

盲ろう者支援センターを視察する中島よしおら(2009年5月25日)
日本版「ヘレン・ケラー・センター」がついに開設
“見えない”“聞こえない”という二重の障がいがある盲ろう者の支援拠点となる東京都盲ろう者支援センター(台東区)が5月27日、全国に先駆けオープンしました。
「東京でやってみましょう!」――。それは昨年8月、浜四津敏子代表代行と私が、盲ろう者である東京大学准教授(当時)の福島智先生と意見交換した時でした。「米国には、盲ろう者の社会的自立を支援するヘレン・ケラー・ナショナルセンターがあります。ぜひ日本にも設置してほしい」という福島教授の訴えに、私は都への働き掛けを約束したのです。それが始まりでした。
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目と耳に障がいがある盲ろう者は、移動やコミュニケーションが困難なため、“牢獄に閉じ込められているような状態”と、その苦境を表現する人もいます。厚生労働省の調査(2006年度)では、盲ろう者は国内に約2万2000人おり、都内には約2300人いると推計されています。
私は思い返していました。都議会公明党は1996年、自治体で全国初の盲ろう者への通訳・介助者派遣事業を実現させ、同事業が全国に広がる突破口を開きました。「まるで深い海底のような静寂と闇の世界で孤独と闘う人々にこそ“福祉”の光を届けよう。それが都議会公明党に脈打つ“人間主義の政治”ではないか!」
私は早速、都の関係部局と交渉に入りました。が、「個別の障がい者向けのセンターはできない」と協議は難航。計画は暗礁に乗り上げかけてしまいました。
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事態が大きく動いたのは昨年10月。私は、石原慎太郎都知事に福島教授を紹介しました。教授は、失明と失聴を乗り越え大学に進学した自らの生い立ちや、米ヘレン・ケラー・センターを訪れた時の“衝撃”などを語り、直談判しました。
“人間の核心”に迫る福島教授の訴えに、都知事は言いました。「文学者の立場で、あなたのことを書きたい」。私は言いました。「知事、その前に東京で支援センターをつくりましょう」
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その後、都議会公明党は一丸となって全力で同支援センターの実現を推進。そして、09年度予算に同センター設立の予算が計上され、ついに開設へとこぎ着けました。
オープン前日の5月26日、記者会見に臨んだ福島教授は笑顔で語られました。「社会に埋没していた盲ろう者に生きる意欲を与える支援拠点をつくりたかった。これを全国のモデルケースにしたい!」と。