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一関に泊り、気仙沼の目黒のさんまの松井会長のお宅にお伺いして、いろいろとお話をお伺いしました。

救援物資のお米が古くなり、贅沢は言えないが美味しいお米が食べたいと話していること、市長が頭が白髪で真っ白になりながらも頑張っていること、学校の校庭に仮設住宅があるため子どもたちが運動が出来ないこと、、等々

「10年20年先の事より、明日の事どうするかだ。6メートルから9メートルの防潮堤を作る話も出ているが、気仙沼は刑務所にいるようになってしまう・・・」と寂しそうに話す姿に、復興の援助はこれからだとつくづく感じました。

その後、南三陸~石巻~女川に行きましたが、祈らずにはいられないような光景でした。

一年前のような臭いや巨大なハエはいませんでしたが、まだまだ壊れたままの建物や道路や橋がそのまま・・・

鹿折唐桑(ししおりからくわ)の駅のがれきや焼けただれた消防自動車はなくなっていましたが、大きな船は流されて陸にあがったままでした。

女川には、集められたがれきの山、山、山

今日の「名字の言」に「人ごととは思えない!」と人々に尽くすことは、自分の人生を真剣に生きる人にしかできない労作業だ。「自他共の幸福」こそ、良き社会をつくる根本の哲学である。とありましたが、「自他共の幸福」には何が出来るか?

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目黒区 飯島和代