❒公明党WEBNEWS/2020/01/18…より転載!

「この子を助けて!」。1989年10月、救急医療現場の視察に訪れた公明党の常松克安参院議員(当時)の袖にすがりついたのは、交通事故で頭部に損傷を受け呼吸が止まった状態で運び込まれた1歳2カ月の男の子の祖母だった◆幸い男の子は一命を取り留めたが、事故現場に到着した救急隊員ができたことは男の子を病院に運ぶことだけだった。「もっと早く救急車の中で応急措置ができていたなら」と常松議員は強く思った◆翌月の参院決算委員会。常松議員は「救える命を救うため、救急隊員が救命のための医療行為を行えるようにすべきだ」と、あの祖母の叫びを代弁するかのような力強い声で訴えた。しかし返ってきたのは「救急隊員は医師ではないので医療行為はできない」との答えだった◆常松議員は諦めなかった。全国の消防署を自分の足で回り現場の声を聞いた。翌年5月の参院予算委員会では除細動器などの医療器具を持ち込み、「搬送中の救命措置が生死を分ける」と迫った。そしてようやく「緊急の課題として必要」との答弁を引き出したのだ。救急救命士の道が開けた◆当時、北斗子は記者として常松議員の鬼気迫る質疑を、胸が揺さぶられる思いで取材していた。現在、5000を超えるほぼ全ての救急隊に救急救命士が配置されている。(正)

北斗七星

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