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名古屋市 澤田晃一
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DSC_0044 あくまでも書評です。

 「建築と権力のダイナミズム」(編者:御厨貴、井上章一・岩波書店)を手に取りました。

 本書のなかで最も興味深かったのは、第7章の「政治家と建築家」(五十嵐太郎氏著)でした。
 章の前半で、2007年の東京都知事選は都市デザインをめぐる建築家同士の戦いであったことが考察され、あわせて歴代都知事なかには、蜜月関係にある建築家の存在があったことが指摘されています。
 次に時の権力と結びついて実現したピラミッドや凱旋門、キリスト教の大聖堂などを例示し、「建築とは視覚化された権力」との定義づけを行っています。
 
 続いて、ヒトラーやムッソリーニがプロパガンダの道具として建築を利用したことに触れつつ、ディヤン・スジック著『巨大建築という欲望』の中「建築は誰よりも自己中心的な人びとに変わらぬ魅力を発しつづける」を引用し、たとえ資本主義の世界であっても富豪や企業の社長、大統領が建築に手を出していると述べています。

 また、自ら『建築芸術論』を執筆した北朝鮮の金正日が白い指示棒を持って都市開発を指示している例を紹介し、「権力者の直接的な意思によって(中略)整然とした都市空間を作るイメージをうちだしているのだ」と分析しています。

 そのうえで、「たとえ政治に利用されても強大な権力者による政権は、細かい調整や交渉なしに好きなように空間を作りたい建築家にとって魅力的な機会を与えるだろう。」と前置きしつつ、日本においてはこうした建築物が見られないと述べ、「前の体制をひっくり返す革命政権では独裁者が建築によって大衆の熱気をつなぎとめる必要があった」とし、日本は国家の延長として戦争を迎えたから建築をプロパガンダに活用する必要がなかったと結論づけています。

 まとめると
・「建築とは、視覚化された権力」である。
・「建築は、誰よりも自己中心的な人びとには魅力」
・「強大な権力者による政権は、建築家にとって魅力的」
・「前の体制をひっくり返す革命政権では、独裁者が建築によって大衆の熱気をつなぎとめる必要があった」

 若干スケールは違いますが、庶民革命もご立派な革命です。革命政権末期の権力者が巨大建築物に強い関心を持つのは古今東西、世の常のようです。

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