工学)」を取得した。

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勤める学校では、徹して学生に関わり、可能性を引き出し、就職の道を開いてきた。しかし、リーマンショック後の平成22年の就職戦線は、とりわけ厳しい就職氷河期。そこで西村は徹して一人一人を励まし、時には自ら企業と掛け合いながら、担当するクラス全員の就職を勝ち取った。

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人のための労苦を惜しまない「熱い心」と、学び続けて培った「確かな眼」。「苦労した人が報われる社会をつくりたい」との燃える思いを胸に、県政への挑戦を決意した。

 

 

西村しんじの挑戦

 

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二度とこのような思いをさせてはならない―

2011年3月20日、支持者から寄せられた真心の救援物資を、ワンボックスカーいっぱいに詰め込み、西村は東日本大震災の被災地に車を走らせた。想像をはるかに超える悲惨な光景を目の当たりにし、西村は「二度とこのような思いをさせてはならない」と強く決意した。
子どもの防災教育こそが多くの命を守る―

県会議員に初当選した西村は、耐震の専門家としてハード面での防災・減災に力を入れるとともに、“子どもの防災教育に力を入れることが多くの命を守ることにつながる”との思いから、積極的に行動した。そして、防災のスペシャリストを小山市の防災教育アドバイザーとして招へいし、さらに市内全小中学校へ防災担当教員の配置を実現した。
さらなる安心・安全の実現へ―

その後も、小山市・野木町をはじめ栃木県内全市町の教育委員会と小中学校へ「防災教育アンケート」を実施。取り組むべき課題を浮き彫りにし、県へ要望書を提出した。また、多くの命を守るためには、幅広い専門的な知識が必要だと痛感し、「防災士」を取得した。あの日の思いを片時も忘れず、東北の復興を願い、「安心・安全な街づくりへ」。西村しんじの挑戦はこれからも続く…。

 

 

ちょっといい話

関東職業能力開発大学校在職中で、卒業間近の平成22年3月。西村の担当するクラスで、どうしても就職先が決まらない一人の学生がいた。本人自身もあきらめかけていた。

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その中で、西村は「決してあきらめるな」と励まし続けた。そして自ら就職先を探し出し、電話をかけまくった。しかし、さすがにこの時期の就職活動は厳しく、断られ続けた。ようやく1社、話を聞いてくれる四国の会社が。電話口での30分に及ぶ必死の交渉により、採用試験の約束をとりつけた。

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その日から、西村はその学生につきっきりで、面接指導などの対策を重ね、彼を送り出した。1週間後、その学生がお土産を持って職員室を訪ねてきた。そして一言、「先生、通りました」。彼の笑顔とその言葉こそ、最高のお土産となった。

 

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