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稲毛区 櫻井秀夫
hsakurai2016@yahoo.co.jp

名護市長選挙に想う

私は、今回の選挙で民意は基地移設容認になったなどと言うべきではないと考えてますし、そもそも、他の地方選挙であるこの選挙の全体像を語る立場にはないのですが(現地にも行っていません)、一つだけ気になった現象について言及します。
それは、この選挙では「争点隠し」という言葉を何度も見たということです。

しかし、 「現職」候補ならともかく、「新人」候補が争点隠しをする、という日本語の意味はありうるのでしょうか??

どういうことかと言いますと…

この選挙で「現職」候補側や一部マスコミによって、「新人」候補に対して「争点隠し」「争点外し」という批判がなされました。
(実際、落選確定時に、現職陣営の県知事さんでさえも「争点外し」という言葉を使われています。https://www.asahi.com/articles/ASL247VJ2L24TIPE01N.html
それは、この市長選挙で新人候補が基地移設について明言していない、という批判だと理解しています。(新人候補と公明党沖縄県本部とは、海兵隊の移転も含めた政策協定を結んでいますが。)

しかし、これらの批判は言葉の意味を考えると、かなり不自然な使い方です。

挑戦する新人は、当然、現市政に対して「自分なり」の争点(今回は「市民生活の向上」)を提示して、選挙戦に臨みます。
この「新人」候補なりの争点は、この候補が決めることです。それが、この候補の出馬の動機となるわけですから。それは相手の陣営が決めることではありません。
したがって、「新人候補が争点隠しをした」という言葉の意味自体が、明らかに矛盾があります。

一方、「現職」は「自分なりの争点」以前に、任期中の仕事ぶりに対する「審判を受ける」ことが求められます。
その過程において、「新人」候補から「新人候補なりの争点」について追及を受けることもあるでしょう。

そこで、「現職」候補が「新人候補なりの争点」について答えようとすらしない場合は、「争点隠し」という批判は該当するかもしれません。
(私は、逆に「現職」候補が、「市民生活の向上」について、予算増500億円などというヘンテコな、明らかに素人を煙に巻こうとする説明をして、具体的な予算科目や政策効果について数値で語らなかったことが、まさに真の意味での「争点隠し」であり、中国からのパンダの誘致などを急に持ち出したことが「争点外し」の印象を与えたと考えています。「パンダで虚脱した」「ふざけているのか」と嘆く基地移設反対派の声を私は側聞しています。私は「追い詰められている」と思いましたが。)

それでも…、それでも(!)、
現職候補が別のテーマ(「基地移設問題」)を、唯一無二の争点にしたければ、そのテーマについての任期中の「実績」、次の「計画」を訴え、それが受け入れられれば良いだけです。
それができなかった。それを示すことすらできなかった。

ですから「争点隠し」などとんでもない。
「現職」側が基地移設問題を争点にして、この選挙戦に臨んだことは誰もが知っていることです。「争点にしたがっていた」ことは周知です。実際、既に2回もその争点で戦ってきていますし。
先ほど述べたように、当然その「実績」、今後の「計画(の有無)」も審判を受けています。基地よりも金を選んだなどと市民を馬鹿にしてはいけない。
(ここでも「パンダ」は効いた…移設問題を争点にしたがっていた人にとっても、「パンダ」レベルの政策能力と能天気さでは、この現職の移設反対運動に実現性を期待できなくなった…個人的には、公明党と対峙して、中国からパンダを誘致という政局に対する勘のなさも致命的だと感じましたが…)

これらの双方の「提示」をとおして、有権者が「争点」を決めたのだと考えます。

このように考えると、
本来は、挑戦する側(新人候補)が、現市政を司っている側(現職候補)を批判する際に使う「争点隠し」という言葉を、「現職」側が使っていたことの意味は大変根深い問題性を抱えている、と考えられます。

そう、「争点隠し」とは「挑戦者の言葉」なのです。

しかし、2期8年も務めた現職側は、市政では既に「挑戦者」ではなく、自分たちが市民生活の「責任者」であるのに、その自覚が余りにも乏しく、あくまでも「官邸に抗う者の代表者」「安倍政権への挑戦者」の意識しかなかったのではないか、その視界に市民の声や生活は含まれていたのだろうか、「現職」にもかかわらず「争点隠し」「争点外し」のような言葉を発する問題の根深さとは、そこにあると考えます。

そして、「現職」候補者陣営だけでなく、一部マスコミも含め「争点隠し」と叫んでいるわけですが、その発言は、そもそも
「本当の争点を自分は知っているが、愚かな市民は気付かなかった」という含意の、とんでもなく傲慢な権力的言説であることは指摘しておきたいと思います。

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