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川口市 萩原一寿
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 皆様のご支援によって、平成23年4月に埼玉県議会選挙に初当選させて頂きました。以来、県民生活安定のため政策実現に全力で動いて参りました。

 

 昨日、公明党中央幹事会が開催され、明年統一地方選の第1次公認(73名)が決定し、私「萩原一寿」は埼玉県議選挙南2区(川口市)で2期目の挑戦をさせて頂くことになりました。

 

 市議会議員として4年、県議会議員として3年務めさせて頂いた経験を糧に、どこまでも庶民の側に立つ議員として走り抜いて参る決意です。

 

 自民、公明両党は20日、集団的自衛権の行使容認問題などを議論する「安全保障法制整備に関する与党協議会」の初会合を国会内で開きました。平和を党是とする公明党は集団的自衛権の行使に慎重な姿勢を取っております。そこで先日18日付け公明新聞で掲載された集団的自衛権の論点について転載します。

集団的自衛権論議の論点

公明新聞:2014年5月18日(日)付

安倍晋三首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)は15日、集団的自衛権の限定的な行使の容認などを求める報告書を政府に提出。安倍首相が記者会見し、政府としての検討の進め方をまとめた「基本的方向性」を示しました。その主な論点を解説します。

政府検討の方向性

現行の憲法解釈内で立法措置を検討

安倍首相は「憲法が掲げる平和主義はこれからも守り抜く」と述べ、検討の方向性を示しました。ポイントは三つあります。

一つ目は、武力の行使は自らの国を守る必要最小限度に限るとした今の憲法解釈を変えずに済む問題について、立法措置を検討するとした点です。漁民を装った武装集団が離島に上陸するといった「武力攻撃に至らない侵害」(グレーゾーン事態)や、国連平和維持活動(PKO)など国連の集団安全保障措置に関わる問題が想定されます。これらは、武力行使が認められる自衛権の問題とは直接、関係ありません。

二つ目は、自衛権をめぐる憲法解釈についてです。政府は、自国が攻撃された際に反撃する個別的自衛権の行使は認めていますが、自国と密接な関係にある他国が攻撃された際にも反撃する集団的自衛権の行使は認めていません。

この点、報告書は「個別的か集団的かを問わず自衛のための武力の行使は禁じられていない」との考え方を示しましたが、安倍首相は従来の政府の憲法解釈とは論理的に整合しないため、「採用できない」と明言しました。報告書が「憲法上の制約はない」と容認した国連決議に基づく多国籍軍への参加も否定しました。

三つ目は、わが国の安全に重大な影響を及ぼす可能性がある場合に限り、集団的自衛権の行使を認める「限定容認論」についてです。報告書のこの提言について、安倍首相は「研究を進めていきたい」と応じました。

今後の与党協議について安倍首相は、「協議の結果に基づき、憲法解釈の変更が必要と判断されれば、この点を含めて、改正すべき法制の基本的方向を閣議決定していく」との方針を示しています。

グレーゾーン

本来は警察権行使で対応可能な事態

安保法制懇の報告書では、武力攻撃には至らないものの、日本の主権を侵害する恐れがある事態、いわゆる「グレーゾーン事態」について、法整備をするよう提言しています。

具体的な事例としては、漁民に偽装した武装集団が離島に上陸した場合などが想定されています。

日本は、現行法制上、他国から組織的・計画的な武力攻撃を受けない限り、個別的自衛権の発動はできません。このため、武力攻撃に至らない侵害が発生し、相手の武器が強力で海上保安庁や警察では対処できない事態に陥ってしまったときの態勢整備が論点になります。

現行法制では、事態への対処が警察機関では手に負えない場合、所定の手続きを経た上で、陸上であれば「治安出動」、海上であれば「海上警備行動」が発令され、自衛隊が警察権に基づいて補完的な役割を果たします。

しかし、自衛隊が対応するための手続きを行っている間に状況が悪化し、とり返しのつかない事態に陥る可能性も指摘されています。こうした運用面での問題を改善し、警察組織の対応から自衛隊の補完的な活動までをシームレス(切れ目がない状態)につなげる必要があります。

治安出動については、これまで一度も発令されたことはありません。一方で、海上警備行動は過去に3回発令されています。そのうちの一つが1999年に発生した、漁船に偽装した不審船(北朝鮮船と推定)が能登半島沖で見つかった事件です。この時は、不審船を停船させられず取り逃がした経緯があり、シームレスな対応の必要性を訴える根拠になっています。

集団安全保障

「駆けつけ警護」は自衛権の問題なのか

国連は、武力紛争が終わり停戦協定ができた後に、国連の権威の下に停戦を監視する平和維持活動(PKO)を行っています。停戦監視によって武力紛争の再発を防止し、紛争当事者間の平和交渉を裏から支えるPKOは、多くの実績を上げ88年にはノーベル平和賞を受賞しました。

日本でも国会審議を通してPKOへの理解が進み、海外での武力行使を禁じた憲法の範囲内で自衛隊を派遣するためのPKO協力法が成立しています。

首相は会見で、自衛隊と離れた場所で活動する国連の文民要員などが攻撃を受けて救援を求めてきた場合、日本の自衛隊が駆け付けて助ける、いわゆる「駆け付け警護」について検討する考えを示しています。

これに対して公明党の北側一雄副代表は、「PKOは武力行使を目的とした多国籍軍とは違い停戦合意後に紛争当事国の同意の下で行われる」とし、「自衛隊がPKOで文民要員などを守ることは自衛権の問題にはならないと整理できると思う」と述べています。

一方、安保法制懇は政府が自衛隊の参加を認めてこなかった武力行使を伴う国連の集団安全保障について、湾岸戦争などのケースで多国籍軍のような活動に参加し、必要な貢献をできるようにしなければならないとしています。国連の集団安全保障は、ある加盟国や加盟国以外の国が、加盟国に対し武力侵略を行った場合、国連軍が侵略国を武力制裁する制度です。

しかし、これについて安倍首相は「これまでの政府の憲法解釈とは論理的に整合しない」とした上で「政府として採用できない」と否定。「(自衛隊が)湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなことは決してない」と述べました。

限定的行使容認論

行使できない」との従来解釈は妥当

集団的自衛権とは、自国と密接な関係がある外国に対する武力攻撃を、自国が攻撃されていないにもかかわらず実力で阻止する権利です。一方、自国に対する武力攻撃を自力で排除する権利が個別的自衛権です。

国連憲章は加盟国に集団的、個別的自衛権を認めていますが、日本国憲法は第9条で「戦争の放棄」「戦力の不保持」「交戦権の否認」を定めており、政府は、集団的自衛権を「国際法上保有するが、憲法上行使できない」との憲法解釈を固めてきました。

安保法制懇は、日本を取り巻く安全保障環境の変化を指摘した上で、「わが国の安全に重大な影響を及ぼす可能性」があるとき、限定的に集団的自衛権を行使することは許されるとの考え方を示し、安倍首相は、政府として研究を進める考えを示しました。

公明党は、集団的自衛権の行使を認めない「従来の政府の憲法解釈は妥当」(山口那津男代表)と考えています。まずは安全保障の観点から、具体的・現実的な事例をもとに議論する必要がありますが、その上で「従来の政府解釈の中で、何ができるかを議論するのが順序」(北側副代表)です。

仮に、限定的であれ、憲法解釈の変更を検討する場合は、従来の解釈との論理的な整合性が確保されなければいけません。政権が代わるたびに「憲法解釈が変わるようでは法的安定性は保たれない」(同)からです。

これまでの憲法解釈は、平和主義を守り抜くための“歯止め”の役割を担ってきました。「憲法9条の規範性」や「法的安定性」の観点から、与党内で慎重に議論を進めつつ、国会での論戦などを通じて国民の理解を深めていく必要があります。

山口那津男の本音でズバッと
憲法解釈変更〜法的安定性重視し与党協議〜

 南シナ海が騒がしい。5月に入り、南沙(英語名・スプラトリー)諸島で中国の漁船がフィリピン当局に拿捕され、西砂(英語名パラセル)諸島では中国の石油掘削を巡りベトナムと中国の公船の衝突が相次いでいる。この海域に緊張が高まり、不測の事態が生じている。
 これらサンゴ礁の島々をめぐっては、かねてより、周辺の国々が「領有権」を主張し、「実効支配」を争ってきた。古くから、絶好の漁場として利用されてきたし、近年、石油や天然ガスなどの資源が有望視され、国連海洋法条約に基づく「排他的経済水域」(EEZ)についても主張がぶつかりあっている。
 また、この海域は、中東と東アジアを結ぶ重要なオイルレーンであり、中国や日本などの貿易大国と東南アジア、インド、欧州などを繋ぐ主要な海上交通路でもある。
 だからこそ、国際社会への影響も大きく、この海域の平和と安定は極めて重要だ。ウクライナ情勢とも無縁ではなく、東シナ海をめぐる状況にも関係する。
 折から、ASEAN(東南アジア諸国連合)首脳会議がミャンマーで開催され、11日、「武器の使用など緊張を高める行為をやめ、領有権問題を国際法に基づき平和的に解決すべきだ」とする首脳宣言を採択した。
 先立つ外相レベルの「緊急声明」では「深刻な懸念」が示されたが、加盟国間で中国との関係に温度差があることからこの表現は盛り込まれなかった。「二国間解決」を主張する中国への過度の刺激を避け、明年の経済共同体発足をめざすASEANの結束を重視したものと思われる。
しかし、議長声明では再び「深刻な懸念」が表明され、関係国の自制を促した。今後、中国との紛争抑止のために、「法的拘束力のある行動規範」策定にむけて努力することになろう。
 海上交通路の安全確保は関係国すべての共通利益であることから、「国際公共財」として我が国も含めた国際協力による取り組みを強化すべきである。
 安倍晋三首相は12日の政府与党連絡会議で、自身が諮問した「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)の報告書を「今週提出してもらい、政府の基本的方針を示し、与党と相談の上、対応を検討していく」と述べた。
 当面する安全保障環境の変化をどう受け止め、関係法令をどのように検討するか。集団的自衛権の行使容認の是非を含め、「政府方針」も踏まえて与党の協議が開始されることになる。
 安倍首相は、「憲法解釈変更の閣議決定の時期ありきではなく、与党で一致することが重要だ。時間を要することもあるだろう」と述べたが、公明党は、従来の政府解釈を尊重してきたことから、それとの整合性や法的安定性の確保を重視しながら与党協議に臨んでいくことになる。
 このテーマは、「連立政権合意」に掲げていないことから、「経済再生」や「外交」などとの優先順位やバランスを考慮することも忘れてはならない。

2014年5月13日発行掲載
夕刊フジ「山口那津男の本音でズバッと」より転載

昨日14日に川口商工会議所会員大会に出席しました。大会では、第1部で平成26年度の活動方針紹介や表彰があり、第2部では、元㈱東レ経営研究所 特別顧問の佐々木常夫氏から「経営者に求められる資質と役割」と題しての講演がありました。佐々木氏は東レ株式会社に入社後、取締役・経営企画室長、㈱東レ系研究所社長等を歴任されてきました。 

 
佐々木氏は長年の間、ご子息の自閉症や奥様の病気により育児、家事、介護に追いかけられる状況の中、破綻会社の再建や様々な事業改革に取り組んで来られました。最初の30分ぐらいはご自身の家庭での話を淡々とされていましたが、それは壮絶な戦いだったと思います。又、商工会議所の会合ですから、経営者を対する話が主であるか思いきや、中間管理職や入社したての若い方にも参考になる様な話もされていました。
 
会合が終わってから佐々木氏の本が何種類か販売されていましたが、多くの行列が並びほとんど在庫はありませんでしたが、残り少ない一冊を購入しました。(写真)その本でも書かれており、講演の中で印象に残った話を抜粋したいと思います。
●高い志が人を動かす。(スキルだけでは人は動かない)
●計画主義と重点主義 まず仕事の目標設定→計画設定をし、且つ重要度を評価すること。自分の在籍期間、今年、今月、今週、今日何をどうやるかを計画すること。すぐ走り出してはいけない。優先順位をつける。
●計画を持たずに仕事をするやり方は、時に決定的なロスが生じます。

●仕事の結果に差をもたらすのは、能力よりも熱意だ。

●私は自分のチームの人たちを、いわば家族だと思っています。

●何事も言葉でしっかり伝えるとともに、相手の話をしっかりと聞く努力をすべきです。

●考える力が養わなければ読書は有害ですらある。

  

3文明6月号で伊藤真氏(伊藤塾塾長/弁護士)の記事を掲載します。

「解釈改憲」は憲法違反である

 今、憲法の解釈を変更することでの集団的自衛権行使の容認が問題となっております。その問題が語られる時、「解釈改憲」という用語が使われます。そのような概念はそもそもありません。憲法を変えるのは憲法96条の手続きに則って行うべきです。憲法を変えるにはこれしかあり得ないのです。

 メディアの報道につられて、憲法改正には二種類あり、明文改憲(正規の手続きによる改正)と解釈改憲があると誤解されている方がいます。憲法を変える手続きは、憲法に定められている以外にあり得ません。「解釈改憲」は明確な憲法違反です。

ただ、憲法に許されている範囲内での解釈変更は、これまでもなされてきました。つまり、解釈の変更ではなく、実態が大きく変わったことを踏まえての「あてはめ」の変更です。しかし、許されないことまで解釈を変えて認めることは、なされませんでしたし、あってはならないことです。解釈の変更で憲法の許容範囲をこえたことまで認めることは絶対に許されません。政府もこれまでそう言ってきたのです。

 世界に誇れる平和憲法という「日本ブランド」

 世界の憲法と比べ、日本国憲法には大きな特徴があります。それは、個人の人権を守るために憲法で国に縛りをかけることに加え、平和の実現のために国に縛りをかけている点です。

 世界の憲法において平和条項や侵略戦争放棄を定めている国は150国ほどあります。ところが日本は憲法第9条2項において、正規の軍隊を持たず、交戦権も否認しています。言い換えれば「自衛戦争さえしない」と宣言しています。紛争が起こっても軍事力で解決することはしないと、徹底した平和主義を立憲主義の目的に追加しているのです。この平和実現のために国を縛るところまで踏み込んでいる点が重要です。

 戦後の日本は、正規の軍隊を持たず海外で武力行使しないことを維持しながら、日本のかたち、国柄が形成されてきたのです。私は、これを「日本ブランド」と呼んでいます。平和国家というブランドは、何も勝るものです。貴重な勝ちです。

 日本国憲法成立後、政治家もアメリカとのやり取りの中で平和国家を維持してきました。最低限守らなければいけない、ぎりぎりのところを憲法9条2項のもとで国を運営してきました。この先人たちの努力のたまものとして日本は、平和国家として認知され、信頼される国としてブランドが構築されたのです。それがゆえに、外国において何か対立が生じたような場合にも中立な立場で仲介や戦後の復興支援活動をしたり、さまざまなNPO・NGO活動を世界各地ですることができています。平和国家日本のブランドがあるからこそできることです。

 諸外国からみたら「日本はアメリカやイギリスと違う。あれだけの経済大国なのに正規の軍隊を持たず、海外で武力行使しない」という信頼が根付いているのです。そうしたブランド価値を築き上げてきたのが日本です。

 集団的自衛権を認めてしまうと大変なことに

集団的自衛権行使容認は、本来、憲法によって縛りをかけられる政府の側が、閣議決定という手法で、縛りをなくすことを意味します。
 しかも、国民の意思を問うこともなくです。集団的自衛権行使を容認するというのは、憲法の存在そのものを否定することです。

 また、国内的にも問題があるのみならず、国際的にも、これまで集団的自衛権は、憲法上行使できないから、海外派兵はしないとしてきたことが誤りだったと宣言することになり、新たな問題が生じます。
 これまでは、憲法9条2項があり、朝鮮戦争、ベトナム戦争、アフガン戦争にも日本は参加しませんでした。また、そのことが、国際的にも認められていました。それなのに、これまで戦争に加わらず、間違いを犯していました、と諸外国に謝罪することはは、国家としての体をなさなくなります。
 すなわち、解釈の変更によって集団的自衛権行使を認めることは、憲法を無視することであり、国際社会において恥ずかしく愚かなことです。
 もし、日本がベトナム戦争に参加していたらどうなっていたでしょう。韓国軍はベトナム戦争でおおむね5000人の兵士が戦死 しています。また加害者にもなっています。日本が参加していれば、それ以上の日本人が命を落としていたかもしれませんし、加害者にもなっていたでしょう。

 「戦争ができない国」から「戦争ができる国」に変えようというのが集団的自衛権行使の容認です。「戦争ができる国になったとしても、条件を厳しく設定してむやみに戦争はしない」と言う人もいます。でも「できない」と「しない」は大きく異なります。憲法は、海外で武力行使することは一切禁じています。
「戦争はできない」のです。限定的でも集用的自衛権の行使を容認したのなら、「戦争ができる国」になってしまいますが、そのことは決して忘れてはいけません。
 国連憲章で集団的自衛権を認めているからといって、それを日本国憲法でも認めたとするなら、それは国連憲章と同じことになり、憲法9条2項の存在意義がなくなってしまいます。憲法9条2項の戦力不保持と交戦権否認は、国連憲章を超える厳しい平和主義の宣言なのです。

 ただ、これまで、日本国民の生命・財産を守るという国家の責務を果たすための必要最小限の実力行使を、例外的に許すものとしての自衛権を有すると政府は解釈してきました。しかし、それは自衛戦争ではありません。あくまでも日本国民の生命・財産が侵害されたときに、他にとるべき手段・方法がない場合に必要最小限度の実力行使しか許されない、とするのが憲法の趣旨です。
 私たちは、集団的自衛権を行使するとなったとき、外国の戦争に巻き込まれるとともに、相手の国から日本が攻撃の対象となることをイメージしなければなりません。現代では、テロ行為の標的に日本もなることを意味しています。
 また、同盟国から軍事行為への協力を要請されたとしても、断ることができるという考えもあります。しかし、アメリカとの信頼関係を維持するために集団的自衛権行使を認めようと主張しているのですから、そのアメリカから要請され、それを断ることは、最も信頼関係を破壊することになります。これまでは憲法9条2項があり、「戦争に参加できない」という拒絶の正当な理由がありました。
 つまり、日本の国益を考えて同盟国からの戦争参加要請を断るというようなことは、事実上できず、日本が望まぬ戦争に巻き込まれざるを得ないことにつながります。

公明党と市民に大きな期待を
 この誤った動きを止められるのは公明党しかないと思っています。
 与党のなかでの公明党の存在意義は大きく、譲れない一線を守ってもらいたいと願っています。公明党の原動力は、市民のみなさん、創価学会の方々の平和への思い、今までも日本国憲法を大切にしてきたことです。政治家のみなさんの力は、その背後にいる市民の思いです。

 たとえ限定的なものでも集団的自衛権を認めてしまっては、この国のかたちが変わってしまいます。「平和憲法を掲げる日本」と胸を張れなくなります。今回だけは、公明党が平和を守る党として、この暴挙をくい止めていただきたいと思います。
 そして、市民は声をあげるべきです。マスコミへの投稿もいいでしょう。政治家に手紙を書いたりメールを送るのも有効です。市民の力は偉大です。
 ぜひ、一人ひとりが、平和国家日本を大切にしていくことを強く願います。

本日午後、公明党埼玉県議団6名で千葉県柏市にあるUR都市機構豊四季台団地を視察しました。「柏市における長寿社会のまちづくり」を中心に柏市福祉政策課とUR都市機構の担当者からお話を伺いました。

 この取り組みについては、公明新聞に2度掲載され、日本全国はおろかアジアの国々からも視察に来られているそうです。超高齢社会に突入している我が国の取り組みを視察することは、世界の国でも同じ課題に直面しているとの話もありました。

 調査内容の一つは昭和30年代に建てられたUR豊四季台団地の事業再生計画です。平成16年から始まった建て替え事業は、現在までに3期目が着手しています。そこに高齢者と子育て世帯の融合するまちづくりの為の在宅医療・福祉施設の導入と子育て支援施設の拡充がなされました。具体的には、団地内に地域拠点ゾーンが設けられ、特別養護老人ホームがありサービス付高齢者向け住宅(下の写真)の1階には24時間訪問看護や介護、在宅診療の支援出張所、小規模多機能やグループホーム、地域包括支援センターに子育て支援施設などあります。又、幼稚園と保育園が一体となった認定保育園もあります。

 ここで課題となるのが団地に入居されている方の月の家賃はおよそ6万円から10万円だそうです。建て替えによって坪あたりの単価は上がりました。それは仕方ない面もあると思います。しかし、これらの家賃では経済的に入居が難しい方の受け皿をどうしていくのか。このことを考えていかなければなりません。

調査項目のもう一つは在宅医療の普及です。担当の方からは、通常であれば医療は県が担っているが、在宅医療は住み慣れた狭い地域であり、介護や看護の部分を考えると市町村が担うべきとの話がありました。柏市は福祉政策課と言う部局があり、そこが地域の医師会と連携して主体的な取り組みを行っています。具体的には、かかりつけ医に主治医、副主治医制を敷いてバックアップ体制を確保したり、午後の診療の一コマを空けてもらいなど在宅医療を行う医師を増やす取り組みも行ってきました。又、医療職や介護職の連携や訪問看護の充実強化のための看護師復職フェアなども行っています。

そして在宅医療の中核拠点である柏地域医療連携センターが豊四季台団地の中心部に先月開設となりました。これは、柏市医師会・柏市歯科医師会・柏市薬剤師会の共同で建てられたもので(2階建て1000㎡)柏市福祉政策課(在宅医療担当)の職員も仕事をされています。当事業が行っているのは、在宅医療を推進して、地域全体を病院にしていくことなのです。

  

軽度外傷性脳損傷(MTBI)は世界保健機関(WHO)が「静かなる流行病」と警告したことで、大きく注目されています。例えば交通事故で頭を直接打ったり、または頭が前後左右に揺れると、脳に衝撃が伝わり、脳損傷が起こることがあります。WHOの定義によれば30分以内の意識喪失、24時間未満の外傷後健忘を示す脳損傷は、MTBIと言われます。

 外傷性脳損傷は、脳内の「軸索」という神経線維が傷つくことによって起こると考えられています。むち打ちなどで頭部が突然大きく揺れると、軸線が傷つき、発症するのです。2007年のWHO報告によれば、年間1000万人の外傷性脳損傷患者が発生していると推測され、このうち9割がMTBIと言われています。

 ●主な原因としては

①交通事故

②高所からの転落、転倒

③スポーツ外傷

④暴力、乳幼児の揺さぶり

 ●主な自覚症状としては、

①記憶力、理解力、注意・集中力と情緒不安定(高次機能障害)

②発作性意識障害(てんかん発作)

③手足の動きが悪い、手足の感覚が鈍い(運動まひ、知覚まひ)

④匂いがしない、見えにくい、味がしない、耳がよく聞こえない、水でむせる(脳神経まひ)

⑤尿や便の出方が違う(括約筋の障害)

 ●MTBIを防ぐためにはどうしたらよいか

①子どもが自転車に乗るときはヘルメットを着用させましょう。(特に13歳未満の子ども、保護者が自転車に同乗させる場合も)

②自動車に乗る時はシーとべルトをしましょう。(子どもにはチャイルドシートを)

③子どもが泣きやまなくて困る時は一呼吸おきましょう。決して激しく揺さぶらないようにしましょう。

④スポーツをするときはルールを守り、頭部の保護に気をつけましょう。(例:野球、スケートボード、スキー、スノーボード、柔道、剣道など)

⑤室内の整理整頓を心がけ、つまづいて転ぶことのないようにしましょう。足腰を鍛えることも転倒予防につながります。 

 本日正午前から、川口駅東口デッキにて「子どもの日」公明党川口総支部街頭演説会を行いました。輿水恵一衆議院議員、川口市議の皆さんと塩野県議と私で子育て支援や子どもの医療、福祉、教育、子どもの命を守る防災対策等々、国県市における公明党の動きについてご報告をさせて頂きました。

 

 「子どもの日」は、今から65年ほど前の昭和23年に制定されました。祝日法という法律では「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」という趣旨の事が書かれています。

  

昨日、総務省が発表した15歳未満の子どもの推計人口(今年4月1日現在)は、前年より16万人少ない1633万人で、1982年から33年連続の減少となりました。総人口に占める子どもの割合は、前年比0.1ポイント減の12.8%と人口4000万人以上の主要国と比べても、米国(19.5%)中国(16.4%)韓国(15.1%)ドイツ(13.2%)などを下回り、最低水準でした。改めて少子化対策の必要性が浮き彫りになったと言えます。

 本日の日本経済新聞の社説に「『仕事と子育ての両立』が社会の大きなテーマになって久しい。女性の活躍推進のためにも少子化対策としても重要と指摘されながら、今も壁が低くなったとはいえない(中略)両立支援のために、保育サービスを拡充することは大切だ。それと同時に、職場が変わっていくことも欠かせない。男女ともに働きながら子育てできるようにすることが、日本社会を活性化する力になる」と書かれています。

 

企業などに従業員の子育て支援を促す次世代育成支援対策推進法(次世代法)が2015年3月末に期限を迎えるため、現在、国会に同法延長のための改正案が提出されています。公明党が推進した同法は、05~14年度までの10年間が期限となっています。企業・団体に対し、従業員が仕事と子育ての両立ができるようにするための「行動計画」を策定するよう定めています。 

 

また、同法に基づき、行動計画を策定した企業の中から、特に子育て支援に熱心な企業を国が認定する「くるみん」制度を07年に創設しました。認定されるには、(1)男性の育児休業などの取得者が1人以上(2)女性従業員の育児休業取得率が70%以上(3)残業時間を減らしている―などの基準を満たす必要があります。

 認定を受けた企業は「くるみん」マーク【イラスト】を広告や商品、求人広告などに付けることができるほか、11年度からは税制面での優遇(建物などの割増償却)も受けられます。「くるみん」の認定企業は昨年8月末の時点で1651社。制度が始まった07年4月末の128社から約13倍に増えました。共通して(1)出産・育児を理由とした退職者の減少(2)男性の育児休暇取得の向上(3)女性の勤続年数が伸びた―などの効果が指摘されています。現在、国は次世代法延長後、「くるみん」を発展させた「スーパーくるみん(仮称)」制度の創設や、税制優遇の拡充を検討しています。

 

今回の消費税引き上げによる増収分約5兆円のうち約3000億円は子育て支援に使われます。具体的には

(1)平成29年度末までに約40万人分の保育の受け皿を確保し、待機児童解消を目指します。まず平成26年度末までに、保育の受け皿を約20万人増やします。

(2)子ども・子育て支援新制度を実施します。(平成27年1月からの予定)これは①幼稚園や保育所の良さを合わせ持つ、認定ども園制度の改善、普及や②小規模保育や家庭的保育などを充実が挙げられます。

(3)児童養護施設等の受け入れ児童数を拡充するなど社会的養護の充実をはかっていきます。 

 本日5月3日は、憲法記念日です。現在「集団的自衛権行使」の議論がメディアを中心に取り上げられていますが、月刊誌「第三文明」5月号では第61代内閣法制局長を務めた阪田雅裕さんのインタビュー記事が掲載されています。阪田さんが法制局長を務めたのは小泉政権下の2004~06年、法の番人、憲法の番人としての使命を全うしました。その阪田さんは、今、安倍政権が進めようとする「集団的自衛権の行使を容認する」動きに、厳しい警鐘を鳴らしています。

以下掲載記事

憲法第9条の「戦力」と自衛隊
 いま、安倍政権は、憲法9条の「解釈」を変更することにより、集団的自衛権の行使を可能にしようとしているといわれています。
 この間題を考えるにあたっては、改めて憲法第9条の文言を確認する必要があると思います。

日本国憲法第9条
 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
二 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 
 この9条第1項は、1928年に締結された不戦条約と似た表現ですし、他国の憲法にも例があり、特に目新しいものではありませんが、わが国の憲法は第2項で、この戦争の放棄をいわば制度的に担保する仕組みを設けている点が独特です。陸海空軍を例示して、「戦力を保持しない」と明記しています。かつては憲法学者の間でも、9条のこの文言に照らして、軍隊はもちろんのこと、現在の自衛隊のようなものも含めて、いっさいの実力組織を持つことができないという解釈も有力でした。
 しかし政府は一貫して、自衛隊は憲法が禁止する「戦力」には当たらないと解釈してきました。なぜかというと、憲法には9条だけがあるのではなく、平和的生存権や幸福追求権など、国民の基本的人権の尊重もうたっています。つまり国は、国民がこの国で営む平穏な生活をまもる責任もあるわけです。有事、つまり外国の軍隊がわが国を攻めてきた場合には、たちまち国民の生命や財産が脅かされますが、そんな時にも、もし、自衛隊のような実行部隊がなければ国は黙ってみているしかありません。憲法9条はそこまで求めているわけではなく、外国から武力攻撃を排除するための必要最低限の実力組織、つまり自衛隊を持つことは、9条2項の「戦力」には当たらないというのが、政府の考え方です。ちなみに、最高裁も「砂川事件訴訟」で、わが国にも自衛権があることは認めています。
 したがって、自衛権の発動要件、つまり自衛隊が実力を行使できるのは、外国からわが国に対して武力攻撃があったときに限るということなのです。その裏返しとして、政府は、実際にわが国が外国から攻撃されてもいないのに、自衛隊が外国での戦争に加わることはできないと言ってきました。その理由は、もしこのようなことができるのあれば、自衛隊は、外国の軍隊と何も違わないことになり、憲法9条2項が持つことを禁じていいる「戦力」そのものになってしまうからです。
 このように自衛隊は、外国の武力侵攻を実力で排除するための、いわゆる専守防衛のための組織であることをふまえて、集団的自衛権についても考える必要があります。

集団的自衛権の本質を知る
 不戦条約によって、侵略戦争は全面的に禁止されました。国連憲章2章でも同じように戦争や武力行使は原則として禁じられています。もっとも、他国から武力攻撃を受けたときにこれを排除するための武力行使、つまり個別的自衛権の行使は、この禁止の対象外で、19世紀の頃から認められています。憲法9条もこれを禁止していないことは、いま申し上げたとおりです。
 
これに対して集団的自衛権は、国連憲章で初めて登場したもので、それ以前には、国際法において、まったく知られていなかった概念です。
 ですから、1960年代頃まではその意味・内容が必ずしもはっきりしていなかったようですが、いまでは「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する国際法上の権利」と理解されています。国連安保理の決議に基づく軍事行動を除けば、現在の国際法においてA国とB国の間の戦争に、直接の当事者ではないC国が参加することが許されるのは、この集団的自衛権の行使をする場合だけです。ですから、どの国も外国の紛争に軍事介入するときは集団的自衛権の行使を大義名分としてきました。アメリカによるベトナム戦争や、旧ソ連によるチェコ等への侵攻がその典型です。
 集団的自衛権という言葉は、よく耳にするものですが、その本質は、あまり認識されていないのではないでしょうか。自分の国が直接に攻撃を受けていないのに外国同士の戦争に参加するものであること、そしてどの国であっても、この集団的自衛権を行使する場合以外には勝手に海外での戦争に加わることは許されないということを、是非理解いただきたいと思います。
 国連憲章では、集団的自衛権の行使をすべての国に認めていますが、日本が武力攻撃を受けていない中で、集団的自衛権を行使して
自衛隊が海外で武力行使をすることは憲法9条に違反するというのが、歴代内閣が一貫してとってきた解釈なのです。

平和憲法と集団的自衛権
 
もし、日本も集団的自衛権の行使ができるようになれば、アメリカ等と同じように外国でも戦争をすることができるようになります。しかし、現在の憲法の下で日本も「普通の国のように戦争ができる」と多くの国民が考えているでしょうか。中学校の公民の教科書などにも日本国憲法の基本理念の一つとして「平和憲法」が記されていますし、憲法はわざわざ一章を設けて「戦争の放棄」を掲げているのです。そしてこの憲法9条をどのように読んだとしても、自衛隊が海外で普通の国の軍隊と同じで、集団的自衛権の行使もできるのだという解釈することはできません。
 「
安全保障環境が変わった」「日本の外交政策上必要だ」といった理屈で60年間言い続けてきた政府の憲法解釈を変更するのは、とても乱暴だと思います。日本が集団的自衛権の行使をする必要があるのであれば、正々堂々と国民にそのことを訴え、これを禁じている憲法9条を改正すべきですし、それが政治の王道だと思います。

立憲主義に背く憲法解釈
 日本はいうまでもなく法治国家です。「法律」とは、ひとくちでいえば統治の手段です。近代民主国家において唯一の、そしていわば万能の統治手段が法律です。
 そのような法律ですが、唯一、背くことが出来ないのが憲法です。なぜ、そのような仕組みがとらえているのかといえば、法律が国会で多数決で成立するのですが、「多数決でも誤ることがある」「多数による少数者の不当な人権侵害は許されない」という考え方からです。これを立憲主義の政治と呼びますが、近代民主主義国家に共通する仕組みです。
 
内閣や国会の多数の人だけで、確立された憲法規範の解釈を根本から覆すことは、この立憲主義を否定することになると思います。
 憲法は統治権力を縛り、国家が国民の人権を不合理に侵害することを防ぐためのものですから、これを守るべき立場にある統治権力が、自らの都合の良い方向に憲法の規定を勝手に解釈してしまうようなことは許されるはずがないのです。国が武力行使をすると言っても、実際に戦うのは一人一人の国民、自衛官なのですから、国民の覚悟も問われる問われる事柄です。
 国民一人一人が、集団的自衛権の容認は日本が外国での戦争に加わることを可能にするのだということをよく理解し、その上で、果たしていま、それが真に日本に必要なことかどうかをきちんと判断しなければならないと思います。政治家も、それが必要なことであると考えるのであれば、正面からそのことを国民に訴え、憲法改正に取り組む、そういう努力を怠ってはならないのではないでしょうか。この国の形を変えるかどうかという大きな問題なのですから。
 平和を掲げて活動されてきた創価学会の皆さん、平和と福祉を党是とする公明党の方々には、事柄の重さを十分に理解され、立憲主義を守る中心的な力になっていただけるものと確信しています。

砂川事件訴訟
1957年、米軍立川基地を拡張するための測量に反対するデモ隊の一部が立ち入り禁止の境界柵を破壊して基地内に侵入し、7名が起訴された。59年、東京地方裁判所は被告人を無罪とし、日本に指揮権のない軍隊であっても、我が国が外部からの武力攻撃に対する自衛に使用する目的で合衆国軍隊の駐留を許容することは、憲法9条2項前段に該当すると述べ、違憲の判決を下した(伊達判決)。
これに対し検察側は、最高裁判所に跳躍上告し、最高裁判所大法廷は「我が国が主権国家として持つ固有の自衛権は何ら否定されるものではなく、憲法の平和主義は決して無防備、無抵抗定めるものではない」として自衛隊の存続を認めつつ、9条2項がその保持を禁止した戦力とは、日本がその主体となってこれに指揮権、管理権を行使しうる戦力であって、合衆国軍隊の駐留はこれに当たらないこと等を理由に、元判決を廃棄した。