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バックナンバー 2013年 9月

昨日は区内の運動会や防災訓練に伺いました。秋晴れのいい天気。行って話を伺うと課題が見えてきます。

帰りに近くのスーパーに寄りましたら、目についたのが輝かく北海道のサンマ。一尾138円。調理するのは私ではありませんが、迷わず購入。「またサンマか」と言われそうですが、「今が旬」というのは近いうちに終わるわけでして、それがまた価値を高めているようにも思います。

旬といえば、終わりましたが「半沢直樹」。今、輸出の動きがあるそうです。日経新聞が伝えていました。

「今年のテレビドラマで最高の視聴率をたたき出した「半沢直樹」。TBSテレビ系で放送され日本一有名な銀行マンとなった主人公の半沢直樹が、ついに海を渡る。10月中旬から台湾を皮切りに、アジアの他の国や地域でも放送される見通しだ。TBSテレビは視聴率の低迷にもがいてきた。ただ再び人気ドラマを量産できる体制が整ったことで、今こそアジアに攻め込む好機とみる。CMスポンサーとなる日本企業とタッグを組み、広告とセットでコンテンツを現地に売り込む斬新な手法にも挑む。アジアを舞台に、「ドラマのTBS」と呼ばれた名門の復権をかけた同社の戦いが始まった。」

(中略)「アジアの新興国では、日本の放送局が持つ番組の企画力や制作力が改めて見直されているという。各国では経済成長に伴ってチャンネル数が増えているものの、放送できるコンテンツが「質」「量」ともに十分ではないためだ。こうしたアジア各国のニーズをいち早くうまくとらえたのが韓国ドラマ。集中的に放送枠をおさえて一定の認知度をあげたことはよく知られている。」

(中略)「日本の地上テレビ放送の番組は、輸出金額が63億円(2010年、総務省調べ)と韓国の半分以下にとどまる。日本のコンテンツ市場は米国に次ぐ世界第2位の規模を誇るにも関わらずである。「日本は韓国の約10倍の市場規模がありながら、テレビ番組の輸出額は3分の1程度」。総務省の「放送コンテンツ流通の促進方策に関する検討会」は今年6月、コンテンツ市場の中核を占めるテレビ放送の課題をこう指摘した。検討会は著作権処理の円滑化など輸出促進の必要性を強調するとともに、「5年後(18年)までに放送コンテンツの海外事業売上高を現在の約3倍に増加させる」との目標を掲げた。」

観光振興もそうですが、日本の高いポテンシャルが活かされていないひとつの分野かと思います。民間だけでなく、国としてそれが「なぜなのか」という総括なしには同じことを繰り返す可能性があります。 

(中略)「ドラマで主人公は、見せ場に必ずこう見えを切った。「倍返しだ」――。話題となったこの決めゼリフは、そもそも金融業界でライバル銀行からある会社への融資を取り返し、2倍の貸出契約を新たに結ぶ営業用語だという。日本国内の視聴率争いでは苦戦続きだったTBS。アジアという新天地で波に乗り、晴れて「倍返し」となるかどうか。」

輸出も続編も、またこれからが楽しみです。

昨朝、中区での会合のため電車で移動。下車して日本大通りを歩いていますと、目の前を通り過ぎる高級車。縁のない話ではありますが、周辺にはいくつかの高級車ディーラーがあります。

当然ながら、外車の場合も日本の規格に合わせて製造され、各種手続き、税金も支払われ、車検も通してはじめて公道を走ることができます。規制をかける公の側には、それらに報いるための責任があります。道路の整備もそのひとつ。

昨日の朝日新聞に悩ましい記事がありました。

「イタリアの高級自動車メーカー、ランボルギーニ社のスポーツカーが愛知県尾張旭市内の市道を走行中、道路のくぼみで車体に傷がついたため、市は修理費約200万円を支払うことになった。市が加入している損害保険から支払われる。

 26日の市議会で関連議案を可決した。

 市によると、この車は8月14日午後3時ごろ、同市東名西町の市道で、すり鉢状のくぼみにはまった。路面は見た目は平らだが、長さ約4・5メートルにわたってへこみ、最大の深さは約8センチ。ここを通過する際、車体の底を保護するアンダーパネルと前後のバンパーが傷ついたという。車は車検を通っていた。

 弁償する修理費は201万2500円。既に車体の修理は完了し、道路の補修も済ませたという。」

多様な議論を経て議決されたものと推測されますが、こうした事態は各地にこれまでも多々あるのではないかと思います。憶測で恐縮ですが、話し合いで明るみに出ていないこと、仕方がないとあきらめること、泣き寝入り等々、そうしたこともあるのではないかと思います。

一方、全国的にも社会保障費の急激な伸びと、伸びない税収の財政状況の中、行政が昔のように人とカネを投入し、ほぼ完ぺきな道路管理を実現できるかどうか。今も土木事務所などでも日頃から道路チェックをして回っていますが、減らしてきた人や予算での対応には限界があります。私なども連絡することがありますし、時に市民の方からの連絡を受けて道路の穴などを補修するケースが多々あるのが現実です。

行政、警察と市民の協力なしに安全な道路の維持管理は私は難しいと思います。現在でも自治会・町内会等の地域の声、学校、スクールゾーン協議会などから要望や指摘があり、そうした声に適宜対応できることが望ましいわけですが、現実は厳しいものがあります。

このニュースのような対応は時と場合によるとは思いますが、日頃から市民と行政がつながり、公共施設のメンテナンスなどの課題を解決する仕組みが求められます。こうしたことは「ガバメント2.0」と呼ばれ、千葉市で導入されています。各地各様の事情があるかと思いますが、良くするための使いやすい仕組みの構築が必要だと思います。

千葉市HP 「ガバメント2.0」

http://www.city.chiba.jp/somu/shichokoshitsu/hisho/mes-tf53.html

昨日は決算特別委員会に向けた質問調整。これから質問当日まで連日続きます。

一昨日、日テレのニュースZEROを見ていますと、新作映画「謝罪の大様」が米国でも受けている様子を紹介しながら、文化の違いを表現していました。

「アイム・ソーリー・ルール」。全米50州中36州で制定されており、ニューヨーク州では来春制定予定とのこと。米国では謝罪した方が悪いとされる文化の中で、謝らないのが通常ですが、このルール、例えば、交通事故でぶつけた方が謝罪しても、裁判の時の参考にはならない。相手のことを想って心を使うためのルール。同番組の街中アンケートでは、日本人は40人中35人が日本人は謝りすぎと感じているそうです。

確かにそのように感じますし、映画も見てみてたい気がしてきました。

この米国の法についてに岡山県の作花知志(さっかともし)弁護士が約2年前のご自身のブログで説明されていました。わかりやすいのでご紹介します。

「アメリカは訴訟社会だ,と言われています。実際に,弁護士の数だけを比較しても,約2万人の日本に対してアメリカでは100万人以上の弁護士がいる,と言われています。訴訟の数が多いこと自体は否定的なことではないと思うのですが,訴訟プロセスを経る必要のない紛争までが訴訟となっていたり,将来訴訟となることの恐れから,逆に早期の紛争解決が阻まれているとしたら,やはりそれは社会として考えなければならないことではないでしょうか。

実際,私が以前読んだ本では,アメリカ人の男性と結婚した日本人の女性が,結婚後アメリカに住むようになり,最初に夫から言われたことが「例え君が交通事故を起こしたとしても,絶対に謝ってはいけない。”I am sorry” と言ってはいけない。」ということだった,と書かれていました。

日本は古来から農耕社会であり,集落で水を共同使用しなければその集落自体が滅んでしまうことから,個よりも和を大切にする社会となった,と言われています。

それに対して,日本が明治維新以来導入してきた欧米の法律制度は,狩猟社会におけるそれであり,権利を主張しなければ生き延びることができない社会でのそれである,と言われています。日本人が欧米から輸入した「権利」「義務」という言葉に対して,感覚的に違和感を感じる人が多いと言われるのは,そのような理由ではないかと思います。

さて,「権利」を主張する訴訟社会のアメリカでは,上でご紹介したように,何があっても謝ってはならない,謝ったら最後,責任があることを認めたという訴訟上の証拠となってしまう,と言われている,ということですが,そのような風潮に対して,アメリカの社会そのものから反省の動きが出されています。

それは,米国の各州で「アイムソーリー法」という新法が施行されるようになっているのです。「アイムソーリー法」とは,事故が起きた場合,「ごめんなさい(アイムソーリー)」と謝っても,それが訴訟における証拠とはならない,後で訴訟となっても,謝ったことから不利にはならない,という法律です。

アイムソーリー法制定のきっかけではないかと言われている事故があります。それは,少女が自転車に乗っていた際に自動車にはねられて死亡するという事故で,その亡くなられた少女の父親が,加害者の運転手に対して何度謝罪を求めても,訴訟で不利になることを恐れた運転手は,それを拒んだ,というものです。

実はその亡くなられた少女の父親は,州上院議員だったそうなのですが,自らの辛い経験を通して,「アイムソーリー」の一言も言えない社会は社会の理想とは懸け離れていると考え,立法化の働きかけを行い,実現されたのだそうです。その後各州で立法が行われ,2001年の1月にはカリフォルニア州での立法が実現されています。

愛する娘を亡くした父親の心の痛みが,社会本来の姿を実現した,と言えるのかもしれませんね。

プラトンは,「人は,飛ぶことを覚える前に歩き方を学ばなければならない」と言われたそうです。

法律は社会が幸せになるために存在するのですが,本当に社会を変える法制度とは,難しい法律用語が羅列されたものではなく,誰もが感じる目には見えない大切なものを実現するようなものなのだと思います。

アメリカの「アイムソーリー法」の試みは,私達にそのことを教えてくれているように思うのです。」

農耕民族の日本人が狩猟民族化している話もなるほどです。勉強になりました。

東北の星が輝きました!楽天イーグルス初優勝!東北の期待の星の活躍。多くの被災地の方々に、東北の方々に歓喜をもたらしました。おめでとうございました!

昨日は朝から市役所。運営員会などの後、本会議が開かれ各種議案の採決が行われ、最後に決算特別委員会が設置されました。私は決算第二特別委員会委員に選任され、資源循環局、文化観光局関連の質疑に立つ予定です。

終了後、地元に戻り党支部会。明年、結党50周年を迎えることの意義や今後の活動について。また、私からは市政報告、区政報告とともに、介護保険制度に関する身近な課題と対策、横浜市立中学校におけるスクールランチ導入検討につき報告。活気ある会合となりました。

今日も頑張ります。

段々と涼しくなってきまして「きんきんに冷えたビール」でなくてもいいかなと思うこの頃。昨日午後、市民の方から地元のファミレスでお話を伺う際に「ざっくりとした説明」を頂いた後に対応について検討しました。

昨日の出来事をそのままに書いたわけですが、普段から何の気なしに使っているこの言葉の使い方、どうなのでしょう。時代と共に変化している様子を各紙が伝えていました。

一昨日、文化庁が昨年度の国語に関する世論調査の結果を発表。産経新聞によりますと、近年、耳にするようになったこうした表現を使う人は3人に1人。文化庁は「従来の使い方から派生したもので、すでにマスメディアや日常会話に広く登場している。新たな用法として定着する可能性は高い」としているそうです。

十分に冷えた様子を「きんきん」と表現したことがある人は34%で、使わない場合も含めて聞いたことがある人は76%。世代別に見ると、最もよく使うのは30代の62%。サラリーマン世代の20~40代は過半数が使う一方、60代以上は13%で、世代間の差が見られたとのこと。

「ざっくり」を使う人は38%で、聞いたことがあるのは71%。編み目が粗いことを表す際に使われていたものが、大ざっぱという新たな意味につながったようだとしています。

私はどちらも使います。「ざっくり」を私が使い始めたのは20年以上前に会社に入ってから。上司がよく使っていたのがきっかけでしたが、今思えば「ざっくり」でよかったのかどうか、、、。

言葉の意味の理解度も調査。共同通信によりますと、物事の肝心な点を確実に捉えるという意味の慣用句を「的を射る」と正答したのは52%。過半数が「的を得る」と間違えた03年度調査に比べ正答率が13ポイント上。とっておきの手段の「伝家の宝刀」は04年度より14ポイント多い55%が正答。男性の正答率は73%だった一方、女性は39%。 「天下の宝刀」との間違えは32%。

両方とも何とか合ってました。

文化庁は「正答率が上がったのは過去の調査で話題になった影響だろう。『伝家の宝刀』は野球中継などで使われ、男性にはなじみが深いのではないか」とのこと。

ある事柄の勢いを増すような行為をする意味の「流れにさおさす」を正しく理解していたのは23%。力量に対して役目が軽すぎることを表す「役不足」は42%。いずれも半数以上が正反対の意味と認識していた。

気を付けて使いたいと思います。

昨朝、ある地元の企業へ。人力で処理してきた工程を機械を使って業績を向上させてきた同社。昔に比べれば人に頼る部分は大幅に減りましたが、体力を必要とする労働環境の中、人材が定着しにくい状況もあって機械なしに成り立たない現状。一方、一般的には仕事がなくて困っているという声も多々あります。バランスが難しい。いずれにしましても、こちらでは人間が行う仕事がなくなるわけではないようです。
 
人手不足といえば、よく指摘されるのが介護の現場。処遇の改善等が求められていますが、公明党としても機械でサポートできるようにと「介護ロボット」の開発・導入を促進してきました。 
   
朝日新聞によりますと、内閣府が実施した「介護ロボットに関する特別世論調査」で、約6割の人が在宅で介護する時も、受ける時もロボットを利用してみたいと考えていることがわかったそうです。内閣府や、介護ロボットの開発を推進している経済産業省は「市民の期待は予想以上に高い」としています。
 
調査は8月1~11日に全国の20歳以上の男女3千人を対象に実施。1842人(61・4%)から有効回答。
 
介護をする際に介護ロボットを「利用したい」と答えた人は24・7%、「どちらかといえば利用したい」は35・1%と、合計で59・8%。介護される側になっても、「利用してほしい」、「どちらかといえば利用してほしい」が計65・1%。
 
いずれも高い水準で、これから利用の拡大とともにロボットの長所・短所が理解される中、益々比率が向上していくものと思われます。
 
一方、共同通信によりますと、全国9つの福祉事業団体が国の補助を受けて10月から、歩行補助のロボットスーツや介助リフトなどを介護施設に貸し出したり一般展示したりする活動を始めるそうです。
 
国の後押しによる介護ロボットの大掛かりなPR事業は初めて。高齢者の自立支援や介護者の負担軽減につながる技術が介護現場の人手不足を補う切り札になるか、注目されます。9団体は、事業に応募して選ばれた北海道から九州までの公的機関だそうです。
 
例えば、先日伺ったのが排泄処理ロボット。一日6,7回程度の作業を要するとされる排泄処理。体を起こしたり動かしたりと大変な作業なわけですが、ここにもロボットが登場。1日1,2回機械をきれいにするだけで処理できるようになったようです。コストが問題だったのですが、介護保険が適用され月五千円程度のリース代になるようで、心待ちにしている方々がいらっしゃいます。
 
施設や介護を必要とするご家庭では心待ちにされています。益々の製品開発と利用拡大に期待するところです。

「暑さ寒さも彼岸まで」とのことわざの通り、秋分の日の昨日は季節の変わり目を感じる一日でした。

昨日は終日区内で活動。人それぞれの人生があります。幸せを願う人々の前に各人各様の壁があります。私も色々あります。いかにして乗り越えるか。それもまた人それぞれですが、共通することは一歩を踏み出す勇気ではないかと思います。

日曜ドラマ「半沢直樹」全10回が終了。勇気をもって自らの信念と正義を貫く姿への共感とともに、早速、続編への期待の声が多数寄せられているそうです。それほどのものとは知らず、私は最後の3話だけ見たのですが、確かに面白かったです。初めから見たかったと思いますが、あとの祭り。世代を超えて多方面からその魅力について評価されていることに納得です。

昨夜、ある大学の教授と懇談。話題は株主の要求と効率化。種々お話を伺いましたが、JR北海道でのずさんな線路管理による事故や最近テレビのテロップなどでの間違いの多さなど、効率の追及により社会が保ってきた品質の劣化が懸念されます。それと共に社会のモラルの劣化も連動しているように見えます。

社会の多くの場所で、今は過去の遺産で何とか支えられているものの、ある一線を越えると事故として表れてくる現実。

様々な場所で、様々な立場で、勇気ある一歩が求められているのではないかと思います。

昨日は朝から母校の大学での同窓会に参加しました。懐かしい顔との再会は人生の原点を振り返る大きな力になります。

嬉しい話をたくさん耳にしました。その中でも読売ジャイアンツがリーグ優勝を飾りましたが、それを決定したのが同窓のヤクルト・小川投手。ハーラートップタイに並ぶ15勝目を挙げました。プロ野球選手の活躍も多くなってきました。日ハムのレギュラー小谷野選手や控えが多いものの阪神の田神選手はゼミの後輩。日ハムの大塚投手も一軍マウンドに立つ機会が増えてきました。その他、プロ選手も多数活躍されています。皆さん後輩になりますが、大きな励みになります。

同窓の集いで卒業後の活躍報告をしたのが、国連職員として活躍し今は世界銀行の要職を担う佐藤さん(女性)と漫才コンビ・ナイツの塙さん。並々ならぬ努力と深い人生の体験に裏付けられた現在の活躍。勇気を頂きました。

大学構内を回ると、現代マスコミ論講義の予定が目に入りました。日本を代表する錚々たる面々。校舎のみならず、中身も益々充実した姿を誇りに思いました。

しかし、どれだけ母校が発展しても、大事なことは、私自身の現場で、私自身がどのような人生を送るか、私自身が成長していくことができるかどうか、ということかと思います。

今日よりまた新たなスタートを切って参ります。

昨朝、区内での対話で消える商店、変わる街並みについてが話題に。外国人観光客の目的地として商店街も注目されているとの情報もありますが、その存続が危惧されるとの情報は絶えることがありません。地域活性化策のひとつとして観光振興が挙げられますが、そのためにも住んでいる人々にとって地域がより良くなること共に、外国人のニーズに応えることも大事なことです。しかし、そのニーズとは如何なるものでしょうか。
 
数週間前のニューズウイークに仏フィガロ紙のレジス・アルノー記者が「『建築のジェノサイド』に気づかない日本の不幸」と題し寄稿していました。ひとつの視点かと思います。
 
「鎌倉を世界文化遺産に登録しないように-ユネスコ(国連教育科学文化機関)の諮問機関イコモス(国際記念物遺跡会議)がそう勧告したことを受け、鎌倉市長と神奈川県知事は会見で無念さをにじませた。
 
鎌倉市当局は中世の都市としての「物的証拠が不十分」と指摘されたことを認め、私にこう説明した。人類の遺産として保護する価値があると世界に認めて欲しいのは、鎌倉をとり囲む山々とその麓に点在する寺院や遺跡だ。そこに日本独自のサムライ文化があると自分たちは考えているが、イコモスにはその意図が十分伝わらず、「武家の古都」とする根拠が不十分だと判断された、と。
(中略)
シャネル日本法人の社長で作家でもあるリシャール・コラスは長年鎌倉で倉氏、この古都をこよなく愛しているが、敢えてこう苦言を呈する。
  
「鎌倉の素晴らしい日本家屋の多くがこの10年ほどで姿を消した。良くても後30年で完全に失われるだろう。醜悪な近代的建築物の中に埋もれる大仏とわずかの寺社以外には、日本の古都の面影は消し去られ、鎌倉はディズニーランドのような作り物の観光地になる。だから、ユネスコは鎌倉の世界文化遺産登録にノーを突きつけたのだ」
 
コラスは鎌倉で、地元の名匠たちの手になる伝統的な日本家屋を建てた。本来ならこれは日本人がやるべきことだ。
   
その後、同氏は鎌倉、京都などにおける街づくりの問題点を指摘した上で、次のように締めくくる。
 
「日本はクールジャパンと称して、独自の文化を盛んに世界に売り込んでいるが、独自の文化を本気売る気はなさそうだ。今の政府は自国の伝統に誇りを持つことを旗印に掲げている。安倍首相は「美しい国、日本」をつくると誓った。ならば、歴史的・文化的に価値ある地域を不動産開発から守るべきだが、政府はそうした努力を怠っている。
 
このままでは美しい日本は跡形もなく消え去り、日本を訪れる外国人旅行者はがっかりするだろう。悲劇としか言いようがない状況だが、日本の政治家はその重大さに気付いていないようだ。」
  
「ジェノサイド」とは殺戮とか末梢するなどという意味で、かなり激しい表現になっていますが、それほど日本のことを好きだということかと思います。こうした言葉に母国の価値を改めて確認した次第です。

昨日は午前中に以前から懸案となっていた地元の市民相談を受けた後、市役所で決算委員会関連打ち合わせ、市会運営委員会など。本定例会でも地域の安定を求めての議論が続いています。

資源循環局関連の打ち合わせでは、ゴミ削減計画「G30」が大幅に前倒しで達成した原因について、結局は心ある地域の市民の大変なご協力があってこそ実現したとの話。現在はゴミの発生抑制やCO2削減などでゴミの総量を減らすことを目的とした「ヨコハマ3R夢(スリム)プラン」を推進中。様々な課題を抱えながらの推進ですが、市民の皆様による効果を含めた計画の認知、行動によるご協力なしに実現することはありません。

※3R(リデュース:発生抑制、リユース:再使用、リサイクル:再生利用)

本プランでは、「横浜の未来」と題した廃棄物行政における将来ビジョンも策定されています。その1項目目に「みんなが協力し合い、誰もが3R行動を実践する環境配慮型のライフスタイル・ビジネススタイルが定着している」とあります。ゴミの総量削減も環境対策も市民の理解とご協力が基本になります。

昨日の公明新聞コラム「北斗七星」が取り上げていました。

「大手生命保険会社の調査で「何歳まで働く予定か?」との問いに、70歳代の約3割が「75歳以上(生涯現役含む)」と回答。高齢社会白書は65歳以降も仕事をしたい人が4割超と伝えた。引退世代に入っても、働き続ける意欲の旺盛な人が少なからずいる点が興味深い。

他国に前例のない少子高齢社会に突入したこの国では年金、医療、介護など社会保障にかかる費用が今後、増え続ける。一方で財政再建は待ったなし。そもそも来年4月に予定される消費税率引き上げは、この分を社会保障費に充てるとの判断から来ている。

もちろん、消費税率を上げるだけでは難題は解決しない。本来、稼ぎ手となる世代が減っていく中で、どうやってこの国を維持していくのか。一つのカギになりそうなのが、自らの地域は自ら守り支える住民自治の再構築だろう。

ソーシャルキャピタル(社会関係資本)という概念がある。①人と人とのつながり②信頼③お互いさまの意識。

この三つの状況が良好だと、地域は安定する。

行政には住民が安心して暮らせる基盤を提供する役割があるが、財政が膨らんだ背景に、過度の行政依存があったことは否めない。これからは住民が積極的に地域や社会に関わる流れをより強く、太くする。今よりも生きがいとやりがいのある世の中になるはずだ。」

指摘の通りかと思います。個人のかかわり、人のつながりを強くするための仕掛けは大変重要。市でも様々な取り組みを行っています。ゴミの削減ひとつとっても「お互いさま」や「つながり」といったことは大事な要素だと思います。

国と地方も市内における域内分権もそうですが、仕組みづくりと権限・財源の分権改革はセットで進めなくてはなりません。

真の目的を忘れて、手段が目的化した場合によくあるのが中途半端。これは一番よくないです。

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