9月18日長野市議選が行われ、公明党長野市議員団5議席を維持することが出来ました。絶大なご支援いただいた皆々様に深く御礼申し上げます。2人の勇退を受け後継もスムーズに行われました。そして3期12年間、私に対してのご支援に感謝申し上げます。今後、公明党を陰ながらしっかり応援をして参りたいと思います。本当にありがとうございました。

20年前に起こった普賢岳の噴火により火砕流、後には土石流となって、多くの人命・家屋・財産が被害となった。特に死者数は44人に及んだ。この火山災害を教訓として、火山災害対策がかなり見直しされた。古里区長会では島原市役所で職員に噴火、災害、復興状況をお聞きした後、現場に赴き土石流で廃屋となった家屋も視察した。私たちは大変被害の大きな火山災害を目の当たりにして、今後大いに生かしたいと思った。

23日は市、25日は県の土木事業の現地調査に立ち会いました。道路、河川、側溝などの整備や、カーブミラーの設置など地域要望がいくつか出されました。市・県は「東日本の復興計画で国からの補助金が2~3割減額が予想されるが、優先順位にしたがって進めます」との回答がありました。

5月3日の憲法記念日に寄せて、県本部代表の太田昌孝県会議員と長野市議員団5人で、午前10時から長野駅前始め市内6個所で街頭演説を行いました。

強風の中、公明党の憲法に対する考え、東日本大震災の復興支援、今後のエネルギー問題等、道行く皆さんに訴えました。

3月11日東北関東大震災が発生。翌12日は長野県北部に地震があり震度6の栄村で多くの被害がありました。災害史上最悪の惨事は絶句するほどショックでした。「私たちも何か支援したい」との強い思いから19日に長野駅前にて「東北関東大震災被災者救援の会」と共催で街頭募金を行いました。街頭を行く皆さん、テレビ等で現地の被災の状況をよくご存じで大変な関心を持っておられ、多くの皆さんからご支援を頂きました。休日明けの22日、日赤長野県支部に寄託しました。

今日から7日まで春の火災予防運動始まりました。私の地元に化学肥料の製造工場がありこの工場から火災が発生したとの想定で、富竹区自主防災会、地元消防団、柳原消防分署、工場従業員の皆さんとで合同避難訓練が行われました。機敏な訓練を通し「各々の役割」を確認し合いました。

市側から新庁舎・市民会館建設の基本計画(案)が委員会に示されました。築後半世紀を過ぎ耐震基準に達していなく両施設を建て替えをするものです。市民会館は貸し館業務だけでなく、長野市の文化芸術振興の拠点として重要な施設であります。しかし市の新た負担増にならないよう、華美でなくコンパクトな両施設を望むものです。2月23日の委員会では、庁舎規模が1万2千平方m~1万6千平方mと幅広く示された事に対し、公明党長野市議員団として「市の新たな負担を少なくするという市の姿勢を示す意味で、もっと規模を狭めるべきである」と意見を述べました。

党県代表の太田昌孝県会議員と長野市議員団5名とで、2日長野駅前にて新年最初の街頭演説を行いました。初詣、初売りの人出で賑わう中、国政・県政・市政の現状と実績、統一選に臨む抱負について訴えました。

国において政権交代後混乱が続いており先行きが不透明のなか、長野市においても効率的な行財政運営が求められています。此のたび公明党長野市議員団で長野市の23年度予算編成にあたり、128項目について市長に要望を行いました。

10月20日鹿児島県奄美地方は、記録的な大雨に見舞われました。20日正午からの1時間で131ミリの雨を観測しました。滝つぼに入った状態で、100年に一度の想定雨量の2倍の雨ということで、正に想像を絶する豪雨でした。

女性2人が亡くなり、がけ崩れや道路寸断も多発し、住宅の全半壊、床上下浸水、農作物の被害もありました。

一日も早い災害復興を願い、長野県奄美地方大雨災害被害者救援の会と公明党北信総支部の共催で募金活動行い後日、日本赤十字社鹿児島県支部に寄託しました。

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