Archive for 2019年 1月

昨日は、流山市消防出初式に参加させていただきました。

流山市消防本部の皆様、消防団の皆様、昼夜をわかたず、19万流山市民の生命を守るために、全力で取り組んで下さり、いつも本当にありがとうございます。皆さんの、きびきびした動き、真剣なまなざしに出会うとき、いつも襟を正す思いがします。

今の時代、生命にかかわる瞬間に立ち会う経験は中々少ないのではないでしょうか。

消防に携わる方々は、絶えず命と向き合い、ある時は、ご自分の命を懸けて、救助にあたられます。

今年一年、災害や火災などの出動が少ない一年になりますように。

 

皆様、新年明けましておめでとうございます。

今年も、どうぞ宜しくお願いいたします。

今日は、新年にふさわしい青空が広がり、温かい一日でしたね。

今年一年が、今日のような穏やかな一年であることを、心から願っています。

初めて議員として立候補させていただいた8年前は、3・11、東日本大震災が起こった年でした。

地域のご挨拶に回っている最中に、かつて経験したことの無いような大きな揺れが来て、その場でうずくまりました。

地鳴りとともに、電柱や、建物のきしむ音。揺れがおさまったと思うと、また、揺れが来る。

家に戻り、テレビを見て、戦慄しました。

大きな津波が次々と、家や、車を飲み込んでいく。

自然の驚異の前に、何もできない無力さに、言葉を失いました。

流山市と姉妹都市である、福島県相馬市でも、多くの方が亡くなり、甚大な被害を受けました。

原発事故も重なり、流山市も、ホット・スポットになりました。

ガソリンの不足。計画停電。

東北から遠く離れた流山市でも、様々な影響がありましたが、東北で被災された方々の苦しみや悲しみを思うと、これから議員として活動していく私は、何をするべきか、何が出来るのか。

考えながら、声を聴きながら、走り続けた日々でした。

放射能測定器を持ち、流山中を駆け回りました。

防災対策を訴え、子供が多く集まる学校や、公園などの施設に、放射能数値を明記した看板も設置してもらいました。

震災の翌年、有志で、相馬市の仮設住宅を慰問させていただきました。

なんとお声掛けしてよいかわからず、ただ寄り添うだけでした。

その後、4年間、毎年相馬市の仮設住宅に行かせていただきました。

復興は年々進み、仮設住宅も縮小され、コンサートを聴きに来てくださる方達にも、笑顔が見られるようになりました。

東北の方たちが、本当の意味で、元の生活に戻ることは難しいことだと思います。

でも、少しでも、希望をもって生きていただきたいと思います。

そのために、私たちにできることは、震災を忘れないこと。

公明党の原点でもある、民衆と共に、民衆のために。

再び、原点に返り、一人の声を大切に、議員として、流山市民の皆様のために、走ってまいります。

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流山市 斉藤真理
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