Archive for 2012年 7月

最近、市庁舎立替を反対するグループが中心になって、住民投票の運動が起こってい

る。

昨年春の市長選の結果に満足できず、このような運動に結びついているのだろう。

ある意味理解は出来るものの、市庁舎立替の賛否だけを問う「住民投票」というのはいか

がなものだろうか?

本当に23万6千人市民の命運を委ねる論点なのだろうか?

例えば、地域経済活性化のため、自衛隊基地や原発の誘致問題(今はないね。)、他市

町との合併の問題なら分かるんだけど・・・。

茅ヶ崎市の平成24年度の一般会計は620億。

今から基本設計、実施設計、竣工、供用開始まで約4年間の事業になるわけだが、その

総事業費は72億。

一般会計4年間の総計は約2500億だから、わずか3パーセント未満だよ。

その3%ために住民投票をやるの?

補強で済ませるか、それとも立て替えるのか?というフレーズだけに集約されてしまいが

ちだけど、もっと大事なことは、「安全」をどこまで求めるのか?に尽きるでしょう。

それは建物の安全だけに留まらず、市民の安全・安心につながるものなのです。

国レベルの指標では、病院や市役所は災害時に中心拠点になるべき特別な使命がある

ものとして、震度6強クラスの揺れでも、被災直後から業務が遂行できる堅固な建物が求

められている。

その耐震度がIS値0.9である。

反対派はそこまでの安全率は求めないでもよしとする主張だろうが、それならどの程度の

安全率を目指すというのか?

チラシには、耐震補強10億~20億円と書いてあるが、何故倍も違うのか?

その安全度はどの程度を見込んでいるのか?

チラシに例として出してあった、鳥取市役所は当初補強なら20億と言っていたらしいが、

もう一方では実際37億円になと言う話も聞く・・・。

茅ヶ崎の市立病院は総額180億円の大事業だった。

病院機能の他に、災害時の医療拠点にもならなければならない。

今度の市庁舎の立替計画では消防本部も入り、災害対策本部として機能の一体化も容

易に実現できる。

市民の生活が一番、立替より補強にして福祉に回すというフレーズは大変耳障りが良い

が、どこまでの安全を目指せばよいのか?

市庁舎が災害時における中心基地にならなくてはならない。

その中心拠点を確たるものにする事が、市民の生活のもっとも根幹である「安全」ではないのだろうか?

 

ここに一枚の白黒写真があります。 

今から50年前の昭和37年4月。

私の入学式終了後、クラス別に分かれて集合写真をとった時のものです。

場所は正門を入った内側の広場。

子供たちの周りを保護者が立っているのですが、その中で男性は父一人だけ。

皆、お母さんばかり。

後年、妹が熱を出したため、急きょ母の代わりに父が来たことを知りました。

子どもの入学式に父親が出席することが、まだ珍しかった時代だったのかもしれません。

私が茅ヶ崎小学校に在学した6年間(1962年~1968年)は、東京オリンピックを挟み、まさに高度経済成長そのものでした。

人も街も若く、活気に満ち溢れていたような気がします。

今のように制度が整い、物が揃っていたわけではないけれど、大人から子供達まで「明日があるさ」という言葉を信じ、ある意味とても幸せな時代だったように思えます。

あの頃の東海道線は、まだ蒸気機関車が走っていました。

平屋の木造校舎も覚えています。

いつしか蒸気機関車は消え去り、木造校舎が鉄筋コンクリートに移り変わっていく様を、私たちは子供の目線で校庭から眺めていました。

あの茅ヶ崎小学校で過ごした6年間は、まさに「強烈な成長体験」そのものでした。

父と一緒に写った入学式後の集合写真。

あれから丁度50年がたちました。

今、入学式に出席して感じる事は、「何とお父さんたちの姿が多い事か」です。

この不況の中、大変な思いで会社を休み、仕事の合間をぬって駆けつけてきたのでしょうか。

父親が子育てに参加することが、当たり前の時代になったと言う事でしょうか。

まさに成熟した社会の証です。

茅ヶ崎小学校は今年で120年の佳節を迎えられたとか。

1892年、明治25年の生まれ。

時の総理は伊藤博文です。

以来120年間、戦乱と激動の時代を黙って見てきた我が茅ヶ崎小学校。

成熟した今の社会を、どう見ているのかな・・・。

何かと忙しさにかまけてブログの更新をしていません・・・。

まずいな、と思いながらも。

ま、気を取り直して頑張ろう!

ここまで閉塞感を感じることは政治の責任は大きいです。

何をやっているのか?

「国民の生活が一番」という新党を、小沢Gが立ち上げるらしいけど

彼らがやってきた事、やっている事を見ると多くの国民は納得できないのではないだろうか?

3年前に、一度民主党にやらせたいと言った国民の気持ちは良く分かりました。

だって自公政権時代、自民党の内輪もめや衆参のねじれで毎年首相が変わり、公明党もすっかり振り回されてしまっ

た。わが党もしっかりしなくては、と思いました。

そういう中で世界恐慌になりかねないリーマンショックが勃発。

日本の不況に追い討ちをかけたものです。

閉塞感。

皆が民主党に期待した気持ちは良く分かる。

でも、経済対策もなく内に内に収縮する政策ばかり。

国民から希望や笑顔がますます遠のいた。

政治不信をさらに増長した罪は大きい。

しかし、これも国民が選択の結果なのだろう。

そしてマニフェストもいつしかなし崩しに。

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