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長野市 近藤満里
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徒然コラム

50歳の夏  2012年8月

ある日、40年ぶりに小学校の同級生からメールが来ました。

転勤族で、身近な所には、小・中・高の同級生は全くいない私にとっては、画期的な出来事でした。

その子は、いつもニコニコしていて、そこにいるだけで、あたりの空気を和ませる今風にいうと「究極の癒し系」!母親になって、子どもをどんなふうに育てたいか考えた時、思いっきりお手本になるような子でした。

で、せっかくだから、会おうという事になったのですが、果たしてあの癒し系は、どんな大人になっているだろうか、そのままのユーモアセンスをたたえていてくれるだろうか、

何をしゃべったらいいのか、どんな顔をしてあったらいいのか、いろいろ考えると、なんだかとっても緊張して、仕事とは違ったドキドキ感を覚えながらも、ご対面。

当時の事や近況報告をノンストップで話すうち、会う前の緊張感はすっかり消え、単純だったけど、まっすぐだったあの頃の友達と自分を思い出すことが出来ました。

仕事、育児、介護。どれも今の自分にとって大切な事ですが、どれ一つとってみても難しくて、思い通りにならないのが当たり前の毎日。そんな日々の中で、いつのまにか、出来ない理由を真っ先に考えてみたり、自分以外のせいにしたり、やる前から諦めてみたり・・・

子どもの頃は、人のいいところばかりに気づいていたのに、今の自分は、良いところより悪いところの方が先に目につくようになっている・・・

心がささくれ立っているとでもいうのでしょうか。

そんな事に気づかせてくれて、しかも、ガサガサした気持ちをおだやかにしてくれたのも友達のおかげでした。さすが、究極の癒し系!!

文句なく楽しかった時代は、これからの元気のエネルギーになる事を教えてくれた出会いでした。

卒業式 2011年3月8日
今日、3月8日は、娘の高校の卒業式。制服に身を包み、自転車に乗って出かける娘を「行ってらっしゃい」と見送るのも今日が最後。小学校の入学から始まった見送りも12年が経った。春からは大学進学で一人暮らしを始める娘。思えば、自分が親と暮らしたのも高3まで。そのあとは、進学、就職、結婚と親元に戻る事はなかった。6年前から母と一緒に暮らすことになったが、認知症の為、自分の娘を認識できない。皮肉なものだ。けれど、親元を離れたあの頃の私は、前しか見えなかった。これから始まる生活への期待と不安で、家を離れることへの寂しさなど、全く感じていなかった。自分がそうであったのに、我が子が家から離れるとなると、こんなに違うものかと自分でも驚く。少しも気づかなかったが、母もあの当時、こんな気持ちだったのだろうか。親になって初めてわかる事が、確かにあるものだとわかった。
けれど、それでも子どもには、前を向いて、前だけを向いて歩いて行ってほしいと思う。そして、自分の人生を拓いて行ってほしいと願う。
それにしても、娘との18年間は、楽しかった。良い事も悪い事も永遠に続く事はない。どんなに楽しい時もやがては終わる。これを自覚するからこそ、今を大切に出来るのだと思う。学生生活は長いようで短い。思う存分、自分を磨いてきてほしい。
自転車の薄ろ姿を強く胸に焼き付けておきたい気持ちでいっぱいになった。
世田谷区議会議員上川あやさんの「変えていく勇気」という本を読みました。
上川さんは、性同一性障害で、幼い頃から身体の性別と心の性別のず れに悩み続け、様々な偏見と闘いながら、ついに女性として自分らしく生きる生活を手に入れた方です。ご自身が少数派として、苦労を重ねてきた分、ともする と社会の片隅に追いやられがちな人の立場や思いが理解できるのだと思います。議員としての活動目線も専ら少数派重視。緻密で冷静な判断力と行動力にも大い に刺激されました。
議員になったばかりの頃は、どんな些細なことでも議会で提案したことによって、変えていけることに 大きな喜びを感じていましたが、長野が抱える課題は、一朝一夕で変えていけるものではなく、それに比べると発言による小さな変化が限りなく小さく思えてき たのも事実です。よく言われる議員の役割は,行政のチェック機関。もっと大きな課題に集中すべきではないかと思いかけていた矢先、上川さんの本を読んで、 自分の考えの誤りに気づきました。小さなことこそ大切に。いろんな目線の議員がいて良いのです。そのために39人も議員がいるのですから・・・。議員になって9年目。原点を見つめなおさせてくれた一冊でした。
ゆびきりげんまん!
ある日、子どもが「ゆびきりげんまん」をしようと言ってきました。内容は「私が10年間、仕事を休むこと」
「ちょっとそれは無理かなあ」などとかわしていたら今度は、指きりが出来ないように拳骨していた私の手を、力づくで開こうとし始めました。
ふざけているのかと思ったら、いつになく力強く、そのうちパンチも飛び出しました。
こんなに力強くなったのか、いいぞ、男の子!などと微笑ましく感じていましたが、なんだか様子がおかしいぞ!
ふと見ると、半べそをかいているのです。
そこで、10年仕事を休んだとしたら、何をすればいいのか聞いてみました。要するに、ふとした時間に寂しいのですね。
打開策として、極力寂しさを感じさせないようにするということでおさまりました。
私の母は専業主婦だったので、たまの留守番はかえって楽しめた気がするのですが、これが日常になると事情が違います。
こうした経験は、働く母親の多くが経験しているのではないでしょうか。
働き始めた頃は、本当に仕事を続けていて良いのだろうか、こどもにとって良くないのではないかと常に葛藤していましたが、今ではこんなに想われてシアワセ!と思えます。
大事なことは、常に心を配ることだと思うのです。
宮本延春さんの講演
「オール1の落ちこぼれ 教師になる」という本が、少し前に大変話題になりましたが、先日ご本人の講演を聴く機会に恵まれました。
ドラマよりもドラマチック!で波乱万丈の生い立ちで、(詳しくは本をご覧ください)
けれど、自殺もせず非行にも走らなかった理由を宮本さんは、「そんな事をしたらお母さんが悲しむと思ったから」と言われていたのが大変印象的でした。母親に大事に思われているという絶対的な思いが最悪の事態を回避する大きな要素になったのだと思います。そういえばいじめを苦に自殺を選択した中学生のご両親が「こどもに甘え方を教えていなかった」と語られたことがありましたが、親に対する絶対的な信頼の必要性を改めて教えられた気がしました。
もう一つ、心に残ったのは、こどもが明るく育つために家庭には「トイレ(正しくは便所と言われていました)の100ワット」といえるぐらい無駄なほどの明るさが実は必要なのだといわれたことです。
「まったくもう、おかあさんばかなんだから・・・」と言われるぐらいが、ちょうどいいのかと自己肯定するとともに、もっとパワーアップする覚悟も決めた一言でした。