昨日は健康づくり・スポーツ推進特別委員会の後、断続的な打ち合わせ、事務作業等。夜、自宅に帰って見たNHKのニュースウォッチ9。作家の辻村深月さんが今年の本屋大賞を受賞されたことを報じていました。辻村さんと言えば、6年前に短編小説「鍵のない夢を見る」で直木賞を受賞された方。私も読みましたが、人情の機微と言いますか、若者の繊細な心の描写が印象的。昨日のNHKのインタビューでは「小説家にできることは、誰かの強い心の痛みや切実な心の動きを丁寧に追って、寄り添うこと。数値を並べたり、こんな事象があると事実だけを連ねても伝わらないことが、誰かの強いストーリーに対してだったらみんなが心を寄せられることが絶対にある」などのコメントを残されていました。
先日、その辻村深月さんが、自らの息子さんが保育園を卒園された時のエピソードを、「最初の旅立ち」と題して日経新聞に寄稿されていました。私も親の一人ですので、この気持ちはよくわかる気がしました。
「春は、卒業や入学、出会いと別れの季節。我が家でも、この春、長男が六年通った保育園を卒園した。
「卒園式は、親はみんな泣くよ~」と先輩のお母さんたちから散々予告されていたのだが、実際、その通りになった。
卒園式当日、スーツや袴(はかま)姿の我が子たちを先生に託し、まず保護者だけでホールに集まる。入園当時では考えられないほど上手になった彼らの絵や制作物が飾られている様子に、まずもう涙が出てきそう。すると、先生から、式の段取りが説明された。
「保育修了証書をお子さんが園長から受け取った後、保護者のところに持ってきます。そこで一言、お子さんがメッセージを言いますので、お父さんお母さんも何か一言、返してあげてください」
その言葉に大人たちがみんな、ざわっとなる。想像しただけでぐっときてしまって、「そんなことされたら泣いちゃうよ!」と全員が思っているのが伝わってくる。
親もみんなドキドキする中、今日のために練習してきたのであろう子どもたちが、順番にひとりずつ入場。名前を呼ばれて、元気よく「はいっ!」と答え、証書を受け取っていく。
「お父さん、いつもおもちゃ出してくれてありがとう」
「お母さん、いつもお世話してくれてありがとう」
子どもたちのメッセージに、親が涙しながら「おめでとう。これからも頑張ろうね」など、言葉を返していく。うちの子は、私に「いつもおいしいごはん作ってくれてありがとう」と言ってくれた。普段、適当なことも多いのに……と思いつつも、それでもおいしく食べてくれているんだなぁと、胸がぐっと押される。親相手のメッセージのやり取りに照れて、自分の言葉を言うなり、さっさと席に戻ってしまおうとする子をお母さんが頑張って「聞いて!聞いて!」と引き止めたり、自分の言葉を言った後で、お父さんにぎゅっとしがみついて泣き出す女の子がいたり、どの子もみんな、すごくよかった。
続いては、在園児の歌。一つ下の年中さんのみんなが、卒園する子たちのために歌ってくれる。実はこれが替え歌になっていて、なんと、卒園する子たちひとりひとりの「いいところ」をメロディーに載せて発表してくれるのだ。うちの子も、去年、大好きな一つ上のお兄さんのために、彼のいいところを先生や仲間たちと一緒に一生懸命考えていたことを思い出す。
「アイデアいっぱい、○○ちゃん」「積み木の名人、○○くん」「はしるのはやい、○○くん」……。
うちの子が言ってもらった長所は、「ちいさい子にやさしい」。同じ保育園に妹が通っているので、その様子を見て、みんなが考えてくれたのだろう。
「今日は皆さんの、人生で最初の旅立ちです」
園長先生の言葉に胸がいっぱいになった。
卒園の少し前、この保育園恒例の「おみせやさんごっこ」があった。「たべものやさん」や「おしゃれやさん」、「おもちゃやさん」など係に分かれて商品を作り、それを互いに売り買いする。
子どもたちは準備に夢中。毎年、「おみせやさんごっこ」の日に、お土産をどっさり買って帰ってくるので、ただ「楽しそうだなぁ」と思って見ていたのだが、今年、その「ごっこ」前日の朝、長男がふと、「あ、今日、銀行が……。早く行かなきゃ」と呟(つぶや)いた。
「銀行?」と夫と顔を見合わせ、「銀行が何なの?」と尋ねると、「開くんだよ!」という返事。わけがわからないまま保育園に送っていって、謎が解けた。
この保育園では、係ごとに商品を作ると、それを園長先生のところに持っていく。「できました」という報告をもらった園長先生が「保育園銀行」を開けて、そこからみんなにお給料を払ってくれるのだ。「おみせやさんごっこ」は、みんなそのお給料を手に自分の好きなものを買っていた。
それを知って、去年、まだ年中さんだった頃、お迎えに行った長男が、待ちきれないように「お土産! かーかに買ったんだよ」と、「おしゃれやさん」のアルミホイルでできたネックレスを私の首にかけてくれたことを思い出した。「これは、とーとにオムライス。妹にはメガネ!」と家族分くれたあのお土産は、つまりは彼の「初任給」からのプレゼントだったのだ。
それを知って、どう言っていいかわからないくらい、保育園に感謝を覚えた。ごくシンプルな、だけどとても大事な社会や経済の基本を、うちの子は保育園でちゃんと教えてもらい、成長してきた。
思えば、私も就職して最初のお給料で、家族全員にお寿司をとった。あの時のちょっと照れくさいような、誇らしいような気持ち。もう何年も忘れていたけれど、確かに覚えている。多くの「新入社員」の家で、毎春きっと、そんな光景が見られるはずだ。
うちの子の人生には、きっとこれから先、何度も「旅立ち」と「別れ」がある。その最初の「旅立ち」がこの場所からで、本当によかった。」
作家として、母として、益々のご活躍を願ってます。