バックナンバー 2010年 10月

・日本という国は今、『無縁社会』と指摘されています。無縁というのは“縁がない”と書くわけですが、人と人のつながりが薄れてしまっている。あるいは、縁が見えなくなってしまっているというわけです。高齢者の所在不明問題は社会に大きな衝撃を与え、児童虐待をめぐる事件も各地で相次ぎ発生しております。現代のキーワードの一つとして、「安全・安心」ということが言えるとおもいます。

 古来、日本には“もやい”との言葉があるそうです。「船と船をつなぎ合わせる」、あるいは、二人以上の人が一緒に仕事をすること。共同。部落内の共同作業と言うような意味で、社会と社会、さらにその社会に有する人と人との関係も、一つとして助け合いの関係、この“もやい”というそれぞれの関係をつなぎ合わせるという行為なくしては、人間社会のこれまでの発展もなかったと思われます。

そして、より豊かで自由な経済社会が構築され、自由競争がますます進んでいく過程の中で、社会の多くの人々は競争のみに目を奪はれがちとなり、ともすれば他人への配慮や思いやりを忘れ、自己中心的な考えにとらわれ、時代の流れの中で人と人とのつながりも薄れてしまい“もやい”というような考え方は、現代の競争社会の中で失われつつあります。

 しかし、その一方でこうした社会の在り方に不安を抱き、危機感を募らせて人間同志の良好な関係を模索し、今後の社会の在り方の重要な側面として、人と人との関係の在り方が社会の豊かさにとって重要な要素であるとの認識で、様々な社会の担い手の方たちが、様々なテーマのもとで、積極的な活動を展開しつつあります。

・先回書いた『市町村 崩壊』という本を読み終えた。近未来を予測して、日本経済が破たんしたあとの市町村の再生のシナリオが描かれていた。参考になる点も多々あるが、まずは、現在の総理大臣、各党の政治家、官僚たち国家公務員と各都道府県の都知事、府知事、県知事、そして地方議員ならびに地方公務員のすべてが、自分たち一人一人が日本という国の経営者の一人として国の税金は、自分も含めて国民のものであることを自覚し、一致団結して国の財政破たんを防ぐことだと、この本から読み取った。

 24日の日に愛西市政5周年の記念式典が行われた。最初にビデオによる5周年の歩みが紹介された。色々な人たちの色々な思いの中、2町2村の合併を成し得ることができたと思う。そして、その市町の歴史と文化を背負い旧2町2村の人々が立ちあがった。常にその原点を忘れず、市民の皆様と歩いていきたい。写真のような森林に注ぐ木漏れ日こそ、未来につながる光であると私は思う。

・先日、国保の運営協議会が行われた。議題となったのは、国民健康保険税の税率改正である。国の人口が減少傾向にあるのと同じく本市もこの五年間で0.37%減少しました。平成20年度から後期高齢者医療制度が創設されたことに伴い、この年の被保険者は5、196人減の20,008人となりました。これは、75歳以上の老人保険制度対象者が国保から移行したためです。

 次に、老人保健制度対象者以外の一般及び退職区分の被保険者数をみると平成20年度の制度改正により、退職者医療制度該当者がこれまでの60歳から74歳までが、60歳から64歳までとなり大きく減少いる。その反面、65歳から74歳の被保険者が一般に移行して増加しており、さらに近年の経済・社会情勢の低迷による離職者の増加もあり、被保険者数は増加していく一方です。歳入の内訳をみると、国・県支出金は、減少が大きく、一般会計からの繰入金も平成18年度以降、大きく減少しています。

 愛西市は、合併のときに旧2町2村の一番低い税率で設定しているので、他市と比べても低い税率になっています。予想外の支出に備えて国民保険支払準備基金を設置していますが、すでに今までの財源不足に基金を充てているため、これ以上の利用は一般会計からの繰入金を増やすだけで、国保の税率をアップするのが必然の方法となっています・・・。未納税者に対しても当然、納税勧告、徴収員の派遣、課長自ら徴収に歩くと聞いている。本当に所得がなく未納なのか、個人のわがままなのか・・・。今後の国保税の関係だけでなく、市町村の財政難を乗り切るためには、市民は納税することで市の経営者という意識で市政に関心を持ち、行政側も税金を他人の金と思わずに、常に市民の心を感じ、お互いが歩み寄る協働社会の実現が必須なのではないか。左上の写真のような澄みきったこころで、人生の山々の頂点から大志を持って臨みたい!

・秋雨前線の影響で、鹿児島県奄美地方に局地的な豪雨をもたらした。一日も早い救済と現地の復興を祈りたい。

 新聞の記事にこんな言葉を見つけた。「見たこともない熱帯雨林の昆虫の百や二百が絶滅して、人間の生活に何の影響があるのか?」というものだ。総合地球環境学研究所教授も答えが難しいという。確かに生物多様性の危機は、目にも耳にもしにくいかもしれない。先ほどの教授の指摘に、生物多様性の意味を理解しないまま破壊するというところに『真の問題』があるという。長期的にどんな影響が人間に及ぶかはっきりしない遺伝子組み換え生物にも似たことが言えるともいう。こうした問題に関する”会議”が名古屋で開催中だ。だが、先に終わったMOP5でも、先進国と発展途上国との生物資源の利用で出る利益の配分ルールづくりが主で侵略外来生物の問題や、生物の絶滅を防ぐ手立て議論が表に出てこない。くれぐれも忘れないでほしいのは、人間も多様性生物の一種にすぎないということである。万物の霊長とか、自然界の創造主などと思っていれば必ず、自然からの淘汰を受ける。現に自然災害の前では無力の一生物でしかないのだから・・・。

  ・昨日、議会広報特別委員会が行われた。本市では、8月より議会活性化委員会が設置され様々な取り組みがされようとしている。その中の一つに、「議会の公開」がある。近隣の市町では、ケーブルテレビを利用した放送が行われている。本市もようやく旧の2村にケーブルテレビが届くようにはなった。ただ、これからどれくらいの人が契約して放映されるようになるかは未定である。また、旧の2町にしてもどれだけの人がケーブルテレビで他の市町村の議会放送を見ているのか疑問である。私が議員になって驚いたことは数々あるが、そのひとつに議会の傍聴席にあまりにも人がいないことです。執行側も傍聴人がいない方がやりやすいのか、議員も傍聴者がいない方が気楽でいいのかよくわからない?毎回ごく一部の決まった人が来ているようである。それもいち議員の支援者でその議員の一般質問が終わると帰っていまう。過去には、斎場建設反対派の人々が押しかけたこともあったみたいだが反対派の議員のパフォーマンスに終わっただけの用である。

 私が今読んでいる本に埼玉県志木市長の穂坂邦夫氏の『市町村 崩壊』がある。前記に書いた傍聴者の件に関する住民の無関心や思考停止状態の市町村の実態が書かれている。まだ読了してないので、また読了後に投稿したい。いずれにせよ国と地方の財政悪化の突破口を見つけなくてはいけない!

・地域コミニュティセンター主催の視察研修に同行させていただいた。春日井市二子町に所在する全長94mの前方後円墳で昭和11年に国の史跡に指定されている「二子山古墳」を訪問した。正直、今日はじめて足を踏み入れた。近隣地域にこのような古墳があるとは・・・。そして、古墳のすぐ周りの公園ではたくさんのお年寄りがグランドゴルフを楽しんでいた。

 以外と、自分が住んでいる地域の歴史を知らないことが多々ある。我が市にも数々の歴史と文化があるはずだ。知らないだけで過ぎてしまっている。この間も私の住んでいる渕高町から”渕高廃寺の鬼がわら”が出土しているという話をコミニュティの会長さんから聞いた。さらに、市の文芸委員の方からこの”渕高廃寺の鬼がわら”が東京の国立美術館に展示してあるので修学旅行の際には、必ず見てくるようにと話をしていると聞いて感動した。このように身近に埋もれてしまっている歴史や文化を、決して埋もれたままで終わらせてはいけないと思う。『温故知新』この古くからの歴史の中に我が市を発展させてくれる大いなる力が隠されているかも知れない!

 ・イングリット・フジ子・ヘミング(Ingrid Fujiko Hemming) の名前をご存じの方は多いと思う。彼女のピアノの音色は独特で、その生い立ちと重ね合わせて見たとき、さらにその思いは深まるはずだ。音というものに命があるとすれば、まさに彼女の音色そのままである。私は、プロの音楽家でも評論家でもない。だだ、単なる彼女のファンである。芸術を語る時、そのものを評価することはできない。ただ、自分にとって好きか嫌いかは言うことができる。私は、彼女のピアノの音色が好きだ。自分自身が色々な事で頭がいっぱいになったとき、自分自身に自信が持てなくなったときに、彼女が日本で初めて出したCD『奇跡のカンパネラ』を目を閉じて聞いていると、こころが落ち着き、勇気が湧いてくる。クラッシックを聞くことが人の心にとって非常に良い関係であることは実証済みである。フジコ・ヘミングウェイの人生は、まさに天国から地獄、そして、奇跡の復活を成し遂げる。”奇跡のカンパネラ”を聞く時、自分自身も奇跡を起こすと勇気づけられる。日本の政治リーダーの方たちも、時にはクラッシックにも耳を傾け奇跡の決断を断行していただきたい。

・朝晩は少し寒さを感じるようになった。やっと秋の訪れとでも言えようか・・・。今日は朝から地域の少年野球団の練習を見学に行った。『川渕ハリケーン』というのが球団名である。近所の小学校で練習していたのは、低学年のメンバーだった。休憩中に「竹村仁司だっ!」と2、3人の子供たちが駆け寄ってきてくれた。内心、とても嬉しかった。あいさつも元気よく、訓練されてるなと率直に思った。この子たちの将来のためにもがんばらねばと、決意をあらたにする一日となった。

・チリ北部のサンホセ鉱山落盤事故で、地下700mに閉じ込められていた作業員の方たちの救出作業が無事開始をされ、次々と地上に送りたされた方たちと家族・関係者らの歓喜の声が大地に響き渡った。まさにこの救出劇が今、地球上で起こっている困難な出来事を解決させる人間のもつ『共生力』の素晴らしさを見せつけてくれた。あの地底から引き上げられる一人ひとりのひとが、今世界で起こっている貧困や飢餓、紛争に巻き込まれている一国一国であれば、まだ人類も見捨てたものではないと思う・・・。

・私の学区内にある福祉作業所にやっと訪問することができた。思っていた以上に、知的障害者の子供たちが真剣に仕事をしていた。所長さんも補助員の方も一緒になって作業をされて一体感に溢れていた。この学区内には、知的障害者のための養護学校もある。近くの小学校の子供たちは、定期的に交流を重ねている。この養護学校に知り合いの先生がいた。その先生から聞いた話を思い出した。知的障害のある子どもたちは、障害のある分、他の知能が人より優れている子が多いと言っていた。少し前に盲目の男の子のピアニストが話題になったことを覚えている人も多いと思う。そうしたことから考えていくと、見た目健常者で公職にありながら犯罪をおかす人が多い。この様な人は、知能的障害者とも言うべきか・・・。さらには、公職にありながら犯罪を犯しても認めない・・・。疑われる事自体に責任を感じてほしいが、まったく開き直っている。こうした政治家を代表とした人たちは、養護施設にボランティアにでもいって純真という言葉を学んでほしい!

 

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