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バックナンバー 2015年 8月

20150830_115448(1)昨日は午前中に地元での会合に参加したの後、磯子区役所横の横浜市社会教育コーナーで開催された第3回Yokohama学校地域コーディネーターフォーラムに伺いました。

子どもたちの“学び”を魅力あるものに変えていくきっかけとして、さまざまな教育支援活動プログラムをもった団体(企業・大学・NPO等)と学校・地域コーディネーターや学校関係者との出会いの場を提供し、実践的な交流の輪を広げるためのフォーラム。昨年も伺ったのですが、教諭をはじめとする学校関係者、保護者や地域の皆さん、各種団体の皆さん、企業関係者の皆さん等、大勢の方々が集われていました。秋雨前線に覆われた日本列島ではありますが、会場の中は熱気が伝わってきました。

子ども達に木を使っていくことの大切さを伝える活動をしているNPO法人こどもりクラブ。海外駐在経験豊富な元ビジネスマンなどが子ども達に海外に興味を持ってもらうための活動をしているNPO法人国際人をめざす会。横浜市立小学校で定着した「環境絵日記」などを展開されている横浜市資源リサイクル事業協同組合。読売新聞本社とNPO法人企業教育研究会が主催する言葉の授業等々、各団体とも学校や地域などで活躍されていますが、各ブースでお話を伺っていますと、内容の充実ぶりに子ども達をうらやましく感じました。

その中でも、私が特に注目したのが学生団体Re:inc。大学生が始めるセキュリティ・イニシアティブ。小中高生に対する啓発活動・広報活動を通じて、スーマートフォンやパソコンでインターネットの利用のリテラシーやモラル形成を図り、ネットトラブルの減少や犯罪予防を目指すサイバー防犯ボランティア学生団体。慶応大学の学生を中心に10を超える大学の学生が繋がり活動を進め、神奈川県警や日本スマートフォンセキュリティ協会などとの連携しながら活動しているそうです。

一部に、企業などの協力によるネット教育も導入されていますが、教える側と学ぶ側の世代が近く、リアリティのある指摘や対策のできるこうした学生さんの存在は企業だと思います

社会への貢献、目的感をもって生きる若者のはつらつとした姿に頼もしさを感じましたし、こうした活動をしっかり支えていかねばならないと思いました。

この催しのスローガンは「こどもたちのために、大人同士がつながりましょう!」。素晴らしいです。更なるパワーアップを期待しています。

20150820_121516昨日はあいにくのお天気でしたが、ある地域ではお祭りが行われていました。日頃から地域を守り、いざという時にも地域のために備える人々の活動に感謝です。

ところで、最近「また囲い込みかなー」と感じることがあります。

「囲い込み」(エンクロージャー)といえば、学生時代に習った15世紀末から19世紀にかけて英国で行われていたものを思い出します。領主や地主による強制的且つ非合法な解放農地の囲い込み、政府による耕作地の囲い込み。あまりいい印象がありませんでしたが、人間社会には時空を超えて様々な囲い込みが出てきます。

先日、「オワハラ」(企業が内定学生に就職活動を終われと強要すること)による学生の囲い込みについてご紹介しましたが、高校入試段階での「囲い込み」も問題になっているようです。

毎日新聞によりますと、大阪の関西大学第一高校が今春の入試の際、試験日の1カ月前に中学側と「受験相談」と称する事実上の入学者選抜を行い、中学での成績に基づき大半の合格者を内定した結果、内定者より79点も高い点数を試験で取ったのに不合格とされた受験生がいたことが分かったとのこと。大阪府は入試の選抜方法が不透明だとして同校を指導。試験の前に生徒を早めに確保するこうした仕組みは全国の私立高校に広がっており、不公平な選抜や入試の形骸化につながるとして受験関係者の中から批判する声が上がっているそうです。

「囲い込み」をする側とされる側。双方にメリットがあるから成り立つわけですが、それを権利と見るか、不公平とみるか。そもそも、日本はどのような社会を目指しているのか。

「囲い込み」といえば、次元は異なりますが、小売業や外食産業によるお得なカードなどを活用した顧客囲い込みは大変なものです。より良いサービスでお客様を満足させ、売上、利益を上げていくことで企業を成長させていく。

首相の戦後70年談話には「ブロック化」という言葉が何度も出てきました。談話の最後にも「私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます」とありました。

「囲い込み」のすべてが悪いとも思いませんが、何事もバランスの問題。「自分さえよければいい」大人がこれでは子どもが真似しますし、あまりいい未来にならないように思います。

人を想いやる心と行動は「心を開くこと」なのかなと思います。「人のために何かするといっても、結局は自分のため」との捉え方もありますが、人のために役立とうとすること、他人のことを想っての行動は、開いていくことになるのだろうと思います。

平和の大事と思います。

20150825_103553昨日は区内企業をまわりました。ある不動産会社で話題になったのが、生活保護世帯の家賃補助見直し、ゴミ出し、賃貸住宅建て替えに伴う退出等々。話は行政と地域、民間の役割について発展。時代の流れからして、民間でできるものは民間で。行政でしか負えないものは行政が責任を持って対処していく。線引きが難しいところはよく話し合って、行政、民間が役割を分担していった方がいい。社会の中に空白地を作ってしまうのが一番よくない。昔は法律がないために苦労したことも多々あったが、それに比べて今は法律や条例がよく整備されてきている。こうした流れを捉えつつ、引き続き街のルールや街づくりに尽力してほしいといったお声もいただきました。街の方々はよく見てらっしゃいます。

ところで、先日公明新聞コラム「北斗七星」が安保法案について論じていました。

「戦後日本の安全保障論争は、左翼陣営による錯誤の歴史であった。特に、この20年余、彼らは、国連平和維持活動(PKO)協力法、新ガイドライン関連法、テロ対策特措法などを、「戦争法」「憲法違反」などと決めつけ、多くのマスコミも同調した。

左翼政党が牛歩戦術や衆院議長に議員辞職願まで提出(当時の社会党、社民連)して阻止しようとしたPKOだが、今やわが国の国際貢献の重要な柱となっている。本質を見誤った主張は、自衛隊を憲法違反と決めつけ、日米安保条約の廃棄などをめざすことに起因する。

こうした政党は国会質問を通して、自衛隊や日米安保体制への不信感を広げようとする。自衛隊を地域の施設に例えるなら、これを時代や環境の変化に合わせて改善しようという自治体の方針に、「違法建築だ。解体せよ!」と攻め立てるようなものである。

PKO国会で丁寧な答弁を続けていた宮沢喜一首相は、採決に先立つ衆院本会議で、共産党議員に対し「私どもは、自衛隊は違憲であると思っていない。もし自衛隊が違憲であるとおっしゃるのなら、初めからこの法律は成り立たない」と痛烈に反論した。

「賢者は歴史に学ぶ」という。失敗の歴史に学び、自衛隊や日米安保に対する認識を改めないかぎり、誤った主張は今後も続くだろう。」

未だに「戦争法案だ」との主張が求めているものは何なのか。本当に戦争法案なら世界中が反対するはずですが、行きつく先はどこなのか。一時よりはトーンが下がってきました。こうした類の話は昔から同じようですが、熱が冷めて、最後に残るのは、「日米安保反対」「自衛隊違憲」と叫んできた人々と、儲ける為に振り切りすぎて後戻りのできなくなった一部マスコミかと思います。日本は民主主義、自由主義の国であり、これからも継続していかねばなりません。

結局、反対するだけで、対案も出さず、その先もわからないという政治家は、やはり無責任なのだと思います。

20150813_101935昨日は市役所で打ち合わせ等々。横浜市立学校の夏休みが終わり新たなスタートの日。夏休みの宿題の入った大きな袋を抱えた子どもたちが学校に向かっていました。

もう9年前の話になりますが、2000年から6年間、家族と一緒に中国の蘇州市に駐在していました。我が家の4番目は中国で生まれましたので対象外ですが、上の3人は、住みだしてから5年間は日本人学校がなかったため、地元の国際学校に通いながら、週1回日本人補習校で日本の教育を受けました。最後の1年間は蘇州日本人学校が開校したためそちらでお世話になりましたが、日本から派遣されてくる先生の素晴らしさ、質の高さに感謝したのを覚えています。

今、日本人学校の教員が足りないそうです。一方、横浜市などの大都市は、定年を迎えたベテラン教師の大量退職により、懸命に採用活動を行っています。学校現場で起きている問題などを考えますと、色々な手は打たれているようですが、教員採用のあり方などについて、より踏み込んで考えた方がいいように思います。

先日、日経新聞の社会欄に「日本人学校 教員確保を」と題し、総務省が関連省庁に改善勧告したことについて報じていました。

「総務省は21日、企業の海外進出に伴い外国で暮らす児童・生徒が増えるなか、日本人学校の教員が不足しているとして、文部科学、外務両省に退職者らの派遣などで人材を確保するよう改善を勧告した。教育環境の充実に向け、学校運営の財政支援強化も求めた。

 総務省によると、2014年度の日本人学校の児童・生徒数は、05年度比19.1%増の2万1027人。一方、日本から派遣した教員数は10.2%減の1138人で、人手が足りず専門外の教科も担当するといった支障が出ているという。

 文科省が派遣を要請している都道府県や政令指定都市で教員が不足しているのが要因。このため、勧告では退職後のシニア人材を積極的に活用するよう求めた。

 また、海外のインターナショナルスクールに通う児童・生徒らに日本語を教える「補習授業校」への賃料や教材費などの支援に関し、財源不足で申請が承認されない新規校が相次いでいると指摘。予算増額などを検討するよう両省に要請した。

 日本人学校や補習授業校は現地日本人会など民間が設立。14年4月時点で日本人学校はアジアや欧州などに88校、国の財政支援を受けている補習授業校は203校ある。」

海外志向の教員の方もいるのですが、一度海外勤務をしても、その後海外勤務をする機会はあまりないようでした。日本国内の教員採用、また英語要員確保も課題となっています。様々な都合があるかと思いますが、本人の意思と社会の要請がマッチできるような仕組みも必要かと思います。

京都市役所昨朝は京都市役所へ。いわゆるゴミ屋敷対策条例について伺いました。下記はメモです。

条例制定の経緯は市民からの声、通報、苦情。組織、継続的にゴミ屋敷にかかわっていく仕組みがなかった京都市。ゴミを財産だと主張する市民と、それに困る市民。

部局横断的な対応が難しく、包括的な条例の必要性に迫られた。

福祉的支援のあり方も含めた条例案を平成26年9月提案、11月条例施行。不良な生活環境を解消するため、建築物の外にある堆積物放置、動物飼育、雑草繁茂等の観点とともに、においなど建築物内の生活環境対策も包括できる内容。命令に従わない場合を想定し、氏名の公開、過料、行政代執行などを規定し、実効性を確保している。

これまで横浜市のゴミ屋敷対策を充実させるため研究を重ねてきました。条例の内容自体は各地各様の部分ありますが、条例施行後の状況を見ると、京都市は足立区ほどではないものの、大阪市より条例を活かしてかなり踏み込んだ取り組みを行っています。

苦情を訴える住民の声にどうこたえるか、ゴミを財産とする個人の権利をどう考えるか。この線引きが難しく、自治体毎に対応が異なってくる。

京都市の特徴的な点として、全長一丸の取組める体制を整え、実効性ある活動がなされている点があげられる。足立区でも一本化された強力な窓口体制が機能しているが、京都市でも平成26年9月に専任の担当課長、担当係長を配置し、関係部局15名を保健福祉局兼務とした。更に、各区役所で対策事務局を設置。支援の専門性を高めるため保健師5名(ゴミ屋敷専任)を配置。地域安心支援員(福祉的見守り)3名増員し6名体制に。専任保健師5名の配置は大きかった。全14区に配置するのは難しい、一人3区担当。全員、精神保健福祉士の資格を持っており、動きが活性化し、成果につながっている。また、これまで区役所では苦情を聞いた部署が対処したり、バラバラで対処するようなことをしてきたが、区役所で対策事務局を作ったことで情報共有し、協力し合って対策することができるようになった。こうしたことで強力に問題解決が進むようになっている。

条例の効果は明確。これまで通報があったもの154件。全権を訪問し状況把握。状況把握できたもの108件、さらに把握が必要なもの46件(調査そのものを拒否されている、コミュニケーションが取りづらく調査が進展しない、不在のため連絡が取れないなど)。108件の内、各区での対策会議で対応方針を協議し、不良な生活環境にあり、ゴミ屋敷と判定したもの90件。ゴミ屋敷とまでは言えないもの(樹木の生い茂り)18件。その後、清掃実施など具体的に支援につながったもの44世帯。その内、自主的な清掃32世帯、行政等の協力による清掃12世帯。44世帯中36世帯が問題解消し、取組み中は現在8件とのこと。残りの46世帯は要支援者への寄り添い支援を図りながら信頼関係の構築に取組んでいるとされています。

京都市でも条例案を作るにあたり、新宿区、荒川区、宇都宮市、足立区、大阪市の5つの条例を参考にしてきた。他の自治体ではゴミ屋敷の主を「所有者」「堆積者」等といった呼称で扱うが、京都市は「要支援者」として扱っている。そうした経緯もあり、他都市では元々ゴミ屋敷対策については環境局が所管局。京都市は保健福祉局が所管局。人への支援に着目しているとのこと。

難しい課題は多々ありますが、大事なことは「何のため」「誰のため」に対策をするのか。

午後から戻って地元の会合へ。昨日は、暑い関西、涼しい関東でした。

兵庫県昨日は午前中に団視察で兵庫県庁へ。午後から大阪市役所へ。下記はメモです。

午前中は音楽療法に関する視察。日本音楽療法学会の理事長は医師の日野原重明先生。日本臨床心理研究所の松井所長も支援する音楽療法。公明党としてもその重要性を認識し、その活動の拡大を支えています。

音楽の力が健康を支える。今、横浜市内でも認知症対策としてなど、少しずつですが介護施設における音楽療法が導入されています。実際、デイサービスなどで行われる講座の受講前、受講後は顔つきなど明らか異なる事実が導入を後押ししています。他方、介護予防の取り組みが横浜市含め全国的に推進されています。

兵庫県の取組み。音楽家と音楽療法士は異なり、聴く側にとって、受動的に音楽を聴くだけなく、音楽を聴きながら個人が能動的になるような取り組み。

兵庫県では、音楽の持つ、生理的、心理的、社会的働きを考慮し、心身の障害の軽減回復、機能の維持改善、生活の質の向上など目的に、音楽療法が県内に普及、啓発され、定着した状態になっています。

そのきっかけは平成7年、阪神淡路大震災の発生。仮設住宅棟で音楽活動が始まり、平成9年から県独自の音楽療法士要請・認定に関する検討を開始し、音楽療法士の講座開設、認定、活動拡大を行ってきた。現在、兵庫県音楽療法士は332名。内202名が更新認定済み。兵庫県における音楽療法の力は、教育、医療、福祉の現場で広がっています。介護現場だけでなく、発達障害をもつ子ども達への支援、東日本大震災の被災者の方々の心のケアなど、多岐にわたっています。

しかし、当局の方曰く、効果があるにもかかわらず、全国的に広がっていないことに問題意識を持っているとのこと。奈良県、岐阜県でも行われているが、広がらない理由は予算の問題も少なくない。音楽療法の拡大に向けて、認定の国家資格化に動いている。

教育、医療、福祉の現場で活かされている音楽療法。しかし、介護予防という観点から見た場合、体操、運動などもある。兵庫県として、介護予防に焦点を当てた場合、今後どうしていくのか。地域医療構想を創っていくところ。今は縦割りで高齢介護、医務が分かれているが、今後一つになっていくことになると考えるとのこと。効果の定量的把握と地域医療構想の中での介護予防としての位置づけの重要性を感じました。

その後、大阪市役所へ向かい、ゴミ屋敷対策について伺いました。横浜市内でも自宅敷地内のゴミを財産と主張し周辺住民が困っている地域があります。大阪市では平成26年3月から施行された「大阪市住居における物品等の堆積による不良な状態の適正化に関する条例」を軸に対策を推進中。他の自治体の条例が「生活環境」という広い範囲でとらえていることに対し、憲法で守られている個人の財産に手を付けるということで、大阪市としてはより具体的な名称、内容で制定。ゴミを定義するのでなく、周辺への影響、生活の改善を目的にしている。空家対策とは異なり、人が住んでいることが前提の条例。

この条例制定のメリットは、法的根拠ができたことで対応の幅が広げることができたこと。行政命令ができることと共に、場合によっては財政的な支援で処理することも可能となった。しかし、まだ条例を使って問題を解決したことはない。対話と説得により解決に向けて取り組むことが前提であり、条例を背景にしながら対処してきている。昨日も愛知県におけるゴミ屋敷火災のニュースが報じられていました。

ゴミ屋敷実態調査もしており、居住者(堆積者)の意識として、「解決のために何とかしたいと思っている」は17%、「迷惑をかけていることはわかっているが、居住者では何もできない」が7%。一方、「迷惑をかけていない」が31%。ここが問題だなと思います。不明が40%

条例制定のトリガーは、市長のトップダウンというより、このままでは現場が持たないというところが始まりだったとのことです。

今後に活かして参ります。

20150824_063042昨朝は田奈駅前での街頭演説からスタート。都市の水害対策についてお訴え。台風接近の今週です。

朝日新聞によりますと、日本高校野球連盟は20日、日本で初開催される第27回U18(18歳以下)ワールドカップ(28日開幕、阪神甲子園球場など)に参加する高校日本代表の20選手を発表。東海大相模(神奈川)の小笠原選手、仙台育英(宮城)の平沢選手ら今夏の甲子園に出場した選手を中心に選ばれたそうです。活躍を期待しています。

「甲子園には魔物がすむ」「選手が試合毎に急成長する」など甲子園にまつわる言葉ありますが、個人的に今年の夏はそうしたことを強く感じた大会でした。

日経新聞スポーツ欄「アナザービュー」が「胆力練る甲子園」と題し、甲子園のもつ力について掲載していました。

「夏の全国高校野球、甲子園は本当にすごい舞台だな。早実の清宮幸太郎選手の、とても16歳とは思えない打棒にそんなことをあらためて感じた。

 高校1年生といえば、この春まで中学生だったということ。普通の競技なら、どんなにすごい才能の持ち主でも「まだまだ子供なんで、そっとしておこう」という扱いをするものだ。「天才児」と呼ばれたタレントが長じて並の選手で終わる例は多い。ちやほやされた選手が勘違いしてテングにならないように、周りの大人たちが配慮する場合もあるだろう。

 スター候補生が現れた時の甲子園はそういうタガが外れたような状態になる。何年生、何歳だろうが、湯水のように全国的な報道がなされて「スター誕生」を後押しする。数ある高校スポーツの中で、その情報量や露出量は圧倒的だろう。

 そんな格差は是正されるべきだ、マイナー競技にもっと光を、などと言いたいわけではない。むしろ、徹底的に若い才能に光を当てる甲子園という装置が、選手の技量や胆力をどんどん練り上げていくように見えて、その働きに感動すら覚えてしまうのである。

 清宮選手も初めての甲子園でまったく物おじすることなく打率4割7分4厘、2本塁打、8打点という数字を残した。恐るべき精神力だが、その力は甲子園という舞台が引き出したともいえるのではないか。

 負ければ終わりの一発勝負の連続の中で磨かれる一球に賭ける集中力。勝敗を左右する「決定力」とは、こうした過酷なトーナメント社会をくぐり抜けた者だけが獲得できるのかもしれない。

 この夏、地方予選の段階から清宮選手はメディアに追い回され、観客の動員にも貢献した。称賛に包まれるのも、悔しい思いや恥ずかしい思いをするのも、常に満座の中でという可能性は今後さらに高まる。試合後は常に何らかのコメントを求められ、勝っても負けても、そのバットと密接につなげて語られる存在になるのだろう。

 十代の少年にそこまでの試練を課すのは残酷すぎると思う。が、1人の選手のライフストーリーをそんな早い段階から追いかけ、定点観測するきっかけをつくる「甲子園」という仕組みのすごさに、どうしても逆らえない魅力を感じてしまう。」

時代の流れと共に、実態に合わせて変えるべき点は変えればいいと思いますが、よき伝統を守り、引き継いでいくことも大人の役目だなと思います。

20150801_185411昨日は、午前中に地元の会合の後、午後からお祭りまわり等々。途中、長年放置されてきた雑草対策ができたので確認に伺いました。地域に笑顔が広がっています。

先日、読売新聞に「安保法制 自衛に不可欠」と題して、市川雄一元公明党書記長のインタビュー記事が掲載されていました。わかりやすくまとめられていましたのでご紹介します。

-安保関連法案をどう評価しているか 

日本の自衛の構えを強化し、日本への攻撃を事前に防ぐ内容だ。集団的自衛権を自国防衛に限定しており、今の日本が置かれた国際環境の中で、不可欠な立法処置だと思う。この理解が浸透していないのは残念だ。
 
―米国が引き起こす各地の戦争に巻き込まれる、との批判があるが
 
 20150821_150239自衛権行使の新3要件に基づき、日本が主体的に判断するわけだから、そんなことになるはずがない。米中露といった軍事大国以外、一国で自らを守ることは不可能だ。戦争を抑止するにはどこか強い国と組み、「攻撃すれば手痛い目にあう」と分からせ、思いとどまらせるしかない。
 
日本人の中には、「憲法の平和主義があるから日本が平和なのだ」という考えがあるが、そうではない。非武装で始まった戦後の日本は、世界最強の米国と安保条約を結ぶことで、平和を維持してきた。安保法制は、国際情勢の変化を受け、日米安保の実効性をより確かなものにするための措置だ。
 
―安保関連法案への国民の理解が進んでいないが
 
南シナ海では中国が岩礁を軍事基地化し、ウクライナではロシアが関与しての紛争が続いている。現在の厳しい安保環境への認識が深まれば、安保関連法案への理解もすすむはずだ。政府・与党はそのために努力すべきだ。
 
―集団的自衛権の行使容認には、公明党内で慎重論が根強かったが
 
 執行部もだいぶ苦しんだようだが、政治は結果責任だ。いきさつはどうあれ、結果として良い合意を作った。自民党との連立がスタートした(99年)ころ、党内で「政権与党に堪えうる政党であるためには、集団的自衛権の問題について、ただ反対ではだめだ。いずれ国際情勢が変れば、結論を出さざるを得なくなる」と問題提起をしたことがあったが、その時が来たのか、と感じた。
 
―民主党は関連法案を憲法違反と批判しているが
 
 自衛のための武力行使を認めた憲法第9条の規範性は、守られている。合憲の法案だ。かっての国会は、自衛隊が違憲か合憲か、日米安保条約は存続か破棄かをめぐり分裂していた。今の国会でも安保の本質論が議論されていない。残念だ。
 
 安保政策を巡り、与野党の議論が正反対では、政権交代のある成熟した民主主義は遠ざかるばかりで、国民にとっても残念なことだ。」
 
周辺にきな臭い話が出てきています。現実を直視した、真摯な議論を期待しています。

20150821_150326残暑です。昨日は地域課題を解決した現場の確認などまわりましたが、汗がふきだす一日でした。お盆を過ぎてトップギアでもないのですが、元気の源はやはり食べることかなと思います。

高校野球をしている息子の監督曰く「東海大相模のレギュラー選手とうちの選手の平均体重の差は10キロ。甲子園に行くにはまずこの差を埋める必要がある。保護者の皆さん宜しくお願いします」とのこと。

先日、日経新聞「スポートピア」のコーナーに大相撲の浅香山親方(元大関・魁皇)が「強い力士はよく食べる」と題して寄稿されていました。いい親方だなと思います。

「厳しい暑さが続いている。現役時代、私も夏バテしてしまった苦い経験がある。関脇か小結時代の名古屋場所前だったと思う。その時はとりわけ暑い夏だった。稽古後に水を飲み過ぎて、ちゃんこを普段の量ほど食べられなくなった。

 すると、場所初日の前日ぐらいから、突然、体に力が入らなくなった。これが夏バテかと気が付いたものの、時すでに遅し。その場所は全く振るわずに終わってしまった。あの経験から食の大切さを思い知り、以来、夏場も意識して食べるように努めた。

 鍋料理は冬の食べ物と思われているが、夏バテ防止に有効な料理としてオススメだ。汁物なので、いくらでも食べられる。「暑い時に熱いものは食べられない」という人は多いが、ラーメンや揚げ物、焼き肉だって熱いのは同じ。

 角界の隠語で、大食漢を「エビスコが強い」という。由来は商売繁盛の神様「えびすさん」の太鼓腹など諸説あるようだが、私はエビスコの強さと出世は比例すると思っている。現役時代、力士仲間と「強くなるやつは、たくさん食べるよな」と話していた。

 食べるから強くなるのではない。激しい稽古でエネルギーを大量に消費しているからこそ、たっぷりと食べることができる。ちゃんこをかきこんでから昼寝をして、翌朝の稽古への体力を付ける。稽古しているからこそ食べられるし、食べているからこそ激しい稽古にも耐えられるのだ。

 私は10代のころ、一度に500グラムのステーキを8枚、計4キロをたいらげた。夕飯に肉を1キロ食べたぐらいでは小腹が満たされる程度で、夜食が必要だった。

 親方になって感じるのは、好き嫌いなく食べている子は、まず病気をしない。悪いものも含めて色々なものを体に取り込んでいるから、抵抗力がつくのだろう。反対に食が偏っている子は体が弱い。弟子たちには「バランスよく食べることも、強くなる条件だ」と口を酸っぱくして言っている。

 私も入門前は納豆が苦手で、魚や野菜も好んで食べなかった。それが、角界に入ると好き嫌いがなくなった。稽古後の空腹を満たすには、選んで食べてなどいられない。そんな食生活を繰り返すうちに、体が自然に野菜を欲するようになった。

 現役引退後も肉は1食で600グラムほど食べるが、体重は増えない。現役時代に比べて米を食べなくなったからだと思う。体をつくっていたのはごはん粒だったのだと引退後に知った。日本人は米を食べて体を強くしてきた民族なのだろう。

 弟子と囲む食卓は、師弟の重要なコミュニケーションの場でもある。食べる時の雰囲気をみれば、弟子の心身の不調に気が付くこともできる。人と人が心を通わせるのは食卓をともにするに限る。」

バランスの大切さ、食卓の大切さ。勉強になります。角界で活躍されてきた親方。一角の方だなと思います。

20150821_145350昨日は地元でご挨拶回り。色々な話がありますが、国会で審議されているのは安保法制だけではありません。

国会ではヘイトスピーチを規制するための法案について検討が進められています。日経新聞「自民、民主、公明、維新の与野党4党は19日、特定の人種や民族への差別をあおるヘイトスピーチ(憎悪表現)を規制する法案の扱いをめぐって協議した。民主党は、法案修正に応じる用意があると表明、来週にも次回会合を開く。同党の枝野幸男幹事長は19日の記者会見で「できるだけ早く結論を出していただきたい」と与党側に調整を急ぐよう呼びかけた。」

表現の自由にかかる重要な問題ですので慎重な審議が必要なことは言うまでもありませんが、時に、表現の自由としながら、獣の放縦のような場合もあります。人種差別はもとより、売るためには手段を択ばないデマを垂れ流す一部マスコミや匿名を悪用しての人権侵害等々。いじめの事案を見ていて時々感じるのが、やられた方の人権は著しく侵害されているのに、やった側に対する対処が不十分ではないかということがあります。こうしたことで二度と傷つかない、傷つけさせないためにどうするか。

人種や民族などを理由に人間を差別をする者は、人間社会における利己的で卑しい存在、教育の重要性を感じさせる存在でもあります。差別を力の源とするような人間や社会は、民主主義とは言い難いものがあります。日本が成熟した民主主義の社会であるならば、あらゆる差別を許さず、生命の尊厳が何よりも尊ばれる時代をつくるらねばならないと思います。

しかし、卑劣な話が後を絶ちません。今月もカナダのモントリオールで行われた男子テニスツアーで、侮辱的発言をされた選手が途中棄権し、男子プロテニス協会は侮辱した選手に厳しい罰則を与えたことを報じていました。

この夏、日経ビジネスに「差別反対と言うより希望の光になる」との見出しでソフトバンク・孫正義社長へのインタビューが掲載されていました。

 「ソフトバンクグループの孫正義社長は、在日韓国人という生い立ちから差別を受け続けてきた。幼少期は実生活で攻撃を受け、幼稚園時代には日本人の子供から「朝鮮人!」とののしられ、投げつけられた石で頭から血を流すこともあった。今でもネット上などで罵詈(ばり)雑言を浴びせられ続けている。書籍『孫正義の焦燥』では経営論に絞るために最低限の記述にとどめたが、孫社長は筆者のインタビューで差別についても語っている。後半で言及する「希望の光」や「ジャパニーズヒーロー」という考え方は、孫社長の事業意欲の源泉でもある。

――孫という名字を名乗った経緯を改めてお話いただけますか。

 僕はね、16歳でアメリカに渡るまでは安本正義だった。安本というのは日本の名字だった。

 アメリカから戻ってきて会社を創業していく時に、うちの親戚一同が使っている「安本」という日本の名字と先祖代々の「孫」という名字の2つの選択肢があった。

 パスポートの本名だとか外国人登緑証の本名の中に孫って書いてある。通名というのは安本と書いてある。

■今日ですらハンディキャップはある

 日本社会の中で生きていくのには、安本と名乗ったほうがいい。今の芸能人とかスポーツ選手でもいっぱい日本名を名乗って活動している人がいる。それを非難するわけではないけど、あえて僕がわざわざ逆風の中を孫という名字を親戚一同の中で初めて使ったんだ。

 日本にいて今日の今日ですらまだ若干残ってはいるけど、在日という中で、様々なやっぱり目に見えない、言うに言われぬハンディキャップがあるんだよ。

 それで悲しんでいる人、苦しんでいる人がやっぱりいるのよ。いい悪いは別にしてね。その理由とか根源とかはちょっと置いといて、生まれながらにしてそういう血で生まれると、言われなき差別を受ける小さな子供がいっぱいいる。

 俺は小学生、中学生の時に自殺したいぐらい悩んだんだ。本気で自殺しようかと思ったぐらい悩んだ。それぐらい差別、人間に対する差別というのは、つらいものがあるのよ。

■「差別反対」と言うより100万倍効果がある

 なぜ僕があえて親族、おじさん、おばさん全員の反対を押し切って1人だけ孫と正式に名乗ったのか。

 そうやってつらい思いをしている在日の子供たちに対して、1人でもいいから自分の先祖代々の名前を堂々と名乗って、様々なハンディキャップがあったとしてもそれでもね、それなりにやれるんだという事例を一つ示したいと考えたから。それで希望を得る若者が1人でも100人でも出れば、それは「差別反対」と言って、何かプラカードを出して言うよりも100万倍効果がある。

 差別反対なんて言わなくたって、孫と堂々と名乗って、堂々と逆風の中で仕事して、事業して、それなりになればそれはもう100万語しゃべるより、力説するより、そういう青少年に希望を与えられるんじゃないかと思って俺はあえて名乗った。

親戚からは猛反対されたよ。だって小さな社会の中で名前を隠して生きているんだから。「おまえが親戚として1人そうやって孫と名乗ったら、俺らまで全部ばれる」と。

――家族を巻き込んでしまうのですね。

 「何だ在日だったのか。在日韓国人だったのか。親戚のおいとか言われて一緒におったな、あれ、孫か。あれ、安本じゃなかったの、えっ、そうか、おまえはキムチ組か」と言われるだけで、おじさんおばさんにとっては迷惑なのよ。止められたんだよ。

 それでも俺は、「おじさんやおばさんに俺は迷惑かけるかもしれん。そしたら、俺が親戚だとは言わないでいい、他人のふりしていていい」と言った。

 「おじさんおばさんはもう立派な大人で、少々の差別には立ち向かえるだけの力があるかどうか僕は知らんけど、子供たち、青少年が悩んでいる子たちが本当にいささかでも希望の光を得るのに、そんなに俺がそうやってすることが迷惑ならもう他人のふりしておいてくれ。俺はそれでも逆風でも何でもやるから」と。そうやって断言して出ていったんだ。

■アメリカで生き延びたら希望の光になるかも

 日本の産業界の中で、もうみんな自信喪失して、総崩れ、引きこもりという状況にある。そんな中でもね、我々が1社でも逆風の中を立ち向かって、アメリカではるかに大きな巨体の敵に向かって少しでも、仮に5分の戦いをやれたならば、それなりに生き延びたならばそれは一つの希望の光になるかもしれない。

 僕はもちろん政治家でもないし、そういうポジションでもないけど、せめて1つの事例をつくってみたい。

 1つの事例をつくることが、その小石が波紋を呼んで、刺激を受ける会社が1社でも10社でもあれば、それが1つの社会貢献だと僕は思っている。

――日本にも多くの成功事例が出てきてほしいと思います。

 やっぱり我が社に限らず、柳井さん(ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長)だとか、永守さん(日本電産の永守重信会長兼社長)だとか、楽天やディー・エヌ・エーとかいろいろな会社が、一生懸命頑張って日本の若い世代から成功事例が幾つか出てくればね、日本の経済もよみがえる可能性がある。

 格差社会反対という、落ちこぼれをどうやって助けるかというのも大事だけど、成功事例の足を引っ張る必要はないじゃんと。成功事例を寄ってたかってたたく必要もないじゃんと。

 成功事例はみんなの希望の光で、成功事例がなくなるともうみんな気落ちするよ。(プロゴルファーの)石川遼が出てきたといったらさ、みんなで足を引っ張るんじゃなくて、おお、すげーなと言って褒めたたえないかんわけじゃん。ダルビッシュが出てきた、おお、すげーなと言って、うんじゃあ俺も野球頑張ろうとなるわけですよ。

 だから、僕はそういう成功事例をジャパニーズドリーム、ジャパニーズヒーローだと褒めたたえるような社会にすることが一番大切だと思う。」

本当に立派な方だなと思います。何もないことが幸せなのではなく、山坂を乗り越えながら勝ち取っていく。目指すものに向かって真っすぐに進む。こうした方には「群れない」という共通点があるように思います。

あるブラジルの方の言葉を思い出します。「真の平和とは紛争がない状態を指すのではなく、正義が存在することを意味します。正義とは、戦争、貧困、差別という不安定で悲惨な現実に立ち向かい続ける精神にほかなりません。正義によって平和はその力を十全に発揮し、人々の痛みや苦しみを打ち破ることができます。平和のための闘争とは、人種や民族、信条などで差別することを許さないという人権闘争でもあるのです」人を差別という呪縛から解き放たち、人の自由を広げていくこと。正義の精神、平和への闘争。

人間や人間社会のレベルを上げるというのは、権利や財産を拡大するなどということでなく、こういうことなのだろうと思います。

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