Archive for 2011年 3月

 東北関東大地震において避難されてきた方々を、川越市で受け入れる避難所が3月24日から受付が開始されました。最初に受け入れを行う第一避難所を3月25日午前9時過ぎに状況視察に行きました。

 現地では市役所の職員が受付を行っており、社会福祉協議会で受け付けたボランティアの人たちも集まっており、受け入れ態勢は整っておりました。

 会場には3つの部屋と相談室、シャワー室、屋外に仮設のトイレも男女別に追加で設置されて、調理室が食事や支援物資の対応場所として区分されていました。居室となる部屋も畳を敷き詰めてある部屋と体育館も床に保温体制をとり、暖房器具も用意されていましたが、特に体育館はまだ利用されていないためか、寒さは感じました。当日は臨時電話とインターネット(無料)の工事も行われて、受け入れは順調に進んでいると感じました。

 現在の避難者は前日に受け付けた4組11名の利用であり、予定の150名にはまだまだ余裕はありましたが、今後の増加が予想されるとも感じるもので、特に市内に既に親戚や知人を頼って避難されている人も今後移るのでは、また、埼玉アリーナの避難者も今後移る可能性もあり、万全な準備は必要と感じ、社会福祉協議会の職員やセンターの方にも、順次訪問し状況把握させていただき、支援を進めると伝えてきました。

 なお、このセンターでの避難者への食事は、朝は市で、昼は給食センターで、夜は自治連での対応をお願いして、自治会も交代制で依頼するとの説明も受けました。20日に各避難場所を視察した際に、訪問した自治会役員の方からの協力の申出が早速現実の形で実現していることを聞き、市民の心の温かさを実感いたしました。今後も多くの市民の協力をいただきためにも、多くの情報の提供が必要であるとの認識を持ちました。

 川越県土整備事務所が進めている新河岸川の河床の掘削工事が順調に進んでいます。(工期3月31日まで)

 平成22年7月に地元自治会長と現地視察した際は、川底に沢山の葦(?)の草が生え茂り、川の流れが遮られるような状況で、豪雨の際の氾濫を自治会長が危惧していたため、埼玉県に対応を求めると約束し、川越市を通じてその改良を求めていたもので、県からの調査を行うことの回答を頂いていた場所であります。

 今回、川底に機械を入れての河床の掘削工事を行っていただくことで、今後は水の流れもスムーズに流れ、鯉や鴨の遊ぶ姿も眺められるきれいな川になると思われます。

 明治6年に創設された川越第一小学校の第64回卒業式が、平成22年度(平成23年1月に完了)に耐震補強工事が完了した同校体育館で午前9時25分より開催されました。

 当日は133名(男子74名、女子59名)の卒業生が、多くの保護者に見守られ小学校6年間の最後を締め括る卒業式となりました。

 式典では、学校長や愛校会会長の挨拶の冒頭に、この度の東北・関東大地震において多くの国民が被害を受けられたことに対して、お見舞いの言葉が述べられました。そして、それぞれ、卒業に際してのはなむけの言葉が贈られました。およそ1時間半の卒業式でしたが、記憶に残る卒業式であったと感じております。

 午後からは、川越市内の地震での被害を受けられた家庭を訪問し、被害の状況と今後の安全対策などを懇談し、その後、今回5回目の計画停電(第4グループ)のため、自宅に戻り、再度自転車で市役所に向かい、停電中の市役所の業務風景を見ながら、打合せに望みました。

 停電中の自宅に戻ってからは、停電の終了まで待機していました。なお、朝一番で知人から指摘を受けた水道水の水質調査をすべきとの意見について、マスコミで騒動(東京都内)になっていることを知り、すでにそのような心配まで事態が及んできてしまったことに、改めてこの度の災害の大きさを痛感させられてしまいました。

 川越市はこの度の東北関東大震災に伴う避難者の一時避難場所の提供を、市内の3ヶ所に指定し、総数550名を受け入れると発表されました。

 公表された3箇所は公明党議員の担当地域として、すべて私(大泉かずお市議)が担当する地域内に存在するため、20日3つの会場を自転車で準備状況などを視察してきました。

 提供される3会場は、農業ふれあいセンター(150名)、芳野台体育館(200名)、教育センター内体育館(200名)が公表されているため、午前9時過ぎから自転車でまず、農業ふれあいセンターに向かい、センター長と市の派遣課長と懇談、現在受け入れに向けて準備を進めているとの回答、さいたま市のアリーナの3,000名が既に定員に達してしまった状況から、周辺自治体への依頼も早い時期に予想されるのではないかと、懇談し、対応に対しては迅速な取り組みをお願いしたいことを依頼しました。また、複数の市民からも、ボランティア活動の相談も受けているので、そのような市民の力も大いに応援願える体制をお願いしました。

 続いて、教育センター(旧古谷東小学校)に向かい、管理の方と面談するが、こちらには何も聞いていないし、本日は市の職員も誰も来ていない、との回答であった為、とりあえず避難所となるセンター3階の体育館を見学させていただきました。グランドには多数の少年スポーツの生徒と保護者の方が元気に練習をされていましたが、知り合いのお母さんも居て、ここの体育館が会場になることは知っていました。

 そして、最後に芳野の体育館に向かいましたが、土手の上を自転車で走行していると、時々地震により屋根瓦が滑落している家屋を見かけ、地震の被害が随所に現れていることを実感しました。また、途中では、土手の横に建てられていた馬頭観音の石碑(蔵根自治会の記名あり)も一番大きな石碑が転倒している姿も目撃しました。芳野台体育館でも、事務所ではまだ何の指示も来ていない、受付が24日からなので、週明けから協議が進められるのではないだろうか、との説明を聞き、とりあえず会場を見学させていただきたいと依頼、会場を見学。協議決定後の協力をお願いし、退出。その後に、体育館の近隣の企業のご自宅を訪問、近隣では避難者の受け入れの話は聞いたが、自治会への話がまだなので、地域として何を協力したらよいのか、さいたま市などでは食事も提供するようになっているとの状況なので、川越市の対応も地元での協力体制の指示も、出していただければ準備も出来るなど、色々と意見を頂きました。皆さんの意見は市に必ず届けさせていただきと約束し、帰路に向かいました。

 公明党市議団では、18日夜市役所内で議員団として、地震の被災者への対応など市民からの相談に対する対策を協議、団として情報の共有と迅速な情報提供の体制を確認し、市民からの相談に迅速な対応に務めることを確認しました。

 本年4月17日告示、4月24日投票の統一地方選挙(川越市議会議員一般選挙)の立候補予定者の提出書類の事前審査が17日市役所の選挙管理委員会で行われ、書類の審査を受けました。

 議会は16日最終日を迎えましたが、午前10時から最終日の議会運営委員会を開催し、最終日の議事運営を確認しました。議会運営委員会は途中休憩を入れて、その間に代表者会を午後1時から開催、その後、議会運営委員会を開催し、最終日の議会開会に続きました。

  代表者会議では、この度の大地震により災害に遭われた皆様に対して、川越市議会として義援金をおくらせていただく事が確認されました。

 議会は、最初に、この度の大地震において犠牲になられた方々に対して、1分間の黙祷を捧げ、その後、市政報告として地震に関する報告を受けました。その後、提出議案に対する採決を行い、追加議案として、まず、議員提出議案3件が上程され、議員提出議案第1号から3号までを、議会運営委員会委員の提出者・賛同者として提出、2号議案「川越市議会会議規則の一部を改正する規則を定めることについて」、提出者として、提案理由を述べさせていただきました。

 

 川越市立川越第一中学校の第64回卒業式が同校体育館にて、午前9時半より開催されました。当日は213名の卒業生(男子106名、女子107名)全委員に近藤校長から卒業証書が手渡され、9年間の義務教育の課程を修了しました。

 午後からは、市役所において議会の最終日を迎えるに当たっての、議会運営委員会としての正副の打合せを実施、運営について確認をしてきました。

 議会運営委員会では、昨年後半に集中的にすすめてきた議会改革に関連する条例改正の部分を協議し、条例改正の提出を決定、最終日に議員提出議案として提出することを確認しました。

 団会議では、地震の被害に対する確認と議会における最終日の取り扱いが協議されました。

 川越市立川越高校の第63回卒業式が、同校体育館にて開催されました。前日の地震により参加者が遅れているため、予定の時間より15分程度開式を遅らせての開会になりましたが、卒業生274名の厳かな卒業式でありました。

 卒業式終了後、震源地周辺では多大な被害が報道されていたため、川越市内での昨日の地震の被害を調査するため、地域をおよそ3時間程度巡回してきましたが、外見からの被害は多くは見受けられませんでしたが、住宅の屋根瓦が中央から落下している住宅を何件か発見、既に修理を開始していたり、応急措置をとっている状況を確認しました。今後、まだまだ被害の状況は川越市内でも報告がされるのではと危惧をいたします。

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