バックナンバー 2011年 7月

31日(日)午前8時 田宿川たらい流し川祭りが開催されました。毎年、今泉小学校4年生が参加し昨年は二男が参加しました。

開会式終了後に今年はなぜか参加した全議員?がたらいに乗ることになり自分も初めての挑戦となりました。そのつもりで来ていないためほとんどの議員の顔には不安の色が・・・。

栄町公園からたらいに乗り込みましたが後ろでザブンッと何やら音が、振り向いてみると同じ会派の高橋議員が川の中にひっくり返っていました。全員が乗りこみスタートラインに。スタートの合図とともにまた高橋議員が川の中にひっくり返って落ち、観客の盛大な笑いを取っていました。さすが学生時代に落研だっただけに笑いのツボを心得ています!?

途中で、後ろ向きで竹竿で川底を押して進むんだよと教えられなかなか気持ちよく楽しんでいると、先の方からグルグル回してやれとの声が・・・。見ると吉原二中の男子生徒が二人川の中で不敵な笑みを浮かべて待ち構えています。逃げることもできずグルグル回されてしまいました。

ようやくゴールの親水公園の護岸が見えたところでまたまた二中生の集団に「今日は防水仕様で来てないからやめてくれ」と叫びましたが思い切り水を掛けられてしまい頭の先からスーツのズボンまでずぶ濡れにされてしまいました。

高橋議員や井出議員は着替えも持ってきていないためずぶ濡れで車の運転どうしようと途方に暮れていましたが自分は歩いてずぶ濡れのまま帰宅しました。

来年は今年の反省を活かして相応の準備をして参加しようと思います。

26日(火)岳南排水路管理組合議会議員の視察が行われました。

午前9時から岳南排水路管理組合事務所で岳南排水路の概要と23年度予算の説明が行われ、10時からは視察箇所の工事の概要と工法の説明を受け、同管理組合事務所北側の岳南3号第4排水路管渠更生工事の現場に移動し、順次マンホールの入り口から管内に入りました。

今回入った管は内径1,800ミリで各自が持つ懐中電灯で足元を照らしながら進みました。

管内で説明のあったダンビー工法の実際の施工個所でさらに具体的な説明を受けてきました。菅渠の更生はもとより耐震性の向上も図られるものです。岳南3号は主に興亜工業・大昭和板紙吉永工場・ジャトコなどからの工場排水が流れているものです。

25日(月)午前5時より29日(金)午後5時まで富士宮から富士市内の各所で排水路の工事や点検のため交通規制が行われています。またこの間は、各工場は排水が止められているので操業を停止しています。

24日(日)午前9時30分に中央公園の市子連が行う「ちびっこ集まれ」のテントに集合し、準備作業を行った後に富士まつりのオープニングで東日本大震災の復興を願って2,250(ふっこう)個の風船を飛ばすために風船つくりを午前中行い、午後1時からメインステージのオープニングで来場した多くの市民の皆様にメッセージを書いてもらい、集まったジュニアリーダー(中・高校生)100名以上も参加し風船と共に飛ばしました。

オープニング後にちびっこ集まれのテントでジュニアリーダーを中心にチャレンジランキングと題して缶積みや紙ちぎり・豆つまみなど子ども向けのゲームを行いました。

今年は例年になく多くの来場者があり賑やかなブースとすることができました。

午後3時過ぎからは富士市子連ジュニアリーダーとして市民総踊りに参加し元気な団体に贈られる賞をもらうことができました。

ジュニアリーダーも本当に元気で沿道で観ている多くの方たちに元気を送ることが出来たのではないかと思います。

高校3年生はジュニアリーダーとして参加する最後の富士まつりとなりましたが最後まで1番元気に皆をリードして頑張ってくれました。

今年は、曇り空で適度に風も有りすごしやすく良かったのではないかと思います。昨年は猛暑で大変でした。

ただ、花火大会を早々に中止したことなど課題もあり来年に向け議論もあるのではないかと思います。

19日(火)午後7時より今泉地区福祉推進会主催で「東日本大震災に学ぶ」と題して住民福祉懇話会が開催されました。パネラーの富士市社会福祉協議会の職員より岩手県山田町に派遣された経験がまず報告された後に各種団体の方より様々な報告がありました。

自分も市議会の現状での対応など報告させていただきました。参加者から活発な質問や意見があり充実した会合でした。

21日(木)午前10時から富士脳研病院を会場に富士医療圏についての勉強会があり参加してきました。市議10人が参加し終了後に病院内を見学させてもらいました。県により決められている富士地域の病床数など、県西部に偏りすぎていることは以前から問題視されています。

午後7時からは、今泉地区のまちづくり講演会が「田宿川をもっと学ぼう!!」と題して富士常葉大学の藤川教授を講師に開催されました。

田宿川の湧水が富士山の伏流水としてどの辺りから来ているのかや富士地域の湧水の水質が富士山周辺の他の湧水に比してどうなのかなど大変勉強になりました。

工場などが汲み上げている地下水が富士地域の富士山が供給してくれる湧水より多く汲み上げているため塩水化していることを数字の根拠を示しながらわかりやすく話をしてくれました。

また、津波についての話も有り有意義でした。

23日(土)午前9時からはこども議会の小学生たちと中央公園で市みどりの課の職員から中央公園について説明がありこれには都市整備部長と課長も参加してくれていました。また富士川楽座内のどんぶらこ発電所で様々な発電システムを子どもたちと一緒に学習し、午後からは消防防災庁舎5階の会議室で富士市のまちづくりについて、中央公園を題材に話し合いが持たれ活発な意見が出されました。子ども達の目線にはっとさせられることや鋭い質問にたじたじになることも有りました。

17日(日)午前9時から市消防防災庁舎7階大会議室を会場に富士市子連主催・市教委共催のジュニアリーダー養成講習会が市内各校区の中学生1年生を中心に約50人が集い開催されました。

今回は、応急救護編ということで中央消防署の隊員の皆さんから三角巾を利用した応急救護について実践しながら学びました。

夏休みには多くの校区でジュニアリーダーやインリーダーの宿泊を伴った研修を丸火の少年自然の家や青年の家などで行われることから今回開催しました。

参加したジュニアリーダー達も真剣に隊員の指導を受けながら取り組んでいました。また、世話人の皆さんも一緒に三角巾を使用しながら参加していました。

18日(月)は早朝から三ツ沢にある市子連の畑の草取りをお昼近くまで汗だくになりながら行い。午後からは、4月に富士山こどもの国内に植樹した木の周りの草取りも行いました。1日がかりの作業でくたくたになりましたが気持ちの良い汗をかくことができました。

さて今朝は、女子サッカーワールドカップ感動しました。あきらめない心 彼女たちの活躍にテレビを観ていて勇気をもらいました。我が家でも女性は強い!

2日目の14日(木)は宮古市田老地区(旧田老町)に向かい、最初に三陸鉄道の田老駅に立ち寄りました。田老駅も津波の被害を受けており写真左側の赤く変色した杉の木は根が海水に浸かったために枯れてしまったものです。

三陸鉄道は北リアス線と南リアス線の2路線がありますが南リアス線は未だ再開されていなく、北リアス線も一部区間のみ営業を行っています。

田老駅のホームで田老地区の説明を受けました。明治と昭和8年の三陸大津波で甚大な被害を受け、昭和9年から高さ10メートル幅3メートルの防潮堤の建設に取り掛かり昭和33年に完成。さらに海側に同様な防潮堤を建設し、上から見るとX字型になっており田老の「万里の長城」と呼ばれたていたとのこと。陸側と海側の防潮堤の間にも住宅が立ち並んでいたとのことでしたが跡形も無くなっていました。なぜそんなところに住宅を建てたのか聞くと、平地がわずかしかなく分家や新しく移ってきた人たちが仕方なく建てたのだろうとのことでした。

その後、実際に防潮堤に移動し歩きながら説明を受けました。

田老は防災意識が強く、町並みも碁盤の目のようにして避難しやすいようにまた交差点部分は隅切りをして見通しがよくなるよう徹底していたとのこと。写真は、高台に上るための避難階段まで一直線で行けるように整備されていたところです。

X字形の防潮堤の東側を映したもので海側の新しい防潮堤がずたずたに倒壊してしてしまっています。防潮堤が倒壊しているのはこの東側の部分だけでした。

田老漁協の建物ところでは、このあたりに住民の方が避難の呼び掛けに大丈夫だと言って防潮堤の上から海を見ていて、防潮堤を乗り越えてきた津波によって多数犠牲になった場所です。

自然の威力の前に過信や油断は絶対にダメであることが分かります。

岩手県内の被災地で田老地区が最も瓦礫の撤去が進んでいるとの説明がありましたが実際に多数の重機が動いており残された住宅の土台部分のコンクリートも撤去されている様子がはっきりとわかりました。

被災地では、自治体間で瓦礫の撤去をはじめ差が出始めていることも気にかかることでした。

田老地区では、山間部にあるグリーンピアに設置されている仮設住宅も車窓からではありましたが見てきました。日常の生活をするには交通手段を含め大変さがわかります。また突貫工事で急がせたため雨漏りやアリなどの虫の侵入や雨水排水対策のため砂利を敷き詰めてあるため高齢者や障がいのある方には歩き難くバリアフリーになっていないなど問題が山積しているとのこと。

宮古市内の被害状況も見ましたが、一見被害が無いように見える市街地も信号機が未だ点灯していない状況でした。

駆け足で被災地を見てきましたが一日も早い復興を願わずにはいられませんでした。

今後、富士市の防災対策にこの経験を活かせるよう取り組んでいきます。

13日(水)・14日(木)の2日間、三陸鉄道が行っている被災地フロントライン研修に参加してきました。

三陸鉄道サイトには「私たちが視察を企画しガイドとなることで、被災地の復旧復興のための作業の円滑な実施を支援し、何よりも正確な現地情報を生でお届けすることが出来るのではないか。全国の産業界、団体などの現地視察をサポートし、案内、目的別視察地プログラム、宿舎手配などを一括コーディネートすることで、より効果的な視察が提供できるのではないか。そしてそれは、取りも直さず、三陸の新しい地域づくりのお手伝いになるのではないか、と。
「笑顔をつなぐ、ずっと・・・」 それは三陸の未来へ向けての、私たちのメッセージです」とあります。

まず向かったのは岩手県の太平洋沿岸では最南部に位置し岩手県内で最も犠牲者の多かった陸前高田市でした。

まさに壊滅状態で地盤沈下で水が引かないところも見受けられました。また県立病院では4階まで津波が来たことが報道されています。私たちが陸前高田市役所と南側の市民会館付近を歩いていた際に瓦礫を運搬していたダンプの運転手さんが話しかけてこられ「津波がきたとき自分の目の前を助けてと言いながら子どもたちが流されていった。車の中から女性が助けて下さいと必死に叫んでいたがどうすることもできなかった。水が引いた後、50キロ以上離れた自宅まで歩いて帰った」等の話をしてくれ、ただ聞いてあげることしかできず掛ける言葉すら出てきませんでした。写真は黙とうをする警察官の皆さんです。

大船渡市では駅舎が流された大船渡駅付近の状況を確認しました。写真は大船渡駅とまだ瓦礫の撤去が行われていない様子です。大船渡市ではまだ瓦礫の撤去がほとんど進んでいない状況が見て取れました。

釜石市は車窓から見ました。6月に来た時と状況は1カ月経ちましたが変わっていない様子でした。大槌町では、町役場に立ち寄りました。大槌町では瓦礫の撤去は進んでいると説明がありましたが釜石市と同様に1か月前に見た状態と変わりありませんでした。

山田町船越地区にある老人保健施設「シーサイドかろ」では現場で作業をしていた方から当時2階に全員避難し海を見ていたそうで、潮位が少し上がってきたかなといった時に突然に反対側の湾から津波が押し寄せ逃げる間もなく入所者97人中75人職員も約半数の14人が犠牲になったとのことでした。奥の屋上に白いポルシェが打ち上げられていました。

JR津軽石駅では津波で脱線した車両がそのまま残されていました。

この日は宮古市内の浄土ヶ浜パークホテルに宿泊しました。一般客の受け入れはされていなく、全国から応援に来ている警察や国土地理院などの行政機関関係者の宿泊場所になっていました。自分たちが宿泊したときは北海道警・埼玉県警・神奈川県警・和歌山県警・兵庫県警の警察官の方々がいました。食事の時(片付けも含めてすべてセルフです)に話を聞くと約10日間で交代するそうです。

部屋から見える景色は素晴らしく、とてもあのような惨状を引き起こしたことなど想像もできない穏やかな海が望めました。

今日16日から船長が命がけで守った一艘の浄土ヶ浜の遊覧船が営業を開始したと報道されていました。

12日(火)午後2時より秋田市役所議会棟会議室で「おもてナビ」について秋田市商工部観光物産課の若手職員2人より説明を受けました。

おもてナビは、秋田市が今年4月より市内の観光案内をスマートフォンを活用し日本で初めて実証試験を始めたものです。

導入の契機から実際に導入に至るまでの経緯や現在の状況など細かく説明してくれました。10月からは本格運用になるとのこと。

説明では秋田市も通過型の観光地で市内に観光客を誘致する新しい発想が必要であったこと。人口減少で個人消費が落ち込み始めておりまた中心市街地の衰退に歯止めをかけるため新たな取り組みが求められていたことなどをあげていました。

実際にスマートフォンを手にし体験しましたが高齢者の方にもわかりやすく今後様々な活用が期待できるものと感じました。

説明してくれた2人はまだ20代でものすごく意欲的で生き生きしており、富士市の観光課においても若手の職員に大胆に仕事をまかせて新しい発想を取り入れていかなければなどと感じました。

この日は秋田市役所で説明を受けた後、翌日に盛岡駅で三陸鉄道の方と合流するため盛岡市に移動しました。

11日(月)午前10時から富士宮市役所を会場に第29回富士地区農業委員会協議会総会が開催され各議案の審議の後、県富士農林事務所の職員より「農産物に対する放射能の影響について」講演がありました。

この中でセシウムはカリウムと近いためにお茶が誤認識して吸収してしまうことや土壌から根を通して吸収されるよりお茶の性質として古葉から新芽に栄養が回わされることから葉に付着して吸収されたセシウムが新葉に栄養としてセシウムが供給されたことによりセシウムが検出される結果になったこと。

3月20日から25日の間に風向きが丁度原発方向から吹き、さらに雨が降ったためにお茶の古葉に付着しその後に新葉が芽吹いたことにより新茶から検出されることになったことなど説明がありました。

また、一般公衆が1年間にさらされてよい人工放射線の限度とされている1ミリシーベルトをお茶から摂取するとなると年間67,568杯飲まなければ超えないことなど説明があり、3月下旬に県内にセシウムの飛散が観測された以降には観測されていないことから過度の心配はいらないことも説明されました。

さて今日は、3月の震災から4カ月目となりました。自分の所属する市議会光輝会公明では明日から東北地方に視察に出かけてきます。後日報告させていただきますのでよろしくお願い致します。

9日(土)午前9時から市役所10階全員協議会室を会場にふじ子ども議会~我ら!未来専隊ギカイダー~の結団式が開催され出席してきました。

子ども議会は、富士青年会議所(JC)主催で16年ぶりに開催されるとのこと。市内各地から参加した子どもたちに子ども議員承認書と子ども議員バッジが授与されるなどしてから仲間作りのレクレーションが行われ自分も子ども達と一緒に参加しました。

この子ども議会には、JC出身の小長井議員と荻田議員とともにアドバイザー議員として事前研修3回と本番そして事後研修に参加します。自分はJC出身ではありませんがPTAや子ども会活動に関わっている現職の議員として要請を受け参加します。

本番では、議場で市長と部長も出席し市議会の本会議と同様に子ども達からの質問に真剣に答弁も行われます。子ども達の提言した政策が実行されるかもしれません。

この夏、子どもたちと自分も真剣に向き合って共に研さんしていこうと思います。

この日は、午後から地元町内会の夏祭りがあり夜まで全身汗ぐっしょりでした。

東日本大震災を受け地域のつながりの大切さが叫ばれるようになり、その手段として地域の祭りやイベントに参加することの重要性が多くの災害専門家から指摘されています。

公明党広報
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