安全・安心の横浜へ 「何を言ったかでなく、何をやったか!」

公明党 横浜市会議員(青葉区) 行田朝仁 (ぎょうた ともひと)

傲慢の帰結について 2664

未分類 / 2014年2月21日

昨日は終日予算委員会関連の打ち合わせ。

最近、小中学生でも間違えないような社会常識を間違え、謝罪、訂正する報道番組が多くて心配になります。前政権がじわじわと終焉に向かっていることを感じさせたのは、謝罪、訂正、取り消しの繰り返しでした。ここのところ現政府関係者のそれが気になります。内容にもよりますが、謝ったり訂正すればいいというものではないと思います。

私のような末端の市会議員が耳にする街の声の多くは、戦後の日本にとって日米安保が平和の礎であり、経済発展の原動力とするならば、サンフランシスコ平和条約や東京裁判の捉え方も米国と一致するのではないか。友好国であり同盟国であるならば、議論はしても、相手が困るようなことはしない、言わない。これら一般的な話かと思いますが、どうなのでしょう。どのような社会を求めているのか。結果としてどのような国民生活になると考えているのか。政治に絡む色んな所でいろんな発言がありますが、安全・安心、心や生活の豊かさを政治に求める大多数の国民の願いに応えて頂きたいです。

先日、日経コラム「大機小機」が「傲慢の帰結」と題して指摘していました。

「2007年に事故死した米国のジャーナリスト、デビッド・ハルバースタム氏が出世作「ベスト&ブライテスト」で描いたのは、ケネディ政権に集まった全米有数の俊英たちが、なぜベトナム戦争という愚挙にはまりこんだのか、だった。

 そこで導き出されたのは「傲慢」である。世界屈指の歴史家、外交専門家、行政マン、経営者……。その自分たちが間違えるわけはない、という傲慢のワナに陥った政権が、戦争の泥にはまり込んでいく。

 そのハルバースタム氏に教えを受けた米ワシントン・ポスト紙の名物記者、ボブ・ウッドワード氏の近著「政治の代償」も、オバマ政権が「傲慢」によってレイムダック化していく過程を追っている。

 しばらく前、関西で開かれたセミナーで、韓国サムスン電子に勤務していた人の話を聞いた。サムスンではすでに「日本に学ぶべきものはもうない。これからはドイツだ」というわけで、頻繁にドイツへ視察団を出しているのだという。

 日本モデルが古くなっているのは事実としても、バブル経済全盛期に「もう米国に学ぶものはない」と公言してはばからなかった日本人に少し似ている。

 安倍晋三首相は先週、集団的自衛権の行使に関する憲法解釈について「最高責任者は私。私が責任をもって、そのうえにおいて選挙で国民から審判を受ける」と述べた。「法制局長官が政府の意向に従わないなら、長官のクビを切ればいい」が持論だった小沢一郎氏と、あまり変わらない。

 さらにさまつな事例になるが、大阪市では橋下徹市長の「自作自演」による出直し市長選が実施されようとしている。

 議会運営がうまくいかないので、改めて民意を問おうということのようだ。選挙で橋下氏と戦えない野党も情けないが、議会が行き詰まるたびに「選挙民に聞いてみようじゃないか」と居直られては、市民も早晩、うんざりするだろう。

 選挙で大勝する、世論の高い支持を得る、誰をも論破できる優れた能力をもつ――。そうした果報者を誰もが羨むが、悪魔も、見逃さない。

 おまえは選ばれた者だ、ひとの言うことなど聞く必要はない、とささやくのである。多くの善良な人間が、それを真に受けて「傲慢」になり、破滅する。」

気をつけるべき指摘だと思います。