バックナンバー 2011年 5月

 ・東日本大震災は、未だに多くの行方不明者を見捨てた

 ままである。一時帰宅をされた方たちの多くは花束を持っ

 ていた。未だその姿を見ることなく心が定まらない・・・。

  この大震災で失った多くの人々の命を無駄にしては

 ならない。被災地以外の私たちは、そこから得る多くの教訓を活かさなくては

 いけない。多くの場合、犠牲になるのは弱者である。災害時、まず我が地域の

 弱者の方々をどう救助していくのか?それを考えるのが「地域ケア」である。

  原発の危険区域については、その道のりがあまりにも遠い・・・・。

 ・我が国は混迷している。この混迷が正邪をあやふやにする。

 何が正しくて、何が間違っているのか。誰も答えられない。

 むしろ間違ったものを隠ぺいする。報道は正しいのか?

 責任ある人が辞任する。もしくは解任?責任はどこに?

 今必要なのは何か。いや、誰か。国民の安心・安全を

 最優先に考えられる指導者。責任ある発言、行動ができる人物。日本が選択を求められているのは

 政策や計画ではない。正しい判断のできる人物である。私は、我が党の党首こそその人と言いたい!

 

 ・日本と言う国の「行方」が問われている。戦後60年が過ぎ、

 悪夢の広島・長崎への「原子爆弾投下」も未だその影響は消

 えていない。いな、被爆2世・3世のことを考えれば、終わりは

 こないかもしれない。

 そこへ今回の東日本大震災。自然災害は免れなくても人災と言うべき”福島原発事故”

 は禍根を残す。戦後、原子爆弾の被爆の影響が未だ消えぬことを想うと東日本を覆う

 放射線は決して微量では済まされない。東電の社員で必 死の思いで終息に向け自身

 の被爆も顧みず作業をされている社員とその家族の皆さん。ふたたび日本を襲う放射

 能の影を高みの見物そうろうの政治家たち。今こそ、日本と言う国が変わときである。

 国民は、もはや馬鹿ではない!

 ・信長の「非情な一面」として”宗教弾圧”が上げられる。比叡山での

 所業などはよく引き合いに出される。

 しかし、信長自身は仏教自体を嫌っていたわけではない。当時の僧

 というのは、ある面「武装集団」とかしていた。組織的にも巨大化し

 教理をかざして信長の政策に異論を唱えた。腰に刀を携帯し、暴動の先陣を切る姿は、およそ聖職者と呼べる者ではなかっ

た。いわばこの時代にはじめて”政教分離”ということをおこなった初めての武将である。信長の信仰心というのは強いものが

あったと推測できる。そして、キリスト教の布教を認めたり、世界観と寛容の精神を持ち合わせていた。

 信長を理解する1つのエピソードとして、彼は「地球は丸い」ということをいち早く理解できたという。

 ・シャカ国カピラバストウの町では、シッダルタ(目的を果たす人)王子を一目見ようと人が集まって来た。

 シュットダーナ王は、アシタ仙人の言葉に不安をいだいた。しかし、仙人は「ある年がくれば自然と悟って、その道へはいるであろう。」というのみであった。

 それまでは普通の王子と同じように、何不自由のない暮らしをつづけるのである。

 ・東北地方をおそった大震災は、改めて日本という国の在り方を問い直している。

 それに気付いている有識者はどれほどだろうか?

 政治家で気づいているのは果たしていかほどか?

 戦後60年、日本は敗戦の焼け野原から復興を遂げた。

 しかし、それは日本の本当の力だったのだろうか?

 第二次世界大戦、広島・長崎への原爆投下、日米安全保障条約と世界における

 日本の果たす役割はなんだったのか?

 今、国難とも言うべき大震災を前にして”新たな国家”としての「日本」が問われる。

 

 ・「ビンラディン容疑者殺害」。ニュースが伝えられたのは、1日の深夜。

 10年前の米中枢同時テロで標的となった首都ワシントンとニューヨークでは、

 歓喜の渦が広がったと言う。

  本当によかったのだろうか?過去の教訓は活かされているのか?アメリカ

 は、民主主義の国ではなかったのか?

 これでまた、憎しみの連鎖がつながった。国際社会の不安はぬぐい去れない。次なるテロの報復は

 どこになるのか?人々は怯えながら生きなくてはならない。憎しみや悲しみは連鎖する。

  人の命の重みは、みな平等である。テロ撲滅に”テロ”では答えが出ない。

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