バックナンバー 2011年 8月

 

子育ての駅ながおか市民防災センターの話を伺う公明党区議団

8月19日に長岡市の子育ての駅ながおか市民防災センター(愛称:ぐんぐん)等を視察してきました。

ここは市の中心市街地に隣接する防災シビック地区。

2haはある芝生の公園は災害時にはボランティア等の活動拠点になります。

 この公園の最大の特徴は、保育士がいること。

「公園施設」と位置付けてある防災センター(2F)の入っている建物には、一時預かりができる子育ての駅ぐんぐん(1F)が入っている複合施設。

1F部分には窓を開ければ公園とフラットに繋がる子ども遊具付き全天候型アリーナが併設。

車両も入れるため、雨や雪が降っても物資を濡らさず搬出入ができるとのこと。

2Fの防災センターには防災啓発のパネル他、災害時に飲み物を無料供給する自動販売機等が展示。

その他、会議室がたくさん設置されていました。

災害時に医療、瓦礫撤去など様々なボランティアの活動拠点になるので、各ボランティアの対策本部が使えるよう配置したとのこと。

何故、防災センターと子育ての駅を一緒にしたのか伺うと、常日頃から防災センターに来てもらうことで防災意識の向上に繋げ、災害時の支援がスムーズに行くようにすることが目的とのことでした。

 この施設、「公園内施設」ということで国土交通省に認可されたので、建設経費の半額は国からの補助とのこと。

公園施設ではなく、子育て支援施設として厚生労働省管轄の施設となった場合、建設費補助は半分も出ません。

考えたなと思いました。

 隣りを見ると消防署が隣接 - 署員たちが体操やランニング、訓練をしていました。

その横で、子どもたちが芝生の広い公園と、巨大なローラー滑り台が付いている全天候型アリーナホールでにぎやかに遊んでいました。

 

ローラー滑り台がある全天候型アリーナホール

前回のブログで紹介しましたが、東京都は旧墨田川高校堤分校跡地に、墨田区が管轄でない東京消防庁第6方面の訓練施設を建てようとしています。

そうした施設を建設するより、広域避難場所にも指定され、災害時は想定を超える方が避難するであろう同地区には、

今回紹介した長岡市ぐんぐんのように、平時は防災機能付き子育て支援施設付きの公園として区民に開放し、

災害時は自衛隊や消防、警察等の活動拠点とする新しい公園をつくってはどうでしょうか。

 墨田区に「子育て広場」は、区南部(両国)、区中央部(京島、文花)には設置されていますが、

北部には設置されていません。

 また防災センター構想にも適います。

 今後はこうした提案を都議会と連携して、都に繋げてまいります。

 

旧墨田川高校堤分校跡地

今、梅若橋の付近、白髭防災団地と隅田川の間にある旧墨田川高校堤校舎跡地の

活用をどうするかで大きな問題になっています。

 何故かというと東京都側が当初、この地域は江東デルタ地域の震災対策のため、

「防災センター」を配置し、道路や公園などを一体的に整備する都市計画が決定していました。

 その後、昭和60年、東京都より同地域に墨田川高校の分校建設したい要望が提案され、

墨田区としては、①地域住民も利用可能な施設とすること、②閉校後は墨田区の公共施設

として転用することを条件に分校が開設を了承され、開校。

 その後、同分校は閉校され、新たに都から都立忍岡高校の仮校舎として活用したいとの

要望が提案。墨田区としては忍岡高校閉校時には防災センター構想として調整等を条件に

都の提案を了承しました。

 平成18年に忍岡高校も閉校され、同跡地が防災センター構想に基づいた区民ニーズに

沿った防災拠点として、本来目的のために使われるだろうと想定したいたところ、

東京都からは東京消防庁第6方面の訓練施設を設置したいとの要望が提示されたのです。

 墨田区は東京消防庁第7方面であり、その消防訓練施設はすでに葛飾区に設置されています。

 管轄外の消防機関の訓練施設を何故墨田区に造るのか。第6方面の消防訓練施設は

同方面の区域内に造るべきであり、墨田区内に造るべきではないと私たち公明党は主張しています。

 スカイツリーが誕生し、スカイツリーに高所カメラが設置されるなど、防災機能が大きく

進歩していることから防災センター構想があったころと状況が変わってきており、その構想自体も

検証する必要があるにせよ、2度(墨田川高校分校の開港、忍岡高校仮校舎設置)までも

東京都の要望を墨田区は受け入れており、同地の跡地活用は、墨田区のニーズに沿った

防災拠点を整備すべきと考えています。

 そこで私は、先日、新潟県長岡市の防災センターと併設された子育て支援施設ぐんぐんを

視察してきました。

 墨田区の住民ニーズに沿い、災害時にはボランティアや消防、自衛隊などの活動拠点として

活用できる同施設は大変参考になりました。明日以降、詳細に報告してまいります。

学校の避難所機能の強化を特集する日本教育新聞記事

 【きっかけ】    7月18日付日本教育新聞にある特集が- テーマは「避難所としての学校機能の強化」。   

   記事には、7月7日に発表された文部科学省の学校施設の整備方策を検討する有識者検討会が、東日本大震災を受けて学校の避難所としての機能強化を緊急提言とあった。   

 更にモデル校という事で新潟県長岡市東中学校が取上げられていました。   

  私自身も   

本年6月の第2回定例議会で同様の質問をしていた事   

 ②避難所強化だけでなく、通常、理科室しかない専科教室を国語、数学、英語、社会と5教科で実施している事   

 ③学校を教育施設としてだけではなく、平時より地域に解放している事    

 などの点から興味があり、先日訪問して話を伺ってきました。   


 

  【学校改築の背景】   

 東中学校の改築は、平成15年から地域の方を交え、何度もワークショップを開催。地域に開かれた学校として、地域の方が自由に出入りできるように別の出入口を設ける等、様々計画され、ほぼ設計が固まりつつあった平成16年に震度7の中越地震が発生。学校が避難所となり、今のままではダメだという事で、震災での経験を活かして、避難所としての機能強化を新たに組み込み、改築したのとこと。  


 

【東中学校の改築状況】  

避難所機能を強化した東中学校の配置図

 何よりも驚いた事は、学校全体の設計が災害時の避難所を想定して作られたという事であります。    

全天候型アリーナ・ビッグルーフ

   

上記配置図をご覧になっていただいてわかるように、  

学校を「屋外避難エリア」、「屋内避難エリア」、「教育活動エリア」に  

分けて配置。  

その中心にビッグルーフという全天候型アリーナを設置。  

窓を開ければ校庭ともフラットに繋がるアリーナは、平時は様々な 

学校行事に活用しているが、災害時は救援物資等の仕分け場になるとのこと。  

   その横に併設される体育館、武道場(畳敷き)は、災害時の避難場所。 

避難時は高齢者等の避難所になる武道場

ここには、校舎と別に地デジやインターネット環境も配備。

担当者に「教室にもあるのに何故、体育館にも配置したのか」伺うと、「避難所と子ども体の授業を行う校舎は別。 避難所の方がテレビの視聴や情報収集のため、頻繁に教育エリアを出入りすることは教育環境としても、避難環境としても決して良くないとの判断から、体育館にも設置にした」とのこと。

 

 第2回定例議会で私は体育館に地デジやインターネット回線配備を提案しましたが、区長答弁は校舎教室のものを代用するとの答弁でした。

 

 大震災を経験した自治体の意見を参考に、区内の学校の避難所機能の強化を推進する必要性を感じました。

 また早い時では11月から降雪があるという長岡市。当然暖房(ガス)も完備されていました。また武道場の隣りには給食室が。災害時は地域の方により直ちに避難者の炊き出しが出来るようになっており、使用している都市ガスは、災害時に都市ガスが復旧するまでプロパンガスに切り替えが可能とのこと。区内の学校の都市ガスもプロパンガスとの併用が可能か確認する必要性も感じました。

 

明るく、風通しのよい体育館

 工夫があるなと感心したのは、採光や風通し。通常の体育館だと1階部分はボールなどがあたることから壁になっており、採光は2階部分から取り入れますが、東中学では避難所となった場合の風通しを考え、1階に強化ガラスで開閉自由な窓を全面的に設置。涼しいだけでなく、体育館が本当に明るくなっており、子供達からも涼しい風が入り、真夏でも運動しやすいとの意見が聞けました。これから墨田区の学校体育館を新設する際は、是非とも検討すべきと感じました。    

 体育館直ぐ横には災害対策本部などが設置される会議室を設置。    

 救急搬送車両の動線も確保されているし、避難者が施設内を移動する際の通路も降雪時でも歩けるように確保しているとのこと。    

 最も驚いたのは、いざそのような場合になっても、授業を行う校舎とは分離している設計になっている為、体育館を使用する授業以外は通常授業に影響を与えないようになっていることでした。避難所として充実した機能も大事ですが、出来るだけ早期に教育機関としての学校を再開する事も極めて大事だと私は思っています。墨田区は老朽家屋が多いことから、首都直下型が発生した場合、大勢の方の学校での避難所生活は長期化が予想されます。そうなった場合、教育再開も厳しくなり、将来的にも大きな問題になってまいります。こうした大震災を経験し、その経験を活かした行政施策を今後の防災計画や学校建設・改築に活かすよう、しっかり推進してまいります。    

  難点を言えば、電源の問題。自家発電は無く、災害時は電源車の到着を前提としているとの事。11月から半年は雪に閉ざされるため、太陽光発電などは設置できないとのことでした。地域によって学校の環境対策も大きく変わることを痛感しました。 

平時でも市民が通行可能な敷地内の通路。災害時は救急車両などの搬出入ルートに。

 

きれいな緑の芝のじゅうたん

 6月24日に八広吾嬬西公園に植えた芝生が順調に生育し、

先日、芝生が定着するまで設置されていた防御ネットの撤去と、

初めての芝刈りとが行われました。

 芝の植え込みは墨田1丁目のライフ前の公園でも、同じ日に行いましたが、

八広西八町会婦人部の皆様の朝夕の水やりのおかげで、八広吾嬬西公園の芝は

びっしりと生え揃いました。

 7月のある夜、公園を通ると、婦人の方が一人で芝生と花壇に水やりをしていました。

こうした影のご努力のおかげで素晴らしい緑のじゅうたんが出来たと思います。

皆様の真心からのご協力に対し、心から感謝申し上げます。

 芝生の箇所とそうでないところを手のひらで温度差を比較すると、芝生の方がはるかに低く、

ヒートアイランド対策にも繋がると確信しました。

 これから芝刈りを進めることで、横に拡がっていくと伺っています。

 今後の芝刈り作業においては、わんわんパトロールの皆様にもご協力をいただけることになっています。

区民にとって、綺麗で魅力ある公園造りに更に力を入れてまいります。

伸びた芝を刈り込む。芝も気持ちよさそう・・・

 

予科練平和記念館

 8月15日、66回目の終戦記念日となったこの日は茨城県阿見町にある予科練平和記念館を訪問してきました。

予科練とは、海軍が熟練した航空機搭乗員の養成をするため、14~17歳の少年達を選抜・訓練した海軍飛行予科練習学校。

昭和14年に横須賀から海軍飛行予科練習部が霞ヶ浦に移転され、土浦海軍航空隊としてスタートしました。

全国から少年達を募り、試験で選抜。終戦までの15年間で約24万人が入隊し、うち約2万4千人が戦地へ。

なかには特別攻撃隊として出撃したものも多く、戦死者は1万9千人にのぼりました。

 

予科連記念館(雄翔館)の前で

霞ヶ浦平和記念公園の中に予科練平和記念館が。

 阿見町では、忌わしい戦争のために

将来ある青年達が、犠牲になった歴史

を残そうと昭和41年に予科練二人象が

建立、43年には予科練記念館(雄翔館)

を設置。その後、戦争の歴史を風化さ

せず、平和の尊さ、戦争の悲惨さを次

世代に伝え残す事を目的に

昨年2月2日、将来に向けて恒久平和を

発信していく予科練平和記念館を建設

しました。

 展示品は特攻隊として出撃していく少年の遺書、貴重映像、予科練の写真等多数あり、

当時の生活や少年達の心の葛藤などがストレートに伝わってきて、胸が一杯になりました。

 写真からは予科練の生活が、規律厳正だが友人と学びあい、助け合う寄宿生活から、

大きく成長している様子が伝わってきました。

 また、少年達の父母への手紙や特攻隊として出撃前に書いた遺書からは、

懐かしき故郷への思い、父母へのご恩や兄弟姉妹への愛情などが溢れ、

涙が込み上げてきました。

 見学を終え、平和記念館から出ると、青空が広がり、太陽がギラギラと照り付けていて、

66年前もこのような天気だったのかなと思いました。

 二度と戦争を起こさない、断じて平和な時代を創る。改めて深く決意しました。

 

自衛隊武器学校前の戦車

見学を終えて、予科練二人象、雄翔館に足を

運び驚いたのは、二人象や雄翔館があるの

は陸上自衛隊の駐屯地内武器学校で、

現役で使用している戦車が雄翔館のすぐ側

に置かれてあったことです。

 自衛隊の武器学校の機能があるので、

仕方ない部分があると思いますが、

「平和記念館」の横に「戦車」「武器学校」

・・・少し複雑な思いになりました。

 理想と現実をしっかり直視し、

平和建設へ向け、今までより一歩前進させる力。

その力が今政治に求められている実現力ではないかと感じました。

 8月14日、66回目となる終戦記念日を明日に控え、本日午前中から

地域内5箇所で街頭演説を行いました。

「暑い中、ご苦労様」「身体に気をつけて。無理しないで。」と大勢の皆様に

声をかけて頂き本当に感謝です。ありがとうございました。

 

 先の大戦では310万人もの尊い命が奪われ、人類破滅の兵器といわれる

核爆弾が広島、長崎に投下されました。

戦後、「奇跡の復興」を遂げた日本-この間、GDPも世界第2位となり、先進諸国に仲間入り。

国際社会でも大きな役割を担うべきではありますが、

バブル経済の崩壊や経済のグローバル化、円高、リーマンショックなど

日本の復興を支えてきた経済成長が急速に鈍化し、

雇用や所得、社会保障などを含め、国民生活に大きな影をもたらしています。

 

 そこに発生した東日本大震災 - 戦後一貫して、二度と被爆者を出さないと世界に

発信し続けてきた日本ですが、今回の福島原発事故で再び被爆者を出してしまいました。

 そうした意味では今年から、「戦後復興」という意味の他に

「震災復興」という新しい定義が追加されたと強く感じます。

 

 ところが遅々として進まない復興対策。これは政治が大きな原因。

被災地現場を、被災者ニーズをスピーディーに取り込めない体制 - 

庶民の声が届かない政治は国民にとって不幸であり、大変危険だと感じます。

 私は日本が戦争に突入していったのも、中央集権国家体制下、一部の為政者が、

庶民の生活現場や暮らしを全く省みず、開戦を決めたことが大きな原因だったと考えています。

 生活現場から掛け離れた政治、庶民の声が届かない政治には、

復興はおろか、更に悪しき道を辿りかねない恐ろしさがあるのです。

 庶民の声を政治に反映する役割 - それを担うのが地方議員の役割だと

わたしは思っています。

 「地域で出来る事は地域で」、「どうしても地域だけでは出来ない事は国と連携して」、

地域の住民ニーズを政治に反映していくなかで、震災後の真の復興があると感じています。

 これからも地域の中で、平和で安心して暮らせる日本を創るために

全力で働いてまいります。

 

 明日の終戦記念日、茨城県阿見町にある予科練平和記念館に行ってきます。

東京大空襲で10万人を超える方が亡くなりました。

特に墨田・江東・台東地域は被害が酷く、大勢の方が亡くなりました。

亡くなられた方への追善供養とその記録と留める為に、墨田区には都立横網町公園の中に

慰霊堂と関東大震災と東京大空襲の記録を保管した復興記念館があります。

 私達、区議会公明党は、世界に広く平和を発信するために、

現在の都立横網町公園を都立平和記念公園とし、復興記念館を平和記念館として更に拡充する事を

提案しています。

 予科練平和記念館は、戦時中は将来ある青年たちを戦争へ向かわせるための訓練基地でした。

そこが今、平和記念館として平和発信拠点になっている事は大変深い意味があると思っています。

「平和を創設する公明党」として、平和発信についてもしっかり研鑽してきます。

 

 

天を指す右手は原爆の脅威を、水平に伸ばした左手に平和の意味を込める平和記念像(公明新聞より)

 1945年8月9日午前11時2分、長崎に原爆が投下されてから今年で66年が経ちました。

昨年だけでお亡くなりになった被爆者は約3000人を超え、原爆投下後、約15万人の尊い命が

原爆の犠牲になっています。

 お亡くなりになられた方々のご冥福を心からお祈りするとともに、平和・核廃絶の決意を一層

決意しました。

 今年の長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典には、原爆を投下した当事者国であるアメリカの代表も

参加し、参加国は44カ国と過去最多になったとのこと。

 平和・核廃絶の潮流が更に拡がることを心から願うものです。

 今年の平和式典では東日本大震災による福島第1原子力発電の事故を踏まえ、

国民一人一人も「被ばく」を66年前のことではなく、もっと身近に感じた式典になったのではないかと思います。

 田上長崎市長は挨拶の中で、「ノーモア・ヒバクシャ」との表現を使い、

福島県の原発事故による被ばく被害を踏まえ、

原子爆弾だけでなく、原子力発電に頼らないエネルギー政策について言及、

再生可能エネルギーへのシフトを強く訴えました。

 電力供給といった平和利用であれ、人類に大きなリスクをもたらす原子力。

今年の「原爆の日」は原子爆弾だけでなく、原子力発電など「原子力エネルギー」に対する国や人類が

どう進むべきか問われる式典であり、特別なものになったと感じています。

 8月5日、人形町に行ってきました。

元々、江戸の文化や伝統、昭和を感じさせる街並み・風情がある街でしたが、ドラマ「新参者」で一躍全国区に。

来年、劇場版「新参者」が公開されることでまた注目されることだと思います。

 歩いていて感じたことは、地元の生活空間を企業集積によるオフィスが邪魔をしていないということであります。

オフィスが集積すると、スーパーや商店街などが徐々に撤退し、

その地域を生活空間としている方々にとっては、住みづらくなっる場合があると思います。

しかし、この街は職・住が近接しながら、非常に素晴らしいバランスをとっているなと感じました。

 


 

 また車道には広い範囲で遮熱性塗料が塗られ、アスファルト面からの「ムッ」とする反射熱は感じませんでした。

遮熱塗装が続く車道

墨田区でも公明党の提案で、ヒートアイランド対策としてスクールゾーンや通学路などの塗装に活用していますが、塗装範囲も狭く、最近では塗装もはがれがちです。

実施する以上は施策実行の効果が上がるよう、実施すべきと考えます。

こうした点もしっかり検証し、区政に繋げていく必要を感じました。

 

上杉博物館の側にある上杉鷹山公の銅像

 7月30日、米沢市の上杉鷹山公を冠したまちづくり・人づくりを視察。

 墨田区では葛飾北斎の生誕地であり、多数の北斎コレクションを所有していることから、

スカイツリーの開業に合わせて、区内観光の一つの目玉としてすみだ北斎美術館の建設を予定しています。

 しかし、建設については現在も区民・地域住民への理解など、様々な課題も有しています。

 昨年、区民文教委員会で坂本龍馬の故郷・高知県を訪れた際、地元には県営と市営の

坂本龍馬記念館があり、どちらも大勢の市民と観光客で賑わっていました。

そこに住む方が誇りに思う、だから県営、市営、両方の記念館があっても苦情どころか、

様々な観光ボランティアとしてお手伝いいただくなどの支援ができるのかと感じました。

 墨田区は葛飾北斎や勝海舟の誕生の地ですが、米沢の上杉鷹山や高知の龍馬のように、

地域に愛され、その地域のまちづくりや人づくりに活かせていないことが大きな課題だと私達は思っています。

 そうした課題に取り組むうえで、市立の博物館を保有し、観光だけでなく、教育においても

鷹山公の思想や考え方を取り組むなど、地域づくり、ひとづくりを進める上で

どのように市民への定着化を図ってきたのか、また観光街づくりとの観点から駅などの玄関口から

市内街歩き観光の動線をどのように造形しているのかについて視察してきました。

 博物館運営や観光街づくりについては、事前に博物館運営や観光施策などに関して、30問を超える質問を出していましたので、何点かご紹介することで報告に変えます。

Q1.博物館などで鷹山公の企画展等を実施する時、市の観光振興策として何らかの催しを開催したりしていますか?その際、行政以外の機関で(例えば商店街連合会や商工組合など)何らかのアクションはありますか?

 A1.博物館企画と市の観光イベントの連携はしないが、誘客宣伝については博物館の割引など常に連携している。

Q2.子どもや外国人、高齢者等、全ての世代に鷹山公を大きくアピールする上で、「親しみやすさ」という点で何か工夫されている事はありますか?

A2.鷹山公250年祭を記念して、キャラクター「ようざんくん」を作成。また市内全小中学校には肖像画を掲げている。

Q3.観光まちづくりの中で、鷹山公の名を冠した道路・商店街などありますか?

A3.特になし

Q4.地域観光案内人として、鷹山公に詳しい観光ボランティアの活用があれば教えてください。

A4.上杉神社付近の観光案内に無料観光ボランティア「おしょうしなガイド」を配置。また観光客の要望に応じて市内観光の有料ガイドも実施している。

Q5.上杉博物館の管理費、年間来館者数と学芸員を含む職員体制を教えてください。また定期的に行っている企画などありますか?

A5.指定管理者を活用し、年間1億3800万円。来館者数は最近5年間の平均来館者数は大河ドラマの影響もあり、約15万8千人。それを除けば平均年間6万8千人。職員は28人(うち4人が学芸員、11人が非常勤)。年6回の展覧会を実施。またそれ以外に教育普及事業も実施。

 鷹山公を冠した観光まちづくりや人づくりについて、街を見たり、Q&Aで回答をいただきましたが、「市民に定着化を図る」施策というより、鷹山公を「宣揚して当たり前であり、どう観光客にそれを伝えるか」の施策が大事という空気が伝わってきました。

 博物館などの文化施設(米沢市は教育委員会施設)は、そうした地域風土の醸成が極めて大事だと改めて感じました。 

博物館横の池に泥水の中でも綺麗な花を咲かせる蓮華が

 

  

説明を受ける公明党区議団山形市総合教育センター

  7月29日、山形市の総合学習センターを視察。 

 総合学習センターは、区議会公明党としても「すみだ公明ヴィジョン2011」に実現を掲げた大事な施策。袖ヶ浦市、金沢市に続いて3市目。 

 教員のレベルアップのための研修や、現在生涯学習センターや第3寺島小学校でバラバラに実施されている各種教育相談、不登校児のステップ学級や発達障害を含む特別支援教育支援など、学校教育の現場支援機関を設置できないかと考えています。 

 山形市の人口は墨田区とほぼ同じ25万人。予算に対する教育費の占める割合は8.95%と墨田区(11.11%)よりは低いものの、山形市総合学習センターのホームページを拝見するとその取組みは、理科教育センターや教育研究所の設置、単位の取れる不登校児の教室運営・相談事業など、多岐にわたっていたことから大変注目していました。 

 特に教育関係者の間では、昨今、電子黒板など、学校教育現場のICT化が進む中で、その機能を使いこなせない教育現場への支援が求められていると指摘されており、山形市の教育研究所ではそうした課題への取り組みや研究成果の報告も活発なことから、実際話を伺うことになりました。 

 訪問した時は、丁度8月3~5日に山形市で全国中学校理科教育研究会が開催されることから、その準備でお忙しいタイミングでしたが、快く受け入れていただき、様々な質問に丁寧に答えていただき、山形市議会事務局、総合学習センター副館長他スタッフに皆様には心から感謝申し上げます。 

 具体的視察内容としては、総合学習センター設置の目的や事業に関する説明、施設内見学、質疑応答と進められました。 

 山形市の総合学習センターの年間利用者は昨年度で、約17,000人で、7つの事業を実施しているとのこと。 

  1. 学校教職員の研修会・実技講習(当日も音楽の先生の研修が行われていました)
  2. 教育に関する情報収集、提供
  3. 子どもの教育相談・発達障害などの各種各種支援教室の開催(不登校児の教室やことばの教室(H22は785回)などの開催)
  4. 学校ICTに対応する教育の情報化推進・支援、ネットワーク管理(学校ICT研修は240人が参加)
  5. 不登校児の親の集いなど、市民向け講座や学習会の開催(不登校児親の集いは年2回開催)
  6. 学校教育に関する調査研究(近年は、学力向上と情報化推進をテーマに調査研究)
  7. 理科教育の研修・研究(理科教育センターは各学校にも設置され、センターでは実技講習や教材、教具の貸出し等を実施)

 

研究所内のICT研修室

中でも学校ICT化への支援には驚きました。各小中学校の全てのパソコンと繋がっているサーバーがあり、そこから様々な教育コンテンツが年間100コンテンツも提供されているとのこと。情報化研修室も見学させていただき、学校ict化支援員を始め、研修が常時できるとのこと。 

 電子黒板やPC、様々な教育ソフト、コンテンツは教室にいながら、よりリアリティを持って子どもたちに教えることができ、極めて有効だと感じています。ただし、それを使いこなせる技術が教える側にあるかどうか、教員だけでなく、支援員の活用も含めて考えていかなければならない課題だと改めて痛感。 

 またICT環境も墨田区は電子黒板などを設置している小中学校もまだ少なく、教育委員会全体で教育コンテンツを提供するなど、山形市から比べてICT化の遅れも感じました。 

 財政的な側面もありますが、ソフト、ハード両面にわたって、区の状況をよく調査しながら、更に推進してまいります。 

 

また不登校児の子どもが通う教室もあり、学校出席の単位が取れるとのこと。先日視察したつくば市もNPO法人リヴォルヴが市から委託を受けて、単位修得できる不登校教室を設けています。墨田区にもステップ学級がありますが、出席単位にはならず、更に場所や広さにも問題があります。1日も早く、そうした子どもたちに寄り添う支援の体制を整備しなければならないと痛感しました。

理科教育センター県全体の言語障害児研修が開催されていました

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