カテゴリー(芸術)

 ・最近、若者たちの間で「太郎の言葉」が人気だ。

 太郎と言えば”岡本太郎”である。その生きざまがドラマにもなり、脚光をあびている。

 太郎の言葉で一番最初に浮かぶのは、もちろん「芸術は爆発だ!」だろう。

 なぜ今、彼の言葉が若者を惹き付けるのだろう?そこには、体制に組みしない「真実の人間の言葉」があるからだ。

 太郎の作品として一番有名なのは「太陽の塔」だ。1970年大阪万博のメインモニュメントとなった。最近の若い子たちには、アニメ「20世紀少年」のイメージが強いかもしれない。

 今の日本も体制に信頼が置けない。日本は本当に自由な国だろうか?若者たちは生きるための”指標”を求めている。芸術にはそれがある。「哲学」だ!

 岡本太郎の生き方には「生きる哲学」と「愛」がある。良い芸術との巡り合いは人の人生をも変える。

 ・彼が逝去して、20年が過ぎ去った。「10代のカリスマ」と崇められた彼は、マスコミの作り上げた虚像と自分自身の実像の狭間で、大きく揺れ動き迷走した。

 私が「15の夜」を初めて聞いた時には、彼はこの世にいなかった。それでも彼の歌声と魂に私の体は震えた。

 彼の才能は、想像を超えていた。それが故に、周りには理解もされず、孤独だけが唯一の安らぎの場所となる。

 大人たちは、彼の才能に群がった。それは彼の意志を無視し、ひとつの商品として扱われた。それでも彼は、もがき苦しみ生きつづけ、歌い続けた。

 「誰がOZAKIを殺したか?」皆が問うた。私は、”大人”と迷わず答える。純粋なものは、どこまでいっても純粋である。汚れを知らない。もし、それを知る時が来るのであれば、それが”大人”か・・・・。

 自分の存在が何んなのか、問い続けた彼。彼の歌は今でも多くの若者を勇気づけている。永遠に・・・・!

 ・人の心を豊かにするものに音楽とともに、絵画がある。音楽もそうだが、絵画にもいろいろなジャンルがある。

 わたしは小さい頃から絵を描くのが好きだった。絵と言ってもほとんど漫画で広告の裏に怪獣の絵を描いていたことを思い出す。

 中学の頃には、美術に没頭していた気がする。でも成績が良かったわけでもなく、だだ授業が好きだった。特に、ピエール・オーギュスト・ルノアールの油絵に魅了されていた。そのやわらかさ、温かさ、明るさには、他の画家の追従を許さない。(詳しくはまた随時)

 明日は、市議会の一般質問の日である。自分らしく頑張りたい!

 

 ・イングリット・フジ子・ヘミング(Ingrid Fujiko Hemming) の名前をご存じの方は多いと思う。彼女のピアノの音色は独特で、その生い立ちと重ね合わせて見たとき、さらにその思いは深まるはずだ。音というものに命があるとすれば、まさに彼女の音色そのままである。私は、プロの音楽家でも評論家でもない。だだ、単なる彼女のファンである。芸術を語る時、そのものを評価することはできない。ただ、自分にとって好きか嫌いかは言うことができる。私は、彼女のピアノの音色が好きだ。自分自身が色々な事で頭がいっぱいになったとき、自分自身に自信が持てなくなったときに、彼女が日本で初めて出したCD『奇跡のカンパネラ』を目を閉じて聞いていると、こころが落ち着き、勇気が湧いてくる。クラッシックを聞くことが人の心にとって非常に良い関係であることは実証済みである。フジコ・ヘミングウェイの人生は、まさに天国から地獄、そして、奇跡の復活を成し遂げる。”奇跡のカンパネラ”を聞く時、自分自身も奇跡を起こすと勇気づけられる。日本の政治リーダーの方たちも、時にはクラッシックにも耳を傾け奇跡の決断を断行していただきたい。

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