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川口市 萩原一寿
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バックナンバー 2010年 5月

公明党川口支部は5月29日を中心に川口市内のUR(都市再生機構)賃貸住宅で街頭演説を行いました。これには西田まこと参院議員(次期参議院選予定候補)も参加し、今回のUR賃貸住宅における問題について訴えました。

鳩山政権の事業仕訳け第2弾の2日目である4月26日に国土交通省所管の当住宅を巡って、建て替えや高額家賃への助 成の名目で、2009年度は賃貸住宅事業に1200億円の国費が投入されている。仕分け人からは「(国費を投入するのに)住んでいる人と住んでいない人で 不公平感がある」などの指摘が相次いだのです。  国交省側は、借金を賃料収入で返済していると説明、「利が薄く、民間では引き取ってもらえない」と反論。だが、仕分け人の判定は、高齢者・低所得者への 住宅供与は自治体や国で、高級賃貸住宅事業は段階的に民間に売却していくべきだとしました。つまり今回の仕訳けによって当住宅は縮減する方向の判定が下さ れました。

公明党国土交通部会は5月11日、この問題をめぐり、UR賃貸住宅(旧公団住宅)の自治会でつくる全国公団住宅自治 会協議会から意見を聞いた。これには山口那津男代表、斉藤鉄夫政務調査会長らが出席し、東京23区、東京多摩、埼玉、神奈川、千葉、茨城の自治会協議会メ ンバー約40人の声を受け止めたのです。
席上、自治会協議会の井上紘一事務局長は、事業仕分けで 「高齢者、低所得者向け住宅の供給は自治体または国に移行、市場家賃部分は民間に移行する方向で整理」と評決したことについて、「76万戸、200万人近 い居住者の存在と暮らしを無視し、民営化の具体的実行へ道を開こうとするもの」と指摘し、「評価結果を絶対に許すことはできず、断固反対する」と表明。
その上で、大半の団地で高齢者や低所得者が過半数を占めている実態などを踏まえ、UR賃貸住宅を公共住宅として存続させ、高齢者や子育て世帯が安心して住み続けられる制度の確立などを求める要望書を提出しました。
参加者からは「居住者の事情も知らず、仕分け人がいろんなことを言っていたのは腹に据えかねた」(東京23区)、「低所得の年金生活者がずっと住めるよう にしてほしい」(埼玉)、「団地を社会的資産として次世代に残す責任がある」(東京多摩)などの切実な声が寄せられたのです。
山口代表は「事業仕分けの名の下に皆さまが脅かされることは絶対あってはならない」として「居住の安定を堂々と訴えていく」と主張。斉藤政調会長は、党の重点政策の中に年金生活者などへの「セーフティーネット住宅」の供給を掲げる方針を強調しました。
11日の衆院決算行政監視委員会で公明党の高木陽介氏は、行政刷新会議の事業仕分けでUR賃貸住宅事業を「縮減」としたことについて、「今生活している人たちの現実をどうするのか。現場の声をしっかりと受け止めるべきだ」と強調しました。
高木氏は、居住者のうち高齢者や低所得者が占める割合が高いなど、UR賃貸住宅が果たす住宅セーフティーネット(安全網)としての役割を強調。その上で、 事業仕分けの評決で「高齢者、低所得者向け住宅の供給は自治体または国に移行」と結論付けたことについて「URの11兆円の負債を地方自治体などが担うこ とになる」と指摘する一方、行政に移行した場合、地方自治体が管理する公営住宅と、UR賃貸住宅の現行家賃との差額を埋める新たな負担が生じる懸念を指摘 したのです。
これに対し、枝野幸男行政刷新担当相は「一律に断定的に結論を出しているわけではない」と述べる一方、「(高齢者や低所得者の)セーフティーネットとしての機能を国の責任でしっかりやる」との考えを示した。

当住宅における世帯主の62パーセントが60歳以上であり、家族合算収入443万円以下の世帯が70パーセント占め ております。私は市民相談で高齢者の住宅に関する要望は本当に多く頂いております。今回の縮減の判定は大きな問題であり、『仕分け』の方向が市民生活に向 けられることを見落としてはならないと思います。

19日午後5時から平成22年度川口商工会議所会員大会が川口総合文化センター・リリアで行わ れ来賓として出席致しました。第1部では細野会頭からの挨拶、平成22年度の活動方針案が示され、社会貢献や経営革新などで代表の企業の表彰がありまし た。第2部ではジャーナリストの櫻井よしこ氏の講演がありました。

9日、毎年恒例の『芝ふるさとまつり』が晴天の下、川口市芝スポーツセンターで開催されました。今回で29回目となる、この祭りは川口市内で地区別では最大規模になります。式典、神輿や流し踊りなどが行われ、多くの方が来場されました。

川口市の北西部に位置する芝地区は約70年前は芝村と呼ばれ昭和15年に川口市編入しました。もともと地域の代表的 な産業は繊維業で、幕末から昭和初期まで、市内では鋳物に次ぐ地場産業として機(はた)業が盛んでした。 一八一一年に塚越村(現・蕨市塚越)で始まった といわれる織物は、川口市の芝、横曽根、青木地域にも広がりました。周辺は縞(しま)木綿の生産地として発展し、シーツ、風呂敷、座布団カバーなどを作っ た大正から最盛期を迎えます。物資が不足した戦後も織った分だけ売れたと言われております。動力織機の導入などで、昭和初期までに家族で経営する小規模工 場は姿を消しました。一九四八年創業の「埼玉紡績」は社名をサイボーに変更し、多角化を図りながら九七年まで織物を続けたのです。

現在、芝地区は市内9地区の中で最も人口が多く、約8万人が住んでいます。地域の皆さんはコミュニケーションを大切にされ、いつも活発に地域活動を頑張ってる方が本当に多いのです。私も地域の皆様と共々に地域発展のために活動していく決意です。