Archive for 2010年 12月

大晦日、今日も午前10時から挨拶回り。

忙しい、又はゆっくりと新年を迎える為に休ん

でいる人達にとっては迷惑かな?と思い

つつ一人バイクで回ってました。

お昼に近かった時間、ちょうど中央公園そばの

パーク・タウンの知人を訪ねていた時に見えた

 

富士山の何と美しかった事か(※写真)

感動したね。

来年は4年に一回の審判を受ける統一地方選挙。

あの富士山のように不動にして、荘厳な人間になるために頑張ろうと、思わず手を合わせ

ました。

今日は年越しそば。

その云われは、江戸時代の商家に始まるとか・・・。

何でも大晦日の大掃除。

床に落ちた金箔を拾い集めるのに「蕎麦がき」を使ったのが始まりだとか。

今年もお世話になりました。

来年もよろしく!

 

茅ヶ崎市で43歳から没するまで16年を過ごし、茅ヶ崎の地をこよなく愛した開高建。

生まれは昭和5年(1930年の今日)、大阪の天王寺に産まれる。

大阪市立大学卒業後、27歳で「裸の王様」が芥川賞を受賞

その後1964年(東京オリンピックの年)に、朝日新聞社臨時特派員として

ベトナム戦争に従軍。

総勢200名いた世界の特派員のうち、無事生還できた17名のうちの一人

その後、べ平連に加入し反戦運動に参加するも、反米左派勢力に強く反発し脱退。

その後は過激化する左派とは距離を置き、文筆活動に。

「玉砕ける」で川端康成文学賞、「耳の物語」が日本文学大賞を受賞

その他、菊池寛賞毎日出版文化賞なども受賞している

そして無類の釣り好きでも知られ「オーパ!」、「フィッシュ・オン」など釣りをテーマにした

作品も多い。

茅ヶ崎市の「開高建記念館」。

親族の方から自宅・敷地を茅ヶ崎市に寄贈され、その後記念館として運営されている。

「ラチエン通り」の静かな住宅地の一角。

開高建のファンならずとも一見の価値ありです。

私は、今日もあいさつ回り。

夜は湘南Show点のスタッフメンバーと忘年会。

少々疲れ気味・・・(~_~;)。

 

 

全国の自治体は平成の大合併後、1.760の市区町村になった。

合併前はその倍くらいあったとのこと。

民間も自治体も占有率を高め、より効率性を追い求めている。

今、年末のあいさつ回りがピーク。

支援者の方々を回っていて思う事あり。

皆が茅ヶ崎市の財政を心配している。

自分たちの税金がどのように使われ、この先どうなのか?

市庁舎の建て替えに、莫大(約72億円)なお金をかけて本当に大丈夫なの?

第二の夕張になってしまわないのか?

等々、様々なご意見を頂く。

そういう事を、ことさら大げさに言う人がいる事も事実。

夕張市の財政破綻を教訓に、自治体が赤字を隠さないよう3年前から様々な指標が取り入れられた。

1)実質赤字比率・・一般支出から見た、実質的な赤字の比率。

(国の規制が始まるのは11.5%から)

茅ヶ崎は黒字の為、0%。

2)連結実質比率・・全支出(特別なものも含む。例えば市立病院=医療費、介護=高齢に

なった親の面倒をみるなど。)のうち、借金の総額の比率。

(国の規制が始まるのが16.5%から)

茅ヶ崎市は黒字の為、0%。

3)実質公債比率・・一般支出のうち、借金の返済比率がどの位か。

借金の返済額が支出に占める割合。

(国の規制は25%から。)

茅ヶ崎市は4.1%。(平成20年は4.6%)

 4)将来負担比率・・一般支出から見た将来世代への負担の割合。

(国の規制が入るのは支出の3.5倍=350%。※夕張市は700%。)

茅ヶ崎市は16%。

平成20年より約2%改善されてる。

そして1.760ある全自治体のうち、財政力は上から数えて67位

決して悪くはないんです。

だからと言って極楽とんぼでいたら困るけど、決して悪くは無いんだという事は訴えたい。

「今の状態は全然大丈夫!」だと。

でも、5年先・10年先の景気動向は、かのリーマン・ショックが全世界を震撼させたよ

に、誰も分からない「神のみぞ知る」の領域だけどね・・・。

42年前の今日は、かの東大が始めて「入試中止」を決めた日。

思い出すなァ・・・近所のお兄さんがそれを聞いて、泣いて悔しがってた姿を。

 

1903年12月28日。

日本海軍に連合艦隊が編成される。

司令長官には東郷平八郎が就任。

とにかく最近は「龍馬伝」坂の上の雲」といった幕末維新や明治ものが流行り。

今の日本の長期低迷、社会の閉塞感が、かつて日本の動乱期や近代国家になっていく

過程でしか現れない、一種異様なエネルギーの噴出に魅せられるのだろうか。

現在、10年連続で、3万人を超える自殺者が出る国。

その多くは男性だという。

まるで大きな戦争をしているような・・・。

月に3千人近い戦死者を出す「いくさ」が10年以上続いてるのだ。

早く何とかしないと、犠牲者は増えるばかり。

でも、何をどうすれば良いのか分からない。

誰もが、その犠牲者の多さの前に立ちすくむ。

因みに、日露戦争に於ける日本軍の戦死傷者の数、約12万人

政治家の皆さん、特に民主党の皆さん、明けても暮れても嫌らしいまでの権力闘争を見せ

つけられ、国民は政治を見放そうとしているんだよ

国民の為に何が出来るか、もっと良く考えて。

「あれもやります、これもやります」・・・国民を馬鹿にしたようなマニフェストは掲げない事。

時の総理、池田勇人首相が率いる池田内閣。

1960年(昭和35年)12月27日,「所得倍増計画」

閣議決定。

翌年より10年間を目標に、大きく日本が経済成長に向け

て動き出す。

そして、その通りに、いやそれ以上の経済大国になり、

 「一億総中流社会」皆が口にするようになった。

しかし、50年後の現在は・・・長引く不況、失業者、

雇用形態の変化、地域や家族の絆の希薄化、ドラッグのまん延、政治の迷走、うつ病、

高齢社会、少子化・・・。当時の誰が予想しただろうか?

確かに飢えることは無くなったものの、価値観の喪失、多様化も含め

失ってきたものの何と多いことか。

政治が悪いのか?教育のせいか?時代の変化か?グローバリニズムのせいか?

何を、どこをどう押せば良くなるのか・・・。

そして、現在政権を担う菅総理は、所信表明演説の中で「最少不幸社会」を目指すと

言った。

これが国家が国民に発したメッセージだ。

夢も希望もない。

50年の月日は重い。

 

 

 

その名は「シンザン」

皐月賞、日本ダービー、菊花賞、天皇賞、有馬記念を制する。

1965年の12月26日の有馬記念。

私は小学校4年生。

何故かそのレースだけは鮮明に覚えてる。(TV放送で。)

姉と一緒に観てて、すごく興奮した事を。

放送終了後、馬になった気分で姉と二人で四足になってレー

スを再現してた。

(今になって考えると、姉もかなり面白い人なんだな・・・。)

シンザンという名が恰好よくて、恰好よくて。

あれから45年。

名馬が幾多現れようとも、私の中のシンザンを超えた馬はいない。

時はまさに高度経済成長の真っただ中。

どの分野にもヒーローがいた時代。

人は無邪気に未来の明るさを信じて疑わなかった時代。

今日の、朝日新聞の一面はかなりショッキングな内容だった。

「孤族の国の私たち」というタイトル。

車の中で、アパートで孤独の中で死んでいく人

たちが増えている。

それを私も実感する。

私の知っているアパート。

全室、高齢男性の独居が占めてる。

皆、45年前は明日の未来を信じ懸命に働いていた人たちなんだろう。

「成長のツケが男性に顕著」とは、朝日新聞の文面。

やはり「男性介護者の会」を早急に立ち上げねば、と強く思う。

 

 

菅首相、小沢一郎氏に政治倫理審査会に出席を要求するも

撥ねられる・・・。

かなり緊迫した時間だったらしい。

ま、無理だろうな・・・。

迫力が違うよね、小沢さんとじゃ。

今後は再度の要請をして、やはりだめで離党勧告となるのかな・・・。

年末、年始は民主党の議員は大変だな・・・。

一般の国民には納得できないよね。

一兵卒の小沢さんに、将軍の菅さん説得して断られる・・・普通はあり得ない。

結局は小沢さんに菅さんが歩み寄って終わり。

今までのパターンはいつも同じ結末なんです。

どちらも権力欲と執着心が強い。

この国は一体どうなってしまうのだろう?

収入より借金が多いこの国の体質は、民主党政権になってから

更に拍車がかかった。

歳入が42兆円、へそくりに当たる埋蔵金の取り崩しが7億、そし

て借金に相当する国債の発行が43兆円・・・・。(埋蔵金も底をついてしまう。)

民主党が政権を取った時の公約は、ことごとく中途半端になった。

子ども手当、高速道路の無料化、後期高齢者医療制度に代わる新制度の構築、沖縄普

天間基地の県外移設などなど。

数え上げたら切りがない。

そして菅首相が就任時に言っていた「1に雇用、2にも雇用」と言っていた雇用対策はどう

なったの?

大企業の法人税を5%減税したぐらいでは景気回復に寄与しない。

やるなら日本の90%を占める中小・零細企業に、20%位の思い切った減免措置をする

べきだ。

それをやらねば雇用の創出はありません。

また、いつも党内のゴタゴタし過ぎは、かつての自民党よりひどい。

ま、それも古い体質の自民党、労組を中心にした旧社会党、菅さんにみる市民活動家グ

ループなどが同じ政党で本来組めるわけがない。

外交や重要案件が目白押しの時に、いつもゴタゴタして政治空白が多すぎる。

来年は大変な年になる予感がします!

9月議会に補正予算として出されてきた、「本庁舎再整備事業 14.327.000円」の繰越しが、議案第102号として上程されてきた。

それを我が公明党議員団は反対しました。

公明党を代表して私が反対意見を述べました。

以下がその要旨です。

「反対の理由を2点に分けて申し上げる。

まず1点目は、これは9月定例会の最終日に可決された事業であるが、その時には議員より修正案が出され、辛うじて可決されたという経緯がある。それがたった2ヶ月で「まだ早すぎたので次年度に繰り越ししたい」という理由で本議会に上程されてきたのには驚いた。

いわゆる補正予算とは、その緊急性と市民の必要性から出てくるのが本来の姿ではないのか?

それが努力の経緯すら見えず、「良く考えたら早すぎました。」という理由では、理屈の上からも受け入れられない。

どうか、今年度ギリギリまでの努力の姿を見せていただきたい

そして2点目の理由は、議会軽視である。

我々議員は一部マスコミ報道によって今回の繰越明許の理由を知った。

どういう形での記者会見かは知らないが、難産の上に産まれた事業の繰越を、我々議会には事前に何の説明もなく、あのような形で記者発表をされたことを不思議に思う。

自治体の将来を決める根幹が二元代表制である。

今回の流れは議会軽視そのものではなかろうか?

その伏線に「議員定数削減特別委員会」の開催前に、やはり一部マスコミ報道に、市長の「一市民の言葉」としながらも、具体的な削減数にまで言及したコメントが報道された。

来年3期目を目指すであろう最近の市長の姿から、何か自信のようなものを私は感じるのだが、最近のマスコミ報道での繰越明許や、議員定数削減に対する市長のコメントは、自信が少々過信になっていないかと危惧すものである。

その過信が最近の議会軽視につながっているのではないだろうか

以上の2点を以って本議案に対しては反対する。」

以上です。

 

13時30分より茅ヶ崎市民文化会館小ホールにて。

市の事業「ピーストレイン」によって誕生した、平和大使達の素晴らしい企画が圧巻でした。

やはり、広島や長崎に実際に行き、原爆の爪痕を見て・聞いて・触ってくる事がいかに大切なことか・・・。

早く市内の中学校の修学旅行は「広島・長崎」に行くべきです。

15歳という年齢で行くという事が肝心なのです。

今、実際に被曝された語り部の方の当時の年齢は、皆、今の中学生の年齢だったのです。

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