公明党 花巻市議議会議員 2期目
菅原 ゆかり
Sugawara Yukari
56歳
党花巻第ニ支部・支部長、党県女性局長、党県青年局次長
<略歴>
昭和41年2月 花巻市東和町に生まれる
昭和59年3月 県立花巻農業高校卒業後
昭和59年4月 松下通信工業㈱(現パナソニック㈱)に入社
平成2年 出産を期に退社。その後、農業に従事する。
平成11年~平成26年 松葉商店で働く
令和4年3月保護司
<委員会>総務常任委員会委員
<資格>防災士
◆◇菅原ゆかりの横顔◆◇
明るく、スポーツ万能で、親孝行の人。
菅原家の二女として生まれる。幼少期、体は小さかったが体力があり、外で走り回るのが好きな活発な女の子であった。小学校時代、陸上記録会では全て一位に入賞し、町内の大会でも2位以内に入るなど、スポーツ万能の女の子であった。しかし、中学2年生の時に母をがんで亡くし、姉も脳性マヒで入院中であったため、父と二人暮らしになる。父に心配をかけたくないとの思いで、気丈に、明るくふるまった。
バレーボールで活躍。
花巻農業高校に入学後、先生に勧められてバレーボールを始める。2年生の新人戦ではキャプテンに選ばれ、ベスト8に入る。そして、3年生の高校総体で3位に入り、国体の岩手県代表として選ばれる。念願の国体出場の夢が叶った。高校卒業後は、松下通信工業㈱(パナソニック㈱)に入社する。社会人になってからも、バレーボールを続けようと思い、地元のバレーボールのチームのサンクラブに入る。毎年、クラブカップ全国大会や県大会で優勝し、ミニ国体にも参加する等、クラブの中心人物として活躍した。また、この頃に結婚をする。
農業を継ぎ、地域貢献に奔走。
平成2年、出産を期に会社を退職し、農業の道を志す。父と共に、一男ニ女を育てながら、稲作に取り組んだ。真面目で誠実な人柄が評価され、JA岩手花巻女性部東和支部フレッシュ部外谷地地区の代表になり、平成9年には、JA岩手県組織協議会による「フレッシュの主張」コンクールで、将来の農業像を発表。結果、県の最優秀賞を獲得し、全国大会にも出場した。そして、地元からの信頼を得て、東和町水稲部会、食生活改善グループ等の役員をはじめ、スポーツ推進委員など地域役職を務めた。そして、無農薬栽培の取り組みが評価され、他県からの注文や農業体験を発表する等、活躍をした。