太平洋戦争で初めての本土空襲を受けた荒川区尾久、太平洋戦争の開戦からわずか4カ月の1942年4月18日、米軍機により、爆弾や焼夷弾が落とされ、10人が亡くなり、48人が重軽傷を負いました。

1460868085997 先日、区立原中学校では公開授業が行われ、生徒らは「身近なところで、こんなことがあったとは」と熱心に耳を傾けていました。

公開授業を行ったのは、体験者らでつくる「尾久初空襲を語り継ぐ会」で、初空襲のあった日の前後に毎年、講演会やコンサートなどを開いて戦争の記憶の継承に努めています。

1460868177082 語り継ぐ会の田村正彦会長(80)は当時、小学校一年生。「自宅の台所で水を飲もうとしたら、爆弾が落ちてきて吹き飛ばされた。気が動転した母親が、鍋を頭にかぶせて守ってくれた」と振り返りました。しかし、国民の士気が下がることを恐れた国から、空襲の被害状況を話すことを禁じられたといいます。

公開授業は、全校生徒約400人のほか、地域住民ら130人も参加し、平和を思う心の継承が今年も行われました。

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