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【阪堺電車沿線】

阪堺電車沿線には、
・浜寺公園駅舎(東京駅や奈良ホテル、中央公会堂を設計した辰野金吾作)、
・ステンドグラスが綺麗な諏訪ノ森駅舎、
・メンソレータムを日本に持ってきたウイリアム・ヴォーリズ(同志社大、関学大学舎も)設計の近江岸家住宅、など大阪自慢の近代建築がいっぱいです。
・カキ氷をのせると、めちゃめちゃおいしい、「かん袋のくるみ餅」、
・全国から鉄道ファンがあつまる「鉄道喫茶あびこ道」、
・「天に通じる高い建物」という名前(明治初期の儒学者、藤沢南岳が命名)の通天閣、
・堺市生まれの”王将”「坂田三吉の碑」など
ほかに、住吉大社の太鼓橋、じゃんじゃん横丁、串カツなど、、、沿線全部でミュージアムです。

※坂田三吉の「吉」は、つちよし(士の下のほうが長い)

http://www.hankai.co.jp/

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【方違神社】

 昔から遠方に出かける時や引越しをする時に、その方向が凶方である場合、一旦別方向に向かってから出かけることで行き先と違う方向にしてしまう風習がありました。方違神社は、いまも家の新築や転居の際の厄除け祈願に大勢の参拝者が訪れる、全国でも珍しい場所です。

http://www.hochigai-jinja.or.jp/

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【本願寺堺別院】

 堺市内最大の木造建築で「北の御坊」とも呼ばれ、現在の本堂は1825年の再建されました。明治4年の廃藩置県後10年間堺県庁として使用後、浄土真宗本願寺派へ返還され堺県庁跡として府指定の史跡となっています。
 足利義氏(よしうじ/1189-1254)の四男・道祐(どうゆう)が、本願寺三世覚如に帰依して建立したのが始まりとされています。文明8年(1476)、5世樫木屋道顕(かしきやどうけん)が本願寺八世蓬如を招き、その住居として現存している「信証院」を建てた。寛文3年(1663)には、十三世乗珍が寺地を西本願寺に寄進、以来別院となりました。

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【三国ヶ丘 けやき通り沿いのまちなみ】

 ケヤキの緑のトンネルが、落ち着いた雰囲気を醸し出しています。周辺には、反正天皇陵や方違神社、旧天王貯水池など、歴史的資産にも恵まれています。「三国ヶ丘 けやき通り沿いのまちなみ」は、平成18年度に府民投票をもとに「大阪まちなみ百景」に選定されています。

http://www.sakai.zaq.ne.jp/dudmn202/KeyakiSakaiHP/(けやき通りまちづくりの会)

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【妙國寺】

 1562年日蓮宗の日珖が開いたとされ、境内には、創建時に寄進された樹齢1000年を越す蘇鉄が、いまも生き続けています。高さ5m以上、大小120数本の幹枝を数える大木は、国の天然記念物です。
 千利休寄贈の六地蔵燈籠や瓢型手水鉢がある日本唯一の「蘇鉄の枯山水」庭園、堺事件の土佐藩士切腹の地でも有名です。 かつて、織田信長がこの蘇鉄の見事さを気に入り、安土城へ移植させたところ、蘇鉄は毎夜「堺へかえろう、堺へかえろう」と泣いたといわれています。それを聞いた信長は、激怒して幹を切りつけると、蘇鉄は血を流して苦しんだため、元の妙国寺へ返したという伝説があります。 

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【龍女神像】

 高さ16mの石張り台座上に、10mのブロンズ像の乙女像です。明治36年の内国勧業博覧会で大浜水族館前に設置され、平和と繁栄のシンボルとして親しまれました。平成12年に、復元建設されたものです。

http://www.city.sakai.lg.jp/city/info/_rinsei/rinkail.html