初日、ツリーと足元に広がる街区、東京スカイツリータウン全体で約10万人が訪れた。
観光の新名所として、今後も集客が期待される。
昨日の朝は、太陽と月と地球が一直線に重なり、太陽が金色の細いリング状に輝く金環日食が観測された。
私も含め近所の小学校生徒達から大歓声が上がり、大きな感動が広がっていた。
昨日、そして今日、朝起きて蛇口をひねると水が出る。
トイレに入り、レバーを回すと水が出ることに感謝の気持ちが起きる。
(間違っても行政に対してではない。最初に井戸を掘った方、水脈を探しあてた方に対してである。)
水質異常による、柏市水道部のその後の対応について。
経緯詳細確認下さい。
断水解消後、広範囲にわたり濁り水が発生したことから、水道部は水道料金の減免措置を講ずることとした。
詳細内容や問い合わせについては、水道部給水課7171-3182まで。
埼玉県企業局の浄水場から国の基準値を超えるホルムアルデヒドが検出され、柏市の受水する北千葉広域水道企業団の取水が停止した。
それにより、柏市では昼12時頃から南部地域そして北部地域と順次断水となった。
午前中、土(つち)地区青少年健全育成推進連絡協議会・総会に出席。
その後、柏市水道部へ状況確認に行く。
市民からの声として、パンザマストからの放送が聞き取りにくい事。断水決定の報告通知が遅い事を伝える。
そして、今後の復旧見込みについて水道事業管理者と打ち合わせを行う。
水汚染の原因は不明、取水口測定濃度の数値が安定しない為、給水再開のめどが立たない現状。
今後は、災害用井戸設置給水場17箇所での応急給水を行っていく方針。
市内17箇所の中、光ヶ丘中学校、中原防災公園、増尾西小学校、酒井根小学校、現地を確認に行く。
管工事組合の方々の応援体制を受け、給水活動。
学校周辺では、町会の方々が交通整理に立つ姿。
そして、2時間以上待った後、やっと給水を受ける方々の列、列、列。
緊急事態の様相が眼前に迫る。
17時過ぎ、北千葉浄水場で17時30分江戸川からの取水を再開との報告あり。
それにより、23時頃復旧見通しとの連絡が入る。
しかし、未だ原因が究明されていない為、予断をゆるさない状況は続く。
改装中の東京駅
先週は、建設・経済委員会視察(北海道苫小牧・旭川・富良野)に行く。
観光客を市街地に引き込み賑わいの回復を図る中心市街地活性化の取り組み等、現地確認と研修を行った。
また個人では、再生と自立への地域づくりとのテーマでの研修会に参加。
富士宮やきそばで439億円の経済効果を上げ続けている、富士宮やきそば学会会長の講演を聞く。
今週は「減税や補助金による企業誘致政策の限界・地方税改革の視点から」をテーマにした一橋大学大学院教授のセミナーに参加する。
常に、議会に臨む為の自己研鑽を念頭に情報収集を心がける日々。
3月13日から再開していた南部クリーンセンターでの焼却が20日停止する。
南部地域の可燃ごみは、21日から北部クリーンセンターに移送して焼却を行う。
再稼働について仮保管場所の確保、最終処分場の確保等、条件が整い次第再稼働の予定。
市民の皆様に不安を与えぬよう、今後の動向については逐次報告させて頂きます。
今日の午後、茨城県つくば市など関東の広い範囲で竜巻や落雷などによる被害が。
竜巻により住宅の屋根が飛ばされるなど、住宅に被害が出る。
目まぐるしく変化をするこの時期の天候。
体調管理と合わせ、くれぐれもご注意。
ゴールデンウィークも終わり、気分も一新。
連休明けを爽やかに迎える工夫としていくつか。
・いつもより贅沢なランチを食べることにし、会社に行きたい気持ちを盛り上げる。
・次の休みまで頑張ろうと、楽しみを意識して気合いを入れる。
・新しい服、新しい靴、新しいアクセサリーなどで気分を変え、引き締める。などなど。
日経生活モニターから。
連休中の楽しかった出来事を、連休明けの活力に変えがんばってまいりましょう!
朝、増尾駅東口で公明かしわを配る。(激励を頂き、誠に感謝です。)
午前中、市民相談を受ける。(早期解決目指しますので、ご安心を)
午後からは顧客挨拶及び企業訪問に。(下水道料金・介護保険料金値上げの話題)
途中、相談現場を確認する。(現地確認を重要視しています。)
今日から5月。
夏の節電控え、クールビズがスタート。
1992年の5/1国家公務員の完全週休2日制が始まる。
経済成長を続けていた日本に対し、海外から労働者を働かせ過ぎるのは不公平との批判。
そして、国内からも生活にゆとりを求める声が強まっていた時でもあった。
1981年に月1回を休みとする4週5休制度が始まり、1988年には4週6休へと拡大。
官から民へ休日増の波及を狙った。
1992年当時、完全週休2日制を導入していた民間企業は全体の1割強。
現在は5割強の企業で週2回以上の休みが取れる制度となった。
私も当時サラリーマン4年目。
会社が完全週休2日へ移行すると聞き、大歓迎した記憶が蘇ってくる。
「東日本大震災に係る被災状況と復興について」と題し、市長講演。
気仙沼がめざす復興のひとつに自然に対する畏怖、畏敬の念がある。
先人達はこれまで何度も津波に襲われても、海の可能性を信じて再起を果たしてきた。
人智の及ばぬ壮大な力としながらも、海を敵視せず、積極的に関わりあい暮らしてきた。
人間は自然の一部であることを経験的に体得し、
対等の関係を築いて海と生活していたとも言える。
気仙沼の観念は海にある。
いまを生きる世代が再び海の可能性を信じ、復興を成し遂げることが犠牲者への供養となり、
次世代への希望となる。
理念を超えた観念をメッセージ化したもの、それが「海と生きる」である。
復興計画の理念、海と生きるより引用。











