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公明党広報
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川口市 萩原一寿
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バックナンバー 2016年 3月

________________3今日は春分の日。地元で政治学習会、ボウリング会、市民相談と動きました。「暑さ寒さも彼岸まで」と言いますが、日中はすっかり春を感じさせる暖かな日だったと思います。

 

ところで、埼玉県本部公認キャラクターに「まこぽん」が決定しました。同県本部がこのような公認キャラクターを発表するのは初めての事と思います。これからの動きに注目したいと思います。

00342私の地元では、寒桜が満開です。卒業式のシーズン。学校を出て社会に巣立つ方、進学をする方、それ以外の方もいるかもしれません。心からのエールを送りたいと思います。私が大学を卒業し、就職をしたのは26年前の平成2年。希望と共に緊張、複雑な気持ちがあったような気がします。ところで本日の公明新聞「北斗七星」に若者の働き方についてのコラムが掲載されています。以下、転載します。

 

入学・就職の時期を前に、身近で2つの転職を見聞きした。ひとりは近所のお嬢さん。大手企業に就職したが、4年目の秋に転職。体調を心配していたが、「自分がやりたいことがようやくはっきりした。今はすごく楽しい」とのこと。元気な笑顔に安心した。

 

もうひとりは何と我が子。安定した会社に就職したのに、3年で転職。「もっと自分の可能性にチャレンジしたい」と、聞けば半年前から10社近くに接触して決めたという。毎日、残業は当たり前というところらしい。「挑戦だな」と励ました。 求人サービス大手によれば、企業の中途採用の求人数は15カ月連続して過去最高を更新。

 

この背景には、若者人口の減少による人手不足に加えて、人材を新卒者で獲得しきれなかった中小企業が転職市場で補おうとしていることもありそうだ。 若者の転職に対する意識も変わりつつあるのだろう。

 

大学卒でさえ就職して3年以内に三分の一が転職する傾向は、30年近く変わりない。1つの企業への勤務年数も、20、30代ではじわじわと短かくなっている。 好むと好まざるを問わず、転職は身近になりつつある。あるコンサルタントは、「何のための転職か、どうなりたいのかをはっきりさせることが大事」と語る。前向きに、ひとつのチャンスととらえるべきなのだろう

昨日、東松山市議会で共産議員の辞職勧告決議が可決しました。議員としてありえない行為です。以下、本日掲載の読売新聞埼玉版(県北部、県西部)から転載します。

 

● 辞職勧告決議を可決

東松山市議会は17日、石井祐一議員(共産)に対する議員辞職勧告決議案を賛成多数で可決した。石井議員は今月7日の市議会一般質問で市道橋の架け替え工事金額などを質問し、「あとで内緒でもいいから教えて」などと発言した。

決議は、この発言について「通常、知り得ない情報を議員の特権を利用し、議員職務に関して不正の疑惑をもたれる恐れがある不公正な行為」とし、「議会への信頼と名誉を損ねた」とした。石井議員は「軽率な発言で、その点はおわびするが、辞職はしない」としている。

image東日本大震災5周年の追悼式が11日、東京と被災地各地を中継で結びながら、しめやかに営まれた。1万8000人以上の死者・行方不明者が出た地震や津波、それらに起因する原子力発電所事故が複合した、まれにみる大災害であった。

 

当時、野党だった公明党は「災害対応に与党も野党もない」との立場で全面的に協力を申し出た。地方議員と国会議員のネットワークを生かし、被災地、被災者に寄り添う思いで現場のニーズを吸い上げ、民主党中心の政府に対応を促していった。

 

初期は、緊急車両用のガソリンや病院の自家発電用の重油を調達し、避難場所に必要な赤ちゃんのおむつやお年寄りの持病の薬を届けるなど民間支援を含めて緊急対応にあたった。原発燃料プールへの冷却水注入のため、高所コンクリート圧送用の「キリン」と呼ばれるドイツ製特殊車両の提供も仲介した。

 

ついで、復興プロセスを、縦割りを防いで一元的に進めるために、野党・自民党とも協力して「復興基本法」を制定し、「復興庁」を創設し、「復興債」による財源を調達し、償還の道筋も明確にした。

 

公明党は、全国会議員に岩手・宮城・福島の被災3県を分担させ、仮設住宅のアンケートに基づき、お風呂の追い炊き機能や物置を追加設置させるなど継続的にフォローしていった。

 

自公政権になって、復興庁や経産省の副大臣を担当した公明党議員は、現地の拠点に張り付いて、現場との信頼関係を築いていった。内閣改造でも現地に請われて続投を重ね、継続性を重視した復興を推進した。福島県では、赤羽一嘉前経産副大臣が「イノベーションコースト構想」を打ち出した。原発事故による廃炉過程にロボットなどを使って廃炉技術を確立し、再生可能エネルギーの開発普及技術の国際拠点とする構想だ。

 

私は福島県楢葉町で12日、その1つである「楢葉遠隔技術開発センター」を視察した。やがて世界に貢献できる未来性を予感させる。楢葉町の住民の方々とも懇談した。印象に残ったのは、「女性の声を受け止めて帰還を進めてもらいたい」という男性の話と、「悲観的な情報ばかり提供して、帰還に踏み切ろうとする多数の人々の気持ちを萎えさせてしまっているのは困る」という複数の厳しい指摘であった。

 

復興は着実に進み、来年度から「復興創生」期間に入るが、いまも約17万4000人が避難生活を余儀なくされていることを忘れてはならない。自公政権は「風評」や「風化」と闘いながら、ひとり一人の被災者が前へ進めるよう寄り添って、「人間の復興」をやり遂げたい。

 

さて、民主党と維新の党が合流してできる新党の名称が「民進党」と決まった。台湾には5月から政権を担当する「民主進歩党」(略して民進党)がある。あやかったのかは分からない。ただ、名前だけ変えても、中身が変わらなければ有権者の信頼は得られない。

image県議会は、本日も予算特別委員会です。いよいよ2月定例会も後半戦。ところで今年の11月8日にアメリカ大統領選挙の投開票が行われます。現在、共和党、民主党の候補者選びの報道が盛んになっており、民主党は前国務長官のクリントン氏、共和党はトランプ氏を軸に進んでいます。テレビから映し出される選挙の盛り上がりは、まさにお祭り。大統領選について本日の公明新聞「北斗七星」で取り上げています。以下、転載します。

 

「合衆国大統領の選挙の時期は国家の危機の時」。19世紀のフランスの政治思想家トクヴィルは、ジャクソン大統領時代の米国を取材して近代民主主義を論じた「アメリカのデモクラシー」(岩波書店)にこう記した。選挙が近づくにつれ、国全体が熱病状態に陥るからだという。今回の大統領選を見ていると、彼の分析はかなり説得力を持つ。

 

ここ数年の米国は、民主と共和の2大政党の対立が先鋭化したため、政党間の合意形成が困難になり、重要な政治課題が先送りされた。「決められない政治」が人々の政治不信を高めた、と指摘する専門家は少なくない。

 

そこへ躍り出たドナルド・トランプ氏。過激な発言で物議を醸しながらも、共和党の指名候補争いで先行している。大衆迎合的な主張を掲げて、政治に不満を持つ人々をあおる扇動的な手法が目に付く。

 

政策や公約を見ると、10年間で10兆ドル(約1100兆円)の巨額減税やメキシコ国境に不法移民を防ぐ壁の建設など、現実離れした内容が並ぶ。筋金入りの共和党員かと思いきや、小政党に所属したり民主党に籍を置いていた過去もある。

 

トランプ氏の指名獲得が現実味を増しつつある共和党には、危機感が広がっているそうだ。非現実的な政策が拍手喝采を浴びる政情で大丈夫か。決して、対岸の火事ではない。(明)

shinkan001今月の26日に北海道新幹線が開通します。東京駅から新たに誕生する新函館北斗駅までは最短で4時間2分、大宮駅からだと3時間38分。所要時間が一気に短くなります。昨年3月、北陸新幹線が開業。11月に仕事で富山まで行った時、大宮駅から片道2時間弱の所要時間で日帰りで無理なく戻ってきました。北陸が驚くほど近くなったのことを実感しました。新幹線による利便性向上はすごいものがあります。

 

96958A88889DEBE7E5E4E4E2E0E2E2E7E2E3E0E2E3E4E2E2E2E2E2E2-DSXKZO9558150026122015EA1001-PN1-55又、新幹線が開通すると飛行機の競合が気になります。上田清司埼玉県知事は、ご自身のブログで以下のように述べられています。「大宮駅から羽田空港までの所要時間は約70分です。新幹線ならば大宮駅から仙台駅まで行ける時間です。また、空港には余裕を見て30分前には到着する必要があります。加えて、慢性的な混雑で出発が遅れることもしばしばです。このため出発までにさらに10分くらいかかることがあります。新幹線で仙台駅から40分も進めば盛岡駅を過ぎてしまいます。つまり、大宮駅を起点にすると、飛行機で羽田空港を出発する頃には新幹線は既に盛岡駅の先まで進んでおり、津軽海峡を超えるのは場合によっては新幹線の方が早いということになります。
 新幹線で飛行機で函館空港まで行くとすれば少なく見て3時間10分ですが、定時性のことを考えれば、時間がより確実な新幹線は十分に対抗できます。ちなみに、旅客が鉄道と飛行機のどちらを選択するかは、4時間が基準になっているそうです。」

 

新幹線が延伸することは、埼玉県にとって北海道が近くなるだけではなく、県としての重要性も増していくのではないでしょうか。東京までの玄関口として大宮やその周辺がさらに発展していけるチャンスがあるのではと期待します。そのチャンスを新しい発想で具現化させていくことが地方創生だと思います。

 

imageご存知の方もおられるかもしれませんが、多言語音声翻訳アプリ”VoiceTra”というものがあります。翻訳できる29言語のうち19言語が音声で入力できる無料アプリです。訪日外国人が言葉で困らない社会を実現するために展開しており、使い方も至って簡単です。

 

昨年の訪日観光客数は1,973万人。政府は2020年までに年間2,000万人の目標を掲げてきましたが、ほぼ達成できたので3,000万人に引き上げています。埼玉県においては、2019年にラグビーワールドカップ、2020年に東京オリンピックが県内で4種目開催される予定です。このアプリが多くの外国人そして日本人にとっても当たり前のように利用される時が来るかもしれません。

 

以下、国立研究開発法人情報通信研究機構のサイトから転載します。

 

 

多言語音声翻訳アプリ“VoiceTra”(ボイストラ)が進化

~訪日外国人が言葉で困らない社会を実現するためのアプリとして展開~

2015年10月22日

国立研究開発法人情報通信研究機構

NICTは、これまでの研究開発成果を反映させた多言語音声翻訳アプリ“VoiceTra”(ボイストラ)の新バージョンを10月22日(木)に公開しました。
新“VoiceTra”は、NICTの高精度音声認識技術、高精度多言語翻訳技術及び高品質音声合成技術*1を用いて開発したものです。NICTは、今までiOS、Android端末で動作するアプリとして公開実験し、利用者からのフィードバック、総務省及びご関係者のご協力の下、改良を重ねてまいりました。
このたび、VoiceTraはさらに音声翻訳の精度を向上させ、インターフェースと画面をリニューアルし、より使いやすいアプリに進化しました。
今後、2020年までに訪日外国人が言葉の壁で困らない社会を実現するために、総務省の「グローバルコミュニケーション計画」で定められた10言語を対象に、従来の旅行会話から、さらに病院、商業施設、観光地等における様々なシーンに対応できるようジャンルを広げオールジャパン体制で研究開発を加速させ、新しい“VoiceTra”をその計画遂行における中心アプリと位置付けて積極的に展開していきます。

*1  多様な表現に対しても高速、高精度を両立させた音声認識と、29言語に対応できる機械翻訳、人間の声に近く聞き取りやすい音声合成を実現

背景

NICTは、2010年7月に、多言語音声翻訳技術の研究開発成果として多言語音声翻訳アプリ“VoiceTra”を公開し、実証実験を重ねてきました。この技術は、成田国際空港が公開する多言語音声翻訳アプリ“NariTra”やKDDIが提供する“おはなしアシスタント”の音声翻訳機能として採用されるなど、実サービスでも利用されています。
総務省は、2014年4月に、世界の「言葉の壁」をなくしグローバルで自由な交流を実現することを目指す「グローバルコミュニケーション計画」を発表しました。この計画を遂行し、2020年までに訪日外国人が言葉で困らない社会を実現するために、オールジャパン体制でNICTの多言語音声翻訳技術の研究開発を加速させ、この計画で定められた10言語を対象に、病院、商業施設、観光地等における様々なシーンにおいて対応できるよう社会実証を進めています。

新VoiceTraの特徴

“VoiceTra”の今回の拡張機能と主な特徴は次のとおり
♦ 翻訳精度の向上
日本語を含む10言語について「旅行会話」を中心に精度を向上
☆ スペイン語、フランス語、タイ語、インドネシア語、ベトナム語、ミャンマー語の旅行会話の翻訳精度が英語、中国語、韓国語と同等レベルに
♦ 固有名詞や固有の表現を充実
特に次の分野について合計約8万語の用語に対応
☆ 全国の駅名(日、英、中、韓)
☆ 観光に関する表現(日、英)
☆ 医療関連の表現(日、英)
☆ 地震用語(日、英、中、韓)
☆ サッカー用語(日、英、中)

“VoiceTra”のご利用にあたって

♦ アプリの取得方法: App StoreあるいはGoogle Playで “VoiceTra”を検索して、ダウンロードしてください。
♦ サポートページ: http://voicetra.nict.go.jp/
♦  VoiceTra動画ページ:(↑動画は上記のサポートページでご覧いただけます)

<使い方の例>

[画像クリックで拡大表示]

12801106_662802680524187_3870965299500688023_n本日、東日本大震災発生から5年目を迎えました。大震災の犠牲になられた方々のご冥福と一日も早い復興をお祈り申し上げます。
ある会合に出席して、被災者が今もなお厳しい環境で生活されていること伺い、大切なのは心の復興であり、自らができる最大限の支援をしていくことを決意しました。本日の公明新聞「主張」に同様の内容が掲載されていますので以下転載します。

 

東日本大震災から5年。

被災地ではきょう一日、亡き人を偲んで、遺族や友人、知人らが深い祈りを捧げることだろう。「その死を無駄にしない」「必ずや復興を成し遂げる」との決意とともに。

その思いを全身で受け止め、私たちも後に続きたい。あの日を忘れない、決して支援の手を緩めない、これからも被災地とともにあり続ける。改めて自らにそう誓いつつ。

震災5年の節目を刻んだ被災現場の風景をどう伝えればいいのだろう。

がれきの山はとうに消え、その跡には新しいまちが生まれつつある。鉄道、道路などのインフラもほぼ整い、災害公営住宅の建設ラッシュも続く。すでに新居で再出発を果たした被災者も少なくない。

膨大な国費を投入した「集中復興期間」(~15年度)の5年間、「ハードの復興」は確実に進んだと、ひとまずは及第点を付けていいだろう。

問題は「ソフトの復興」だ。皮肉にもハード面の復興が進めば進むほど、ソフト面の取り組みは後回しになっているように見える。仮設住宅での孤独死やアルコール、ギャンブル依存の被災者が年を追って増えている現実が、そのことを端的に物語っている。

こんなことがあった。妻も子も全てを失い、今は単身で仮設に暮らす年配者を取材した時のことだ。極度の鬱と診断され、仕事に就くことも叶わないその男性は、能面のような表情でぼそりと呟いた。「復興なんか進まなくていい」。衝撃的な言葉だった。

言動の背景にあったのは、被災のショックに加えてもう一つ、日に日に広がる復興格差への、恨みにも似た怯えと焦りだったろう。

生活再建を果たして仮設を出ていく人と、そうでない人。「フクシマ」をめぐる内と外の温度差。そうした形で二極分化が進み、弱者がますます弱者となっている。

次の5年、政治はこの一点、すなわち「心の復興」「人間の復興」への取り組みを格段に強化する必要がある。

今なお避難者17万人超、仮設入居者6万人弱。このうちの一人として置き去りにはしない。その覚悟も深く、公明党は被災者の心の襞にまで寄り添い、支援の汗を流し続けていくことを約束したい。

本日3月10日は、71年前に東京大空襲で約10万人の尊い命が失われた日です。この話を伺うたびに戦争の悲惨さを思わずにはいられません。以下森田実氏のフェイスブックから転載します。

 

母たちの絶望する戦争を2度と起こすな

 【今日は、1945(昭和20)年3月10日の東京大空襲から71年めを迎える日となります。改めて戦争の悲惨さを考えてみたいと思います。】

 この東京大空襲は、今の墨田・江東・台東区などの下町地区を対象として午前0時から約2時間にわたり300機以上のB29 が飛来して約10万人の死者が出ました。この死者数は関東大震災における数に匹敵するものです。通常兵器を用いた単独の空襲で記録された死者数は世界最大といわれています。被災家屋は27万戸。今の若い皆さんに分かりやすく東京大空襲での焼失面積を説明すれば「東京ディズニーランド」の約80倍もの広範囲が焼け野原となったのでした。(写真は、焦土と化した現在の墨田区両国付近・右側は墨田川)

 私がこれまで常に心のなかで大切にしてきたことは、どんなことをしても、たとえ名誉やプライドをかなぐり捨てることがあったとしても、平和だけは守ろうという信念です。およそこの世の中で、人間の所業によって人間が苦しむほどの不幸はないと思います。そのなかでも最大の不幸が、人間が人間を殺す戦争であり、とりわけ核兵器の使用こそ人類史上最大の罪悪だと考えています。
 第2次世界大戦末期、私は神奈川県で働いていました。本土決戦に備える足柄山の陣地構築で学徒動員に駆り出され、土木作業に従事したり、農家の手伝いをしていたのです。中学生でしたが、戦争が起きればどれほど悲惨な目に遭うのかを実感しました。
 太平洋に展開している米軍の空母からは、毎日のように艦載機が襲来し、伊豆半島を抜けて東京を空爆していきます。また艦載機が空母へと帰還する際には、 余った爆弾を手当たり次第にあたりへ投下し、動いているものは何であれ機銃掃射を浴びせて命を奪っていきました。終戦の年の今日3月10日には東京大空襲も起こり、10万人もの方々が尊い命を失いました。また8月には、広島・長崎へ原爆が投下され、町全体が焼き払われるという痛ましい事件も起こりました。あのまま戦争が続いていたら、日本人は全滅したのではないかと思います。
 戦争の悲惨さは、終わった後も長く人々を苦しませる点にあります。終戦によって皆が外地から引き揚げてくるようになると、息子の死を知った母たちのつらく悲しい様子が、町のいたるところで見られるようになりました。わが家においても、一家の生計を支えていた気丈な母が、長男の戦死を知って倒れるという事 件が起こりました。そんなつらく苦しい光景が、わが家の隣にも、またその隣にも、当たり前のように見られたのです。

00693県議会は月曜が常任委員会、昨日は特別委員会の質疑があり、本日から予算特別委員会が始まりました。22日まで行われる予定です。ところで今日の公明新聞「北斗七星」は、私が30年前に読んだ司馬遼太郎の小説「竜馬がゆく」について触れています。懐かしい思いがします。以下、転載します。

 

没後20年、司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を再読して、あらためて「司馬文学はまことに奥行きの深い人間学」(谷沢永一)との感を深くした。文中で語られる主人公・坂本竜馬と土佐勤王党を率いた武市半平太の人物論は、まさに人間学そのものである。

 

尊皇攘夷のため政敵を排除するためなら天誅と称して暗殺にも手を染めた武市。司馬は、「人物の格調の高さは薩摩の西郷に匹敵する」としつつ、「最も重要なところで武市は違っている」「天誅、天誅というのは聞こえはよいが、暗い。暗ければ民はついて来ぬ」と喝破した。

 

一方、勤王党と袂を分かった竜馬は明るい話術の持ち主で、天下国家を論ずる時も相手をころがすほどに笑わせた。司馬は言う。竜馬の笑顔にはひどく愛嬌があり、その愛嬌に万人が慕い寄り、いつのまにか人を動かし世を動かし、大事をなすに至る、と。

 

陽の竜馬と陰の武市。司馬の人間学は、明るさと温かさが人と人を結びつけ絆を深める要諦であると教えている。糸へんに半分と書いて絆。互いに半分ずつ糸を結び合い心を通い合わせる対話こそが、先入観や誤解、偏見を解きほぐし、理解と信頼と共感を生んでいく力だ。

 

弥生3月、春本番! 人々を明るく温かく照らす太陽のごとき情熱で、伸び伸びと「対話拡大の春」を推進していきたい。(鈴)