大田区議会議員  玉川 ひでとし (公明党)

いつも 明るく! たくましく!

第10次被災地支援ボランティア④

ボイス 交流 現場調査 被災地支援 / 2011年12月29日

12/25(日)
帰りの高速バス到着までの自由時間、希望者で大きな津波被害を受けた
「野蒜小学校」、「鳴瀬第二中学校」、「JR仙石線野蒜駅」を見に行きました。
  
野蒜小学校は前回11月にも行きましたが、
http://www.komei.or.jp/km/ota-tamagawa-hidetoshi/2011/11/10/
「記憶から消してはならない」との思いで、再度足を運びました。
  
当時の状況について詳しいメンバーから話を聞きました。
海岸から約1km以上離れている野蒜小学校まで津波が押し寄せてきました。
体育館には300人以上が避難していましたが、津波による濁流が入ってきて、瓦礫と共に水かさを増して、一気に3mほどの高さまでに水位が上昇しました。
津波の勢いで体育館の中では濁流が渦を巻きはじめ、逃げ遅れた人たちが、その渦に飲み込まれてしまい、津波が引いた後の体育館には、遺体の姿がたくさん横たわっていたとのこと。
2Fバルコニーに避難していた人たちはその光景を目撃していたわけです。
今回は、2Fバルコニーや壇上などにも上がり、追悼の祈りを捧げました。
前回にも増して涙が出てきました。
 
野蒜小学校での当日の模様は、こちら↓の記事にも掲載されています。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110430/dst11043023490029-n1.htm
  
鳴瀬第二中学校、こちらは時間が無くてゆっくり見れなかったのですが、1Fの運動部の部室があったと思われる部屋が壊滅状態。
汚泥にまみれた表彰状やトロフィー、写真、用具などが散乱していて、配布予定だったと思われる2010年度の卒業アルバムも崩れたままになってました。
言葉を失いました。  
 
JR仙石線野蒜駅も壊滅状態。
駅前の交差点、街灯がこんなに曲がっています。信号機も動いてません。
「復旧させよう」との手書きののぼりが立っています。
道路標識も交通の邪魔にならないように置かれたまま。
右手に見えるのが野蒜駅のホームです。線路も撤去されています。
場所によっては線路が垂直に曲がってしまったところもあったようです。
  
徒歩で2時間近く歩き続けただろうか、途中の道沿いにも津波被害を受けたラーメン屋やコンビニなど、わずかな残骸でそれがやっとわかるといった壊滅した家屋の痕も何軒も目にしました。
 
やはり映像などではなく、現場の目線で自分の眼で見なければわからない。
これはすべてにおいてそうであると実感しました。
 
サテライト拠点へ戻り、昼食のお弁当を食べて高速バスで帰路へ。
蒲田・区役所前到着まで約6時間かかりますが、到着まで2時間のあたりでバスの中での参加者全員の反省会&感想発表が始まります。
 
「子供たちの笑顔が何よりもうれしかった」
「はじめて会ったみんなと一緒にひとつのことをやり遂げて感動した」
「ボランティアがずっと続くよう、もっと多くの人に広めていきたい」
「自分が生きている意味をこのボランティアでみつけた」
「生きる勇気をいただいた、どんな状況でも前向きに生きようと思った」
「職場で自分に自信を失っていたが、使命感をもてるようになった」

などなど、ボランティア参加者からの感動的な声がたくさんありました。
単なる労働力の提供ではなく、参加者個人の成長していく姿があるわけです。
このボランティアから生み出される力には、まだまだ未知なる力を秘めていると感じました。
 
私自身、新しいメンバーとの交流の輪が広がり、またすでに共有の知り合いがいたりと、必然的、感動的な出会いがたくさんありました。
 
この被災地支援活動の継続、現地ボランティアの参加者拡大、現地活動の多角化…等々、さまざま課題はありますが、ここで学んだ「現場に行かなければ本当のことはわからないと」との信念で、これからも現地ボランティア参加を継続していきます。

第10次被災地支援ボランティア③

お知らせ ボイス 交流 被災地支援 / 2011年12月27日

12/25(日)
浦嶋荘のマイクロバスの運転手さんが、ボランティアメンバーへのクリスマスプレゼントとして
早朝の塩釜市場へマイクロバスで連れて行ってくださいました。
マグロ、タコ、クジラ、ズワイガニなど、お土産に買いました。
 
 
お世話になった浦嶋荘ともお別れ。
大田区の現地ボランティアは5月のGW明けから続いており、この浦嶋荘は半年以上にわたり
大田区ボランティアの宿泊場としてお世話になってきました。
今回のボランティアが今年最後となり、来年1月7日からまたお世話になることになります。
 
浦嶋荘のマイクロバスで大田区のサテライト拠点へ。
しばらく空けることになるので年越しのテント補強や簡易トイレの清掃など行いました。
 
テントが風で飛ばされないように土嚢で補強をします。
土嚢を作るために土嚢スタンド”大田の輪”の出番です!
http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/tohokujisin/list/CK2011063002000201.html
(東京新聞 TOKYO Web 2011年6月30日 より)
 
サテライト拠点の向かいの一本松公園の土をスコップで掘り起こし土嚢袋に入れます。
活動当初は、この袋を1人がしゃがんで持って、もう1人がスコップで汚泥をすくって袋の中に入れていたのですが、勢い余って汚泥が顔にかかってしまうということがあったようです。
そこでボランティアのメンバーのアイデアで、汚泥が顔にかからずかつ一人で作業が出来る、この土嚢スタンド”大田の輪”が完成したとのことです!

また、この土嚢を作るために一本松公園の土をスコップで掘り起こしているときに驚くことが!
30cmほど掘ったところで「ガチッ」と音が。出てきたのはラジオでした。
津波被害による汚泥はほとんど除去されたような姿でしたが、まだまだその痕跡の深さを実感しました。
 
テントに穴を開け、ロープで土嚢をくくりつけ、強力に補強しました。

前日の作業の効率が良かったこともあり予定より早く後片付けが終了し、帰りの高速バス到着まで自由時間となりました。

第10次被災地支援ボランティア②

お知らせ ボイス 交流 被災地支援 / 2011年12月27日

12/24(土)
東松島市新東名での“クリスマスランチ交流会”当日を迎えました。
浦嶋荘のマイクロバス2台で会場へ向かい、昨日に引き続き準備開始。
 
一番心配していたのは天候ですが、前日ほどの寒さは無いもののまだまだ風が強い。
そんな不安をかき消すような思いで、2人組で角材をバールで杭のように地面に打ち付け、
その杭にビニール紐を括り付け、会場の枠を作っていきます。
 
女性陣は会場入口の飾り付けや受付での来場者への配布物(プログラムやカイロ)の準備。
そして、クリスマスプレゼントを男の子用、女の子用、大人用と3種類に分けて配置などなど。

ひと段落着いたところで、リーダーから「これを着てくださいね♪」と赤い衣装を渡されました。
白いヒゲもつけて、サンタクロースの格好になりました。
スキーウェアの上着を着たまま赤いズボンをはいたため、おへそ回りがポッコリ膨らみました。
このおなかの膨らみ具合がとてもよく似合うと好評でした。

この写真で風の強さがわかるのではないでしょうか。
しかし空を見ると雲ひとつ無い!

千羽鶴も飾られ、見事なクリスマスツリーも出来上がりました。
ランチ班は、大釜で調理を。支援物資班は、衣類や生活品などの配布準備。

レクレーション班は、着ぐるみ姿で子供たちと遊ぶ準備。音楽班は、ステージ・音響の準備。
開始直前には風も止んで、大晴天の中でクリスマスランチ交流会が開催されました!
 
会場入口では、子供にお菓子の詰合せのクリスマスブーツ「メリークリスマス!」と配布。
サンタクロースの私がその役をさせていただきました。
 
クリスマスプレゼント配布の時間になり、来場者1人1人にプレゼントの袋を配布。
子供たちはもちろんのこと、大人の方たちも「わたしたちにもあるんですか!」と大喜び。

ランチ班よりシチューロールパン、ロールケーキが配布され、音楽班によるバンド演奏。
最後に大田区ボランティア合唱団による宮城民謡の斎太郎節、クリスマスソングを合唱。
来場者も一緒に歌われて、会場一体となって大合唱となりました。

そして、東松島市よりサプライズ!
「大田区のみなさんに食べていただきたい!」と松島漁港の漁師のみなさまから現地名産の焼きたてのカキがたくさん振る舞われました。
 
大成功させたいというメンバー全員の思いが天に通じたのか、前日の粉雪と身に凍みる寒風からは想像できない大晴天となり、事故も無く、想像してた以上の大感動のクリスマスランチ交流会となりました。
 
たくさんの笑顔があふれる中、大盛況で終了しました! 

“クリスマスランチ交流会”終了後、プレゼントの入っていたダンボール箱をたたみ、キャンプ用のテーブル、イスを折りたたみテントの中へ。
40名以上のメンバーで、各持ち場をテキパキとあっという間に片付けました。

マイクロバス2台で浦嶋荘に戻り、ボランティア恒例の最終日前日夜の親睦会となります。
通常は浦嶋荘内で行うのですが、今回は人数が多いので電車で居酒屋に出ることになりました。

ここでメンバーから「みんなでサンタの格好で行こうよ!」との提案があり、希望者みんなでサンタの帽子をかぶって電車に乗りました。

自分はヒゲもつけて赤い上着も着たままでした。

別の班のメンバーとは、あまり交流が無かったのですが、この親睦会で今回のクリスマスランチ交流会の感想や、今後のボランティアの取り組みなどについて、さまざま語り合うことができました。

第10次被災地支援ボランティア①

お知らせ ボイス 交流 被災地支援 / 2011年12月26日

12/23(金)~25(日)の期間、大田区の第10次現地支援ボランティア第8グループとして
宮城県東松島市へ2泊3日で支援活動に参加してきました。参加者は約40名。
今回は、12/24(土)の東松島市新東名での“クリスマスランチ交流会”の開催がメインです。
 
今までも月1回”ランチ交流会”は開催されていましたが、今回はクリスマスということで、
「現地の子供たちにクリスマスプレゼントを届けよう!」と、1ヶ月以上も前から有志により
大田区内外の企業や商店、個人などに呼びかけを行い、たくさんのプレゼントが集まりました。
当日まで有志が何回も集まり、プレゼントの仕分けやラッピング作業などが行われてきました。
 
 
12/23(金)
早朝、前回同様5:45に大田区役所に集合し、観光バスにてメンバーの宿泊施設である
宮城県宮城郡利府町の「ホテル浦嶋荘」へ向かいました。
お昼すぎに「ホテル浦嶋荘」に到着、荷物を降ろしてすぐ交流会会場へと出発しました。
会場は大田区のサテライト拠点周辺。新東名の一本松公園の向かいの場所になります。

参加メンバーは5つのグループに分けられ、自分はクリスマスプレゼント配布班に。
粉雪が舞う中、大田区内外の多くの方から寄せられた支援物資の詰められたダンボール箱や
クリスマスプレゼントの整理、ノコギリで角材を切って会場設営の準備などを行いました。
 
会場入口に風船でアーチを作る計画でしたが、寒さのせいなのか?ふくらませた風船が
その場でパンパンと何個も割れていってしまいます。
急遽、予定を変更して、クリスマス用の飾り付けを調達することになりました。
 
夕方、浦嶋荘に戻ってから19時の全体打合せまでの時間を利用して配布班のメンバーで
浦嶋荘の目の前の陸前浜田駅からJR仙石線に乗り、上り2駅の本塩釜駅へ行きました。
ここには大きなスーパーがあるので、ボランティアメンバーの買出しでよく利用されます。
 
100円ショップで飾り付けを買い、翌日の食料も購入し(食事は昼食以外自己調達です)
19時直前に浦嶋荘に戻りました。
参加者全員の自己紹介、班に分かれて当日の打合せ、交流会で全員で合唱する歌の練習、
そしてお風呂に入って、22時消灯で就寝となりました。
 
前日の準備で大きな問題点はありませんでしたが、一番心配なのは当日の天候です。
屋外で行うので寒かったら来場者は長い時間会場にいることが出来ません。
この日は粉雪が舞い、じっとしてると寒風が身に凍みるような状況でしたが、
当日の晴天を祈りつつ1日目を終えました。

特別養護老人ホームにタオル贈呈!(洗足クラブ)

お知らせ 交流 福祉 / 2011年12月16日

12月16日(金)
「洗足クラブ」として、恒例となっている特別養護老人ホームへのタオル贈呈が行われました。

大田区立特別養護老人ホーム池上(澤施設長)へ、タオル350枚を贈呈。
私立の特別養護老人ホーム好日苑(小林施設長)へ、タオル300枚を贈呈。

このタオル贈呈は、平成3年に池上特養ができてから春と冬と年2回行い、
平成10年に好日苑が出来てから年末1回2施設への贈呈となり、今年で21年目。
池上特養は今回で29回目の贈呈となりました。

贈呈式には「洗足クラブ」のメンバーの高瀬さん、鈴木さん、高橋さん、佐々木さん、高橋さん、
溝口誠顧問と私が参加しました。

「毎年このような支えをいただき大変にありがたい」との感謝の言葉をいただきました。
ご協力いただいた方々に、厚く御礼を申し上げます。ありがとうございました!

11/28(月)一般質問⑤梅ちゃん先生

ボイス 政策 被災地支援 議会 / 2011年12月9日

次に「『梅ちゃん先生』の放映を大田区はどう活かすか?」についてお伺いいたします。
来年4月から放送のNHK朝の連続テレビ小説が、戦後間もない時期の大田区「蒲田」

舞台にした「梅ちゃん先生」に決定いたしました。

これは、松原区長も議会や さまざまなイベントの挨拶の中で紹介され、蒲田駅西口の

商店街では、放映決定の“のぼり”も立てられ、茨城県高萩市でロケが開始されたことは、

大田区のホームページや大田ケーブルでも紹介され、大田区の多くの方が認識をしてきて

いると思います。
 
 
朝のNHK連続テレビ小説といえば、「ゲゲゲの女房」がきっかけで水木しげるロードのある

鳥取県境港市や東京都調布市などが一躍観光スポットになりました。

「梅ちゃん先生」の影響を受けて大田区・蒲田のまちが話題になり、新たな観光の切り口に

なるだろうと、多くの方が期待をするところであると思います。

そこで、お伺いいたします。

大田区の中小企業を舞台にした「下町ロケット」が、今年の上半期の直木賞に選ばれ、

夏にはテレビドラマにもなり、大田区上池台の地名も出て、地域の方も喜んでおりましたが

この「下町ロケット」に関して大田区はどのような取り組みをされ、どれだけの効果が

得られましたでしょうか? お聞かせください。
 
 

大田区では、「(仮称)大田区「梅ちゃん先生」推進委員会」を設置し、大田区の観光PRと

地域活性化を図る契機とし、区民や産業・観光関係機関等と連携してさまざまな取り組みを

進めていかれるとのことですが、現在放映中の朝のNHK連続テレビ小説「カーネーション」

ついて、物語の舞台となっている大阪岸和田市の取り組みについて調べてみました。
 
 
岸和田市では、「岸和田カーネーション推進協議会」が放送開始10月の半年以上も

前になる3月1日に設立され、岸和田市の魅力を広くPRし、市民の郷土意識の高揚を図り、

元気なまちづくりの推進を図るとの目的で活動してきております。
 

4月には主演女優の尾野真千子さんが岸和田市を表敬訪問

6月からは「岸和田カーネーション推進協議会通信」という紙媒体による情報紙を作成。

『日本中・世界中に岸和田旋風を巻き起こすためには、まず私たち岸和田市民から

「カーネーション」を応援しよう』と、シンボルマークを考え、名刺や封筒に貼れるシールや

“のぼり” などの“盛り上げグッズ”を作成。
 
 
岸和田市の職員がエキストラの出演協力をしたり、岸和田市の高校生とコンビニエンスストアが

コラボレーションをして、番組タイトルロゴを活用した期間限定のオリジナル商品を作ったりと、

放送開始前から市をあげて盛り上げてきております。
 

放送が始まってからは、ドラマの重要な役割を担う出演者の方々が市内に続々と訪問し

さまざまなイベントに参加。一日実行委員長、一日図書館長なども務めております。

さらに岸和田駅前通り商店街には、番組の最新情報やドラマに登場した小道具なども

見学できる「ギャラリー」をオープンし、気軽に立ち寄れる情報発信拠点を作られました。
 
  
岸和田市の取り組みの良いところは参考にさせていただき、大田区ならではの特色を

活かした取り組みをしてはいかがでしょうか。

以下、何点か提案させていただきます。
 
  
まず、昭和51年に制定された大田区の花は、なんと、「梅の花」でございます!

これを活かさないわけにはいきません。

この区の花の「梅」をイメージしての、「梅ちゃん先生」応援のシンボルマーク

作成してみてはいかがでしょうか。
 
 
そして、池上梅園梅屋敷公園洗足池公園などで「シンボルマーク」を掲げて、

応援のイベントを一定期間開催すれば、大田区民をはじめ、より多くの人たちに「区の花」である

「梅」を観賞してもらい、大田区の観光スポットとして再発見していただくことができます! 

さらに、出演者・関係者を招待しての定期イベントの企画や、一日園長になっていただく

というのはどうでしょうか。

他にも大田区のさまざまなイベントに出演者・関係者を招待して盛り上げるのはもちろんのこと、

主演の堀北真希さんの区役所訪問と一日区長は、ぜひ実現させてください!
 
 
また「梅ちゃん先生」はお医者さんですので東邦医大から梅屋敷商店街にかけての通りの

名前を「梅ちゃん通り」と名付けて新たな観光スポットにしてみてはいかがでしょうか。

放送初日の4月2日には、『「梅ちゃん先生」第一回放送を観る会』を区内の各地で開催。

学校はまだ春休みですので、大勢の子供たちも一緒に集まることができる地域イベントとして

盛大に開催することができます。
 
 
まだまだいくらでもアイデアは出てきそうですが、一点外してはならないことがあります。

それは、「梅ちゃん先生」は、戦後の激動の中を生きていく物語であり、東日本大震災を

受けた復興支援プロジェクトの一環として位置づけられた作品である ということです。
 
 
主役を演じる堀北真希さんは、先日の茨城県高萩市のロケで、終戦直後の東京の焼け野原の

セットを目にして、東日本大震災の被災地の景色が頭をよぎり、

「絆や命、人と人のつながりを伝えたい!」との意気込みを語られておりました。
 
 
大田区が被災地支援を行なっている東松島市の方々をはじめ、日本全国、世界の方が

「梅ちゃん先生」を観ていく中で、舞台となる戦後の大田区・蒲田の姿と、東日本大震災からの

復興を目指す今の日本の姿とを重ねて観ていくのではないかと思います!

そこでお伺いいたします。

大田区の観光振興・地域産業の活性化だけにとどまらず、このドラマを通じて

我々大田区がまず元気になり、被災地の方々、日本の皆さんを励まし、元気にさせていく

との思いでこのチャンスを活かしていくべきでは無いかと思いますがいかがでしょうか。

「梅ちゃん先生」に賭ける大田区の考え、方向性をお示しください。
 
 
以上、我々大田区が どこよりも被災地の復興支援をリードし、大田区民で良かった、

大田区で働いていて良かったと、皆が誇りを持てる大田区に発展していくことを願い、

大田区議会公明党、玉川英俊の一般質問を終了させていただきます。

ありがとうございました!

11/28(月)一般質問④放課後支援

ボイス 政策 議会 / 2011年12月9日

続きまして、「小学校の放課後支援について」お伺いいたします。

前々回の第2回定例会におきましても、何人かの議員の方から質問がございましたが、私からは区境の地域における現状を踏まえて別の角度で質問させていただきます。

私の地元の千束地域は、目黒区、世田谷区、品川区に隣接しており、区境の地域の方々はその近隣の区と大田区のサービスをどうしても比較してしまいます。

品川区においては「すまいるスクール」という放課後支援が品川区内の小学校全40校で実施され、通学する小学校の1年生から6年生までの希望する児童が参加できます。

世田谷区では、放課後の子供の居場所「新BOP」というシステムで定員枠を設けずに世田谷区立小学校全64校で実施されております。

地域の幼稚園に子供を通わせるお母様の話では、このような「放課後子ども教室」の取り組みに魅力を感じ、近所の友人の3組の家族が隣の区へ引越をしてしまい、他にも小学校に上がるタイミングで引越を検討されている家族が数多くいるとのことです。

区を変えるための引越といっても区境の地域では生活エリアは変えずに通りひとつだけ移るという、近所への引越との感覚に過ぎません。

そこでお伺いいたします。

(質問⑤)

このような理由で、大田区から子育て世帯が離れてしまうという現状を、大田区としては把握されていますでしょうか?そして、どのようにお考えでしょうか?お聞かせください。

また、教育委員会と福祉部局とで連携を図って推進される「放課後子ども教室」は、ボランティア、地域力を積極的に活用する手法で費用負担を少なくでき、東京23区でも積極的に進める区が多いのですが、

(質問⑥)

大田区の「放課後子ども教室」への考え、取り組み状況についてお聞かせください。


 

(回答⑤:教育総務部長)

 私からは、大田区の放課後子どもプランへの考え方と取り組み状況についてお答えいたします。

 教育委員会で放課後子どもプランの内容を実現する施策として、校庭等開放と学校支援地域本部がございます。

校庭等開放では、PTAを中心とした運営委員会によりまして、放課後や土日に校庭等を開放する際の見守りをしていただいております。

学校支援地域本部は、地域全体で学校を支援する仕組みとして現在23校に設置されています。

各地域本部では学校支援コーディネーターが置かれ、学校の要望によりましてボランティアと協力して補習教室やワークショップなどの支援活動を行います。

この活動は地域の人材を学校につなげて学校教育の活性化を図り、学力向上や健やかな成長の支援を目的とするものでございます。

また、ボランティアである区民の知識や経験を活かすことで地域活性化にもつながると考えております。

 

(回答⑥:教育総務部長)

 隣接区の放課後子どもプランの取り組みに魅力を感じ、大田区から子育て世帯が離れてしまうという状況については把握しておりませんが、大田区としては各種事業を通して放課後子どもプランと同様の効果を上げていきたいと考えております。

以上です。

11/28(月)一般質問③職員提案制度

ボイス 政策 議会 / 2011年12月9日

続きまして、「職員提案制度について」お伺いいたします。

大田区において、職員の一人ひとりが自分の職務や職場を見直すことにより、区民サービスの向上や効率化などの業務改善を進めるとともに、自己啓発、能力開発の契機とし、創意工夫する職場風土の醸成や組織の活性化を図るなどの目的によって平成20年度から職員提案制度が実施されました。

我々区議会議員が、大田区民の地域の現場の声を代弁して提案を行うことに対して、大田区の内部の実情を把握されている職員の目線で提案改善をされていくということは非常に有効なものであると思います。

先ほどの呑川の清掃作業車導入も、この制度による職員の提案により、清掃作業方法の見直しが行われたとのことです。

しかし、この職員提案制度も初年度の平成20年度は35件の提案で5件採用、2回目の平成21年度は15件の提案で7件採用、そして3回目の昨年平成22年度では、アイデアが出尽くしてしまったのか、14件の提案で4件の採用となっております。

そこでお伺いいたします。

(質問③)

この職員提案制度による職員の提案数が年々減ってきておりますが、この現状を大田区としてはどのように捉えて、どのようにお考えでしょうか?

お聞かせください。

また、提案された数に対して採用されなかった方が多数になるわけですが、

(質問④)

不採用となった方には、次のチャレンジにつながるために、どのようなフォローがされていますでしょうか?

さらに、この制度で提案された場合、そして採用された場合には、どのような評価、褒章などが与えられていますでしょうか?お聞かせください。


(回答③:総務担当部長)

 私からは、職員提案制度について何点かご質問いただきましたので、順次お答えをさせていただきます。

 まず、提案の件数が年々減っているという現状をどのようにとらえているかというご質問でございますが、議員のご発言にもございましたように、この職員提案制度は職員が区政に関しまして、より積極的に発言をするという機会を設けることによりまして、創意工夫する職場風土あるいは組織の活性化につなげるというものでございます。

こうしたことから、より多くの職員の積極的な取り組みを目指していくべきものと考えているところでございます。

そのために、毎年8月にこの提案制度の強調月間といたしまして職員向けの電子掲示板を通じて周知を図るということとともに、職員向けの庁内報にも記事を掲載してPRに努めているところでございます。
 また、提案の動機づけといたしまして、新規採用職員の研修を春と秋に行っておりますが、秋の研修におきましてこの制度の説明をした上で、提案が採用された職員の体験談を聞く機会を設け、その後、班に分かれて実際に提案をする演習を取り入れているところでございます。

今後も様々な機会を通じまして動機づけに努めてまいりたいと考えております。

(回答④:総務担当部長)
 次に、提案が不採用になった場合のフォローに関する質問でございます。

不採用になった職員に対しましては、単に不採用という結果とその理由を文書で通知するだけではなくて、現在では提案制度を担当している課長が直接その職員と面談をいたしまして、審査結果とその理由に加えまして、審査会でいろいろなアドバイスが出るわけでございますが、そのアドバイスを伝えることによって、次のチャレンジにつながるようにフォローしているところでございます。

 なお、採用、不採用のほかに保留というものもございまして、これは審査する時点で採用には至りませんが、さらに研究を要すると判断されるものでございまして、保留となったものにつきましては、さらに加えるべき検討内容を連絡し、その後、再度提案を受けて採用に至ったというような例もございます。
 次に、評価あるいは褒賞に関するご質問でございます。

提案が採用された場合には賞状を授与するほか、副賞としまして、優秀賞には1万円の図書カード、奨励賞には3000円の図書カードを授与してございます。

また、この表彰式では、提案者が直接、区長、副区長に対しまして提案の内容ですとか動機等を話す機会を設けまして職員の意欲の向上を図っております。

そして、自分が提案した内容が大田区の事業あるいは業務の進め方として採用されて、実際にそれが行われるということが何よりも職員のモチベーションアップにつながるのではないかと考えております。

 また、大田区では職員の勤務状況を評定する要素を職員に対して公表してございますが、その要素の一つといたしまして、チャンレジ精神を持って職務に取り組んだかどうかを着眼点とするものがございます。

職員の職員提案制度への取り組みはこうした場面でもプラス評価になるということで、この着眼点にかかわりを持つものとなってございます。
私からは以上でございます。

 

11/28(月)一般質問②呑川のユスリカ対策

ボイス 政策 議会 / 2011年12月9日

それでは、質問に移らせていただきます。

まず、はじめに「呑川のユスリカ対策について」 です。

前回も、他の会派の方から質問がありましたが、

呑川のユスリカが大量発生して、家の中に入ってくる、洗濯物に付着してしまう、

蚊柱が立って自転車・バイクなどの交通の妨げになり、交通事故を誘発する、

口の中に入って鼻炎や気管支炎などのアレルギー疾患の原因になる などなど、

地域の多くの方が、このユスリカの大量発生に長年悩んでおります。

ユスリカの大量発生を抑えるため、大田区として平成21年度からユスリカの産卵場所となる

川底の藻を取り除く清掃作業の抜本的見直しをしました。

それまでは「人力で刈り取り、高圧洗浄機で除草する」というかなり手間のかかる作業をしており

ましたが、小型の清掃作業車を呑川の川底に下ろして走らせ、川底の藻が増えてしまう前に、

効率的に取り除くという方式を導入して、人力にて、約1ヶ月かかっていた1回の清掃作業が

たった1日で終わるようになり、それまでとほぼ同等の費用で、年間4回の清掃回数を

その10倍の40回以上に増やすことができ、ユスリカ対策の強化に取り組んできました。

これは大変に素晴らしいことであると思います。

しかし、これはユスリカの幼虫の駆除にはなりますが、ユスリカの成虫の駆除にはなりません。

地域住民の方は、成虫になったユスリカによる被害で悩んでいるわけです。

インターネットで調べても多くの自治体が同じように悩まされている問題でもあります。

第3回定例会の理事者の方からの答弁で、

『今後とも、いろいろ工夫をしながらユスリカ対策に努めてまいりたい。』とありました。

そこでお伺いいたします。

(質問①)

呑川の清掃作業車導入の改善がされた後、他にはどのようなユスリカ対策案が

具体的に検討されてきましたでしょうか?詳しくお聞かせください。

ユスリカの成虫は照明から出る短い波長・紫外線に引き寄せられる習性があるようです。

街灯をLED照明にして、ユスリカの成虫が集まらないようにするという考え方もありますが、

LED照明の設置も費用がかかり、なかなか設置するには難しいかもしれません。

(質問②)

そこで、逆の発想で人が通らない場所となる河川の上にユスリカの成虫を集めてしまう

という方法はいかがでしょうか?

例えば、橋梁の外側の河川の真上になる箇所や、柵の内側の壁などにユスリカの成虫が

より引き寄せられる青い光の照明「ケミカルランプ」と呼ばれる捕虫用蛍光灯を設置、

また、併せて電撃殺虫器の設置など試験的に実施してみてはいかがでしょうか?

ぜひご検討のほど、よろしくお願いいたします。


 

(回答①:都市基盤施設担当部長)

私からは、ユスリカ対策の取り組みにつきましてですけれども、このユスリカの問題は、議員ご指摘のとおり清掃作業を抜本的に見直し、河底を走る河川清掃車を導入したことにより河底の藻を繰り返し取り除くとともに、藻に付着したユスリカの卵とさなぎを除去し、大量発生の防止に一定の効果があったものと考えております。

しかしながら、既に成虫となって飛散しているユスリカには対応しきれていない状況があることも承知しております。

屋外における成虫駆除対策はその効果の見極めが難しく、また切り札は正直見つかっておりません。引き続き効果のある対策を検討してまいりたいと思っております。

 

(回答②:都市基盤施設担当部長)

次に、橋梁の外側などにケミカルランプと呼ばれる捕虫用の蛍光灯や電撃殺虫器を設置する件についてですけれども、ケミカルランプは、ユスリカを集める効果はあるようですけれども、一方で、屋外に設置するとユスリカ以外の虫も大量に集める可能性があると思われます。

また、一般的な蛍光灯と比べて寿命が短いなどの課題もありますので、議員ご提案のケミカルランプによりユスリカを集める方法も含め、誘虫ランプ方式や吸入型の捕虫方式などを検証し、効果のある方法を検討してまいりたいと思っております。

11/28(月)一般質問①冒頭挨拶

ボイス 被災地支援 議会 / 2011年12月9日

大田区議会公明党の玉川英俊でございます。
 
 
3.11東日本大震災から早くも8ヶ月が過ぎました。

震災当初に比べて被災地に関する報道も少しずつ減り、被災地の状況や被災者の声を

聞く機会もだんだんと減ってきてしまいましたが、3.11を忘れてはならないとの思いで、

今月11月4日より、東松島市の被災地支援ボランティアに参加させていただきました。
 
 
大田区被災地支援ボランティア調整センターにて、区民の一人として一般申込みをして、

第9次ボランティア第2グループ、8人のメンバーと共に、宮城県東松島市 赤井地区の

「復興祭」の裏方として、お手伝いをしてまいりました。
 
 
3泊4日、参加メンバーと共に汗を流し、寝食も共にし、語り合いをしていく中で

ボランティアの現場の声から大田区方式のボランティアスタイルが形成されてきたこと

何度も参加されているリピーターの方がどのような思いで参加を続けてきているのか、

これからの大田区のボランティアはどのようなことに取り組まなければならないか、

などなど、単なる労働力の支援ではなく、ボランティアに参加されているメンバーの熱い

思いを感じ取り、多くのことを学んでくることができました。
 
 
また、区民と大田区の協働組織、「大田区被災地支援ボランティア調整センター」から

生み出される力が今後の大田区の力として貴重な財産になっていくと実感しました!
 
 
宿泊施設には、参加者のメッセージがたくさんつづられている「ノート」が置いてあり、

その中でボランティアに参加された区議会議員に対するメッセージもありましたので、

ご紹介いたします。
 
 
「区議の方々には、ここでの経験を大田区に持ち帰り、ぜひ私達にできないことに

取り組んでほしいです。泥出しは微力ながら私たちにでもできる。

でも私たちにはやりたくてもできないことがたくさんあります。

それが何かは一人ひとりの考えようです。区議のみなさん、よろしくお願いします!」
 
 
この言葉は、この震災復興から逃げない、この支援活動を止めてはならないとの思いで

大田区の誇りを胸に
支援活動を続けてきているメンバーの叫びとして受け止めました。
  
 
東松島市での現地支援ボランティア活動も汚泥除去などの肉体労働だけではなく、

現地の人との交流、お話を聞いてあげることなど、多彩になってきております。

来月には、被災地でのクリスマス交流会も企画されており、今はそのイベントに向けて

クリスマスプレゼントの支援物資の募集なども行なっております。
 
現地には行けなくとも、何かしらの形で被災地の力になることはできます。
 
 
区議会議員のみなさま、理事者のみなさま、傍聴席のみなさま、

そして、この議会中継をご覧になっているみなさま、

大田区の被災地支援ボランティア活動に何らかの形で、ぜひ参加してみてください!