Archive for 2010年 2月

公明党の旗を掲げて

藤岡市内を中心に街頭演説

今日も街頭に立たせていただき、斉藤議員と玉村の石内議員と共に公明党の旗を立てて街頭演説を行いました。毎日できればよいのですが、なかなかそうもいかず、一回街頭に出たときは、場所を変えつつ数箇所で演説を行います。恒例となっており、この活動報告でも毎月のようにご紹介させていただいていますので、いつもご覧いただいている皆様には「またか」と思われるかもしれません。しかし野党となった公明党にとって大切なアピールの場と考え、力を入れて取り組んでいます。また、日夜献身的に動いていただいている党員・支持者の皆様にお応えするためにも、私たち議員がしっかり頑張っていかなくてはなりません。これからも演説内容に磨きを掛けつつ、街頭に立ってまいりますので、見かけたときにはご声援のほどよろしくお願いいたします。次は20日に予定しています。

視察報告 愛知県新城市

議会運営委員会で議会改革について先進事例を調査

 議会運営委員会の行政視察で愛知県新城市に行ってまいりました。新城市議会は議会改革に取り組んでおり、「議会基本条例」の制定に向けて議論を進めています。それに先立ち、議員間の討論の場としての「全員協議会」の設置、常任委員会で請願・陳情を審査する際に提出者の意見を聞く機会を設ける、一般質問における執行部の「反問権」の導入、委員会で行政視察を行った後に市民に対する「視察報告会」を開催する、定数削減を決める際に全市で地域別に「タウンミーティング」を開催する、ケーブルテレビ・インターネットでの「議会中継」を行うなど、多彩な取り組みを行っています。すでに議会基本条例に盛り込むべき事項の多くは実行されているといっても過言ではなく、現在合意形成に取り組んでいる段階であるということでした。実際に改革案の取りまとめに尽力し、本会議の現場にいる議長・副議長のお二人にも同席していただき、質問にも答えていただきました。

 議会基本条例の必須条項は議会報告会の開催により、市民の意見を議会全体として聞く機会を設けること、請願・陳情を市民の政策提言と捕らえ、請願・陳情者の意見を聞く機会を設けること、そして議員間の自由討議の場を設けることの3つと考えます。藤岡市議会で条例として明文化するかどうかは議論の分かれるところかと思いますが、市民に開かれた議会、活発な議論が交わされる議会として市政の発展と市民生活の向上のために全力を上げていく必要があることは異論の無いところだと思います。私もその実現のために行動してまいります。

 「反問権」は余り知られていないかと思いますが、一般質問は議員が執行部に対して質問・提案し、執行部が答弁するものですから、執行部側から議員に質問することができません。しかし反問権を認めることで、議員が質問していることに関して執行部が議員に対し反対に質問できるのです。これは使い方によっては執行部が議員に対して反論し、議論を挑むことも可能です。新城市議会では19年12月議会での導入以来4回反問権が行使されていますが、議員の質問の趣旨や内容を確認するものが2件、質問に対して議員の認識や考え方を確認するものが2回ということで、新城市執行部は抑制的に対応しているという印象です。藤岡市議会ではこういったことを執行部側が確認したいときは、議長に休憩を求めて議事進行を一回止め、休憩中に確認しています。反問権があれば議事進行がスムーズになるということは事実と思いますが、ただそのためだけに諸刃の剣を導入する必要があるとは思いません。本当に反問権の導入を考えるならば、地方分権の流れの中で、議会はどうあるべきなのかという根本的な議論が欠かせません。そういった作業の上で紡ぎだされた認識・合意が議会全体と執行部に共有されないと、混乱を生む危険が大きいと思います。これは議会側だけの問題ではなく、執行部にも議会の役割に対しての正しい理解が必要で、建設的な議論を深めるために行使される「反問権」でなければならないと考えます。

 研修終了後は新城市設楽原歴史資料館を見学し、戦国時代の歴史と文物に触れることができました。ここは有名な「長篠の戦い」の舞台です。私たちが歴史を学校で学んだ頃の通説は、勇猛な武田の騎馬隊が大群で押し寄せるのを、織田軍が当時の最新兵器である3千挺の鉄砲の3段撃ちで壊滅させたというものでしたが、近年の研究では両軍共に誇張があるのではないかとの説が強くなっているということです。確かに通説どおりの戦闘が行われたとしたら、映画「影武者」で描かれたように広いフィールドが必要だと思います.しかし冒頭の写真で雰囲気だけでも感じていただければと思いますが、実際に見た設楽原は野山が複雑に入り組んだ、ごく狭い地形でした。確かに織田は大量の鉄砲を用意し、武田の騎馬兵の錬度は高かったのでしょうが、実際の戦闘は構築された陣地を、突入を繰り返す武田軍を個々に狙撃して守りきった織田・徳川軍と、部隊単位に突入を繰り返すも陣地を破れず鉄砲の餌食となった歩兵中心の武田軍という図式だったのではないかとのことです。

 先進事例の調査も歴史研究も、共に書物やインターネットでもできるわけですが、実際にその地へ赴き、人に会い、現場に立ってはじめて実感できるものがあると感じます。日々の議員活動においても、現場第一主義で頑張ってまいります。

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