バックナンバー 2010年 12月

 ・初めて詩らしきものをかいたのは、10歳ぐらいのときと思う。その後、読書好きがどんどんエスカレートしていき、10代から20代前半は「MY詩集」という同人誌の一員として”詩人かぶれ”になっていた。30歳で小冊子ではあるが、『詩郷』という詩集を自費出版した。詩が唯一、自分の心に素直になれた。

 詩という表現方法は常に真実を見つめていた。自分とは何か。何のために生まれてきたのか。何がしたいのか。いつも自分に問いかけ、答えを追い求めていた。今もそれはかわらない。

 古代より偉人・哲人と謳われた人の多くはこの手法を用いた。そして、さらにそれを昇華し、音として音楽をつくり、筆をとり、絵画を描いた。さらに全身を使い、踊りとし、演劇として開花させた。その価値観は文化と呼ばれ、国を越え、差別をなくした。

 現代の閉塞感を打ち破るには文化(人間性の昇華)が必要である。もう競争社会は終わりである。知識ある政治家の人たちは、第二のルネッサンス(人間主義)の復興に着手すべきである。

・昨夜の某局のテレビ番組を見た方も多いと思う。どの様な印象を持っただろう?日本のゲーム産業はすごいと思ったか、科学の進歩もゲームの世界にまではいりこんだのか。

 いずれにしてもバーチャルの世界に引き込まれていく人々の姿が、私には見えた。

 ある脳科学者は、国からの資金の援助が少ないため自分の研究成果をゲーム会社に売った。その学者いわく、この成果がゲームの世界でいかされれば、新たな”麻薬”になるという。

 今、世界がゲームの開発競争に奔走している。その先に見えるのは、仮想現実であり、現実逃避である。本来、人が求めるのは現実世界での自身の勝利である。単なるゲームの世界で終わらない気がする。人の精神性までも壊しかねない・・・・。

 ・獄中にある中国の民主活動家、劉暁波(りゅうぎょうは)氏に贈られた今年のノーベル平和賞の授賞式は、会場に置かれた「主役のない椅子」を通して、人々に「見えないものを見る」想像力を求めた。

 もはや世界の有識者たちは、地球という一つの星の危機に気付いている。自国の利益のみを追い求めている国々は危うい。

 数十年前にすでに『地球民族主義』を唱えた数学者がいる。今こそ、この思想を各国が考えるべきである。

 無実を訴えた裁判所での「私には敵がいない」との劉暁波(りゅうぎょうは)氏の言葉を代読したい。

 ・天正15年(1546)、13歳のとき、信長は、古渡の城で元服し、初めて、織田三郎信長を名のった。

 その翌年には初陣を飾っている。むろん、まだ14歳で、大したことはできない。平手政秀が後見役となり、三河に侵入、あちこちに放火して、よくじつには帰陣した。戦国時代初陣というのは、おおよそこのようなものである。

 昨日、なんとか自分の一般質問を終える事ができた。少々話し過ぎたと反省している。自己満足で終わらぬよう今後、着実に実践していきたい。

 ・宇宙航空研究開発機構は8日、金星の軌道投入に失敗した探査機「あかつき」について、エンジン逆噴射の際に突然機体の姿勢が乱れ、逆噴射が停止したことが分かったと発表した。

 何事も順調にいくとは限らない。むしろ失敗することの方が多いのではないか。人生も同じである。

 ”いそばが回れ”「あかつき」も6年後にもう一度チャンスがある。順調なだけの人生なんておもしろくない。6年遠回りをしても成功すれば、それでいい。

 かりに6年後に失敗しても、私は『夢をありがとう』と言いたい。

 ・人の心を豊かにするものに音楽とともに、絵画がある。音楽もそうだが、絵画にもいろいろなジャンルがある。

 わたしは小さい頃から絵を描くのが好きだった。絵と言ってもほとんど漫画で広告の裏に怪獣の絵を描いていたことを思い出す。

 中学の頃には、美術に没頭していた気がする。でも成績が良かったわけでもなく、だだ授業が好きだった。特に、ピエール・オーギュスト・ルノアールの油絵に魅了されていた。そのやわらかさ、温かさ、明るさには、他の画家の追従を許さない。(詳しくはまた随時)

 明日は、市議会の一般質問の日である。自分らしく頑張りたい!

 

 ・人の心を豊かにするものに”音楽”がある。音色というものには、不思議な力がある。特に歌声には心を動かされる。

 私は幼いころか歌を唄うのものも聞くのも大好きだった。これは私だけではないかもしれないが、心を揺さぶられる曲を聞くと背筋が「ゾクッ」とする。

 記憶は定かではないが、初めて「ゾクッ」としたのは,荒井由美の『翳りゆく部屋』、大友裕子の『傷心』、尾崎豊の『15の夜』、ザ・虎舞竜の『ロード』などが思い浮かぶ。どの曲も魂の声を聞いた気がする。

 人の声には力がある。それは聞く側の人にはわかるものだ。昨今の政治家には、声に力のない人が多い。正直それらの人からは何も伝わってこない。

 声には力がある。自分自身も肝に銘じたい。

 ・1924年6月、第24代首相が誕生した。佐屋村出身の加藤高明である。

 昨日12月5日、津島ロータリークラブ・海部津島歴史研究会による『海部津島人名事典発刊記念講演会 加藤高明と海部津島地域との関わり』(津島市立図書館 2階講義室)に参加させていただいた。

 高明は、元老政治を嫌悪し、これらの打破、選挙権の拡大をスローガンに選挙を戦い、24年総選挙に勝ち、行政改革・貴族院の改革に着手した。愛知県初の総理大臣の誕生の瞬間であった。同年5月普通選挙法を発布。ただし、これと抱き合わせで治安維持法も成立させたため、閣内の反発をかった。

 この治安維持法は、戦時中、戦争反対を唱える人たちを犯罪人として牢獄につなぎ、多くの人を苦しめた。

 私の尊敬する『創価教育学体系』を執筆された牧口常三郎先生は、治安維持法により投獄され、最後まで戦争反対を唱えられ、獄死された。牧口先生の一番弟子である戸田城聖先生も投獄されたが、生きて牢を出られ、後世に恩師の名前と『創価教育学体系』を継承された。

 私にとって”治安維持法”は許せない法律である。しかし、加藤高明の時代には、そこまでの悲惨な出来事を見抜けなかったかもしれない。

 歴史は色々なことをおしえてくれる。後世の過ちは決して先人のせいでもなく、先人の過ちを糧とし後世の発展を生み出すこともある。

 先哲は、いつも10年、20年先を見通しているのだろうか?日本のこの先を憂える人は多い。

 

・内部告発サイト『ウィキリークス』が世界に旋風を巻き起こしている。米外交官が各地から打電した大量の公電を同サイトが入手し、11月末から公開し始めたためだ。公電は計25万点にも上るという。

 米政府は当然激怒した。機密情報も多く含まれ、各国首脳への歯に衣着せぬ寸評もある。イタリア外相は「外交の9・11(米同時テロ)」と表現した。

 一方で「知る権利を徹底追求するものだと」評価する声も高い。

 創設者のジュリアン・アサンジ氏は「情報公開の英雄」か、それとも「情報テロリスト」か?

 現代は情報があふれている。マスコミをはじめとするあらゆる機関が発信をする。それらはすべてが真実とは限らない。予測であったり、可能性であったり、噂話であるかもしれない。ときには、マスコミによって操作された偏った情報であったり、見解であったりする。

 この世の中に流されている情報を全て正しいと思っている人は少ないと思うが、その多くは知らないうちにその情報操作に乗せられ、真実を見失ってしまう。この様な世の中では、いかに真実を見抜く目を持つかである。そのためには、確固たる”哲学”を持つことである。

 どんなに人の目を惑わしても世の中に”真実は一つしかない”ことがわかる。

・少年時代の信長については、あまり知られていない。信長の父、織田信秀は、家臣とはいえ、すでに主家をしのぐ力があった。自ら、勝幡に居を構えている。

 つまり、信長は少年時代にすでに一国一城の主だったわけである。その後、あらわになる信長の唯我独尊は、このような環境で培われたのかもしれない。

 このころ、織田信長は吉法師(きっぽうし)と呼ばれていた。一番家老に林通勝、二番家老に平手政秀があてられ、本人はかなり窮屈だったらしい。この頃、信長は、毎日、天王坊という寺に行き、勉学に励んだとある。あの信長が寺で真面目に勉強・・・。想像するのが難しい。

 信長については、引き続き書いていきたい。12月9日、一般質問で『信長生誕を育む会』について行います。関心のある方は、是非、傍聴に来て下さい。順番的に午後一番目になると思います。佐屋町の本庁舎で行います。

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